晴れの日①

 2年前、8月にしては珍しいほど湿度の低いよく晴れた気持ちの良い朝だった。その頃美沙は、焼き菓子店で事務をしていたのだが、その日は生産能力に見合わない大量発注があり配達に手が回らない為、近くの取引先への納品を頼まれていた。配達を頼まれる事は稀にある、良い気分転換になるので喜んで引き受けていた。


 美沙が車を停めた小さなスーパーの搬入口には先着のトラックが停まっていて、荷台で人が忙しそうに動いている気配がしていた。美沙は手押し台車にお菓子の入ったダンボールを三箱積むと、遠慮がちに搬入口を覗いてみた。トラックのリフトが導線を塞いでいる。少し離れた場所の従業員入り口に回っても良いのだが、この時間、商品に場所を取られて少々通路が狭く、台車を押して目的の場所に行くには面倒が多いのだ。

 暫く待とうかと考えていると、荷台から声がした。

「あ、ちょっと待ってくださいね。これで最後だから。すぐトラック動かすんで」

 耳障りの良い明るい声。遠回りしなくて良かったと思いながら

「ありがとうございます。急がなくて大丈夫ですよ」

 美沙は荷台に向かって返事をした。

「はい、終わり」

 ガラガラとカーゴをリフトで下ろすとその人物は美沙の方を見た。彼は夏の日に相応しい眩しい笑顔を向けていた。


『一目惚れ』


その意味を30を目前にして初めて知った瞬間だった。

「これ閉めたら通れそうですね。すぐ閉めるから。待たせてごめんね」

トラックの後方で荷台のリフトを閉めながら彼は言っている。

「、、、あ、はい。ありがとうございます、、」

初めての感情に戸惑い返事が遅れてしまった気がした。声も上ずっていたかもしれない。無愛想に思われたかしら?美沙は自分がどんな表情で立っているのかが気になった。なるべく平静を装いかつ、愛想よく。などと思っているうちにリフトが閉まり

「お待たせしました。どうぞ」

と彼が言ったので

「ありがとうございます」

と軽く会釈をして通り過ぎた。この状況でこれ以上の会話など思い浮かばない。真由ならこんな時でも連絡先を交換したりできるのだろうか?と恋愛上手な親友の事を思い浮かべてみたが、実際のところ真由がどんな風に出会って相手を射止めているのか知らないので何の参考にもならなかった。事務所で手続きをして、専用スペースで商品を並べながら、これを並べて帰る頃にはもういないだろうし、いたとしても挨拶するのが精一杯だろう。見た事ない人だったけれどもう会えないんだろうな。人生初の一目惚れは、一目だけで終わりか。ま、朝から素敵な人に会えたし、いい日だわ。と先ほどの笑顔を思い浮かべながら思っていた。

お菓子を並べ終わり事務所に挨拶をして外に出た。先ほどより気温が上がっている。ジリジリとアスファルトが焼けている。今日も暑い日になりそうだ。


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