The S.A.S.【11-5】

 九月十四日の早朝。連隊付准尉から緊急の招集が掛けられると、我々は兵舎のベッドを飛び出して会議室へ駆け込んだ。パイプ椅子が敷き詰められた会議室では、陸軍とRAF(英国空軍)の高級将校らが既にブリーフィング(要旨説明)の準備を整えていた。当然SAS代表のクラプトン少佐の顔もそこにあったが、疑惑のブレナン中将の姿はなかった。戦闘中隊全員の入室を待たずして照明が落とされ、前方スクリーンに〈パワーポイント〉が投射される。脇の演壇に立つ情報将校が、興奮気味にマイクチェックを行った。

 米軍の尋問官が捕虜から引き出した情報を元に、同量の金塊に等しい資料群が作成されていた。スライドの内容は貨物船で押収された武器の内訳から始まり、その出所である二人のならず者へ行き着いた。大量の武器を注文したのは『アラビア半島のアルカイダ(AQAP)』の幹部が一人、マフディ・イブン=ジャリル・アフメドなる男であった。情報将校が事務的にアフメドの来歴を述べ、手許のラップトップを操作する。スクリーンの像に一人の男が映ると、パイプ椅子の兵士にせせら笑いが起きた。遠距離撮影されたた四六歳の小男は、彼らを束の間の優越感に浸らせた。褐色の肌に埋没した眼は異様に小さく、皮下脂肪が頬から染み出そうなくらい全身が肥えている。後ろ手を組んで尊大に構える構図なのに、胸よりずっと前に腹がせり出ていた。俺は笑えない。ニーナの管理なしでは、うちの親父とてそう変わりない。痩せぎすの取り巻きと一緒に写っているAQAP幹部の写真は、不健康なアラブ闇経済の縮図であった。頭髪が後退して脂ぎった頭の頂に、マルーン(えび茶色)のベレー帽が乗っている。「被っている」のではない。ただちょんと「乗っている」のだ。醜くでかい頭のせいで、無理に被ればベレーが破れるのだろう。殺害するのに一切の躊躇もよぎらない、公害レベルの不細工だ。三年前に出身のサウジ国籍を剥奪され、現在はパキスタンに籍を置いている。AQAPの本拠地たるイエメンの街中に隠れ家を構えているらしく、味方の戦闘爆撃機へこのでぶの根城をたれ込むのが我々の第一目標であった。

「このツラで見間違えるかよ。確認なしで撃てるぜ」

「影武者なんか用意出来ないな」

「五キロ先からでも分かる。望遠レンズよっか、八倍スコープで捉えりゃいい」

 くたびれた迷彩服の集団から、そんな軽口が叩かれる。

矮小な醜男なのは確かだが、転移性テロ細胞の重鎮には違いない。脇が手堅いのは確実だ。とはいえ連隊に見付かってしまった以上、残念ながら幕引きの時だ。

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