The S.A.S.【11-3】

 二〇一一年九月九日。内戦続くリビアで、カダフィ大佐に対する投降期限が迎えられた。大部隊を投入しない愚鈍な米政府に、元よりなかった現地民の信頼は完全に接地した。軍の補佐を行うPSC(民間軍事企業)への風当たりも悪化の一方で、数少ない優良企業は物資輸送の車列を一キロ護衛するのに寿命を一年擦り減らした。

 資本主義国家における兵隊の命の価値は、ベトナム戦争から上昇の一途を辿る。例外なくイギリスも時の煽りを受け、民間への業務委託の比重は上昇した。過去にファルージャで惨事を招いたPSC〈ブラックウォーター〉の様に内部統制の腐敗した企業と癒着しない為、我らがSASは策を打っている。

 日中の業務を終えて兵舎のベッドに寝そべっていると、重いエンジン音が玄関シャッターを揺さ振る。半身を起こして見れば、数台の輸送トラックと黒い護衛車両が兵舎前に駐められていた。鈍色の荷台と車体ドアには、カラフルな企業ロゴが貼られている。一対の翼を持つ、二種の青色を用いた楯のエンブレムだ。

 〈レジメンタル・セキュリティ〉は本部をロンドンに置く、我々の主要な取引相手である。メディアのPSCへのバッシングを避けるには、信頼に値する第三機関に業務委託するのが最善だ。同社は主に中東、アフリカを活動拠点にしており、輸送物資や要人・施設の警護を専門としている。顧客への絶対的なコンプライアンスと職員の低い死傷率により、内外の評判は芳しい。徹底した採用面接には元SASのCEO自身が必ず出席し、その場の直感で合否を通達する。この破天荒な代表、その名をパトリック・クラプトンという。馬鹿たれ、やっぱり癒着じゃねえか!

 結局は親族経営が根付いてしまっている内部事情だが、CEOとD中隊の長の同期でもある連隊長ブラッド・クリーヴズ中佐が黙認しているので、支障はきたしていないのだろう。それどころか社員の大半を退役したSASや陸軍パラシュート連隊、SBS(特殊舟艇部隊)で構成している当組織が、古巣である我々を裏切る可能性は低い。そういった理由から、彼らの存在は相当に心強い。人事部の書類ミスとかで、一昨年にジェイクとかいう爆弾を抱え込んだりしているのはさて置き。

 砂で汚れたランドローバーから警備員が降りてきて、トラックに荷物搬出の指示を出している。職員の殆どは既に顔見知りで、目が合うなり揚々と笑み掛ける。積み荷は食糧や各種弾薬、破損した装備の交換部品等で、兵站係や運動を欲していた隊員が所定の場所へと運んでいった。ジェローム宛には、本国で出版された一箇月分のアダルト雑誌が届けられた。レジメンタル・セキュリティの社員は連隊と世間話をくっちゃべり、煙草を二、三本吸うと輸送トラックを率いて基地を後にした。――あの中に、ネズミが潜んでいる可能性はないだろうか。舌の根も乾かぬ内から下卑た所感に囚われる程に、内心参っていた。

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