The S.A.S.【11-4】

 おじきの部下が届けてくれた物資で、数週振りにまともな夕食が供された。ブリジットと通信中隊のシェスカ、加えて我らが麗しき姉貴様の助力で展開されたビュッフェに、古参連中は誇張なく涙した。空腹ではろくな物を考えない。「腹が減っては戦は出来ぬ」と、一日に二四時間以上を労働に消費する日本人も仰せだ。彼らでさえ食事なしに従事出来ぬ戦争に、軟弱な西洋人がどうして硬いビスケット数枚で臨めると言うのか。まあ、腹が満ちて戦争に勝てるなら苦労ないが。

 料理が配された長机に、男共が錆の浮くアルミトレイを手に行列を作る。その端に見知った顔が座していた。スウェット姿の中隊長リチャード・クラプトンが、せこせこ握り飯の大隊をこさえているのだ。「暇で仕方ない」というのが本人の弁だが、その目許に黒い影が落ち込んでいる。馬鹿野郎、息子の前でうそぶくな。日本に長年かぶれているだけあって、その手際は鮮やかだ。塩をまぶした手を米びつに突っ込んだそばから、綺麗な三角形が生み出される。傍らのバットに、寸分違わず規格化された握り飯が儀仗兵みたいに整列した。粘度の高い白米と平生以上に突拍子ない中隊長に仲間は当惑したが、でかい米びつはちゃんと空になった。やたら硬くて旨味のないフリーズドライ食品に、やつらが戻れるか不安だ。それから、以前にも増して頻繁に兵舎を覗きに来る親父と、その理由が。とうに四兄弟だけで抱え込める問題ではなくなっていた。親父の白髪は、目に見えて版図を拡げている。

 それからも親父殿は、気落ちする連隊員を慮る行動を続けた。前脚を失った地雷探査犬を兵舎に入居させ、昼間は頻繁に兵舎へ顔を出して道化を演じ、食事もおざなりで累積した執務にペンを走らせる。そこへ加えて情報収集にも従事しているらしく、気が付くと電話を顎に挟んで走り回っている。五十代の折り返しに、オーバーワークなのは明らかであった。

 そうして遂に元気中年の代表がノイローゼを表情筋に臭わせた矢先、事態が動き出した。先日の貨物船でふん縛った捕虜が、積荷の発注元を吐いたのだ。我々が辛酸を舐めたダンマーム港の惨劇――その因縁の矛先が見付かった。

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