寒い日
篠田に出会う半年ほど前に、美沙は5年も付き合った男、康成と別れた。とても寒い日だったことを鮮明に覚えている。結婚話しも出ていたし気の利く優しい男ではあったが、頼りなく時間にルーズで出不精な男だった。マザコン気味だとは感じていたが、付き合いが長くなるにつれ美沙を母親だと思っているのではないかと疑うような扱いを受けることが多々あった。付き合っていた頃はそれほど思わなかったのだが、別れてみると美沙は肩の荷が下りたように気分が軽くなっていた。康成という存在がストレスになっていた事に気付いていなかったのだ。康成本人に言ったことはないが、身体を求められることも苦痛になっていた。5年も付き合えたのだから、決して嫌いだった訳ではないのだが、身体の相性だけを考えると最悪だったかも知れない。AVの中にあるようなガツガツした行為を喜ぶ女が世の中にいるのだろうか??康成のは当にそれだった。自己中で激しいだけの退屈な時間に耐えるようになったのはいつ頃からだったろうか…。初めからそうだったのかもしれない。気づけば抱かれるという行為自体が嫌になっていた。それでも罪悪感からたまには求めに応じたが、退屈を通り越して苦痛になっていた。下手な前戯などいらないから早く終わって欲しい。そればかり思っていた。その頃には、2人で会うことすら億劫になっていた。そうなる前に本人に伝えていたら何か変わっていただろうか?いや、伝えようとしたこともあったが、康成を傷つけない言葉を選ぶ自信が美沙にはなかったのだ。結婚適齢期ではあるし、20代でウエディングドレスを着たい気持ちもあった。周りも当然結婚すると思っていただろう。お互いの両親も安心させられたはずだ。しかし、このまま付き合い、結婚したとしても幸せな生活はできない。それはいつしか美沙の中で確信となっていた。そうして、康成に別れを切り出した。康成にとっては青天の霹靂だったようで、なかなか納得はしなかったのだが結局は受け入れるしかなかった。以来、康成とは連絡を取っていない。長く付き合ていたのに大した思い出がないことに後になって気付いた。あったのかもしれないが、どこかの時点で良い思い出より我慢やストレスがそれを上回ったのだろう。こんな恋愛もいつか良い思い出になるのだろうか?美沙は、ふと、そんな事を思った。
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