The S.A.S.【11-2】

 砂漠でのテロリスト遊撃の興奮も冷めやり、新入り連中も小隊の環境に適応した様に見える。万事が自分の内で平常に戻りつつあったが、マークから連絡がない現実に不安が募る。幾ら何でも遅過ぎる。何度か親父を問い質したが、関知していないの一点張りだ。帰国していたブリジットも、彼に関する情報は得ていないらしい。あの豪傑がぽっくり死んでいるとは考え辛いのだが、いよいよ心配になってきた。通信中隊を通じて彼の引っ越し先へ電話を掛けても、快活な留守電録音が流れるのみだ。妻のジェーンや、三歳のステファニーさえ受話器を取らない。一体、何が起きているのか。D中隊の知らない間に、ブリテン島がキャトルミューティレーションされた可能性を案じた。

 海を越えた疑念を払う為、この頃は夜の酒盛りを辞退して屋内射撃場に入り浸っている。物言わぬ官給品のC8カービンから、標的へ超音速の飛翔体が放たれる。人の形を模した標的の心臓部分に、直径一センチもない孔が穿たれた。銃にセイフティを掛けて手許のコンソールを操作し、標的を吊り下げるアームを射撃ブースへ呼び寄せる。気晴らしのつもりが、別の些事を抱え込んでしまう。ほとほと困った性分だ。

 傍らに置いた弾薬箱から、弾薬ひとつを摘まみ上げる。五・五六×四五ミリ、小口径高速弾。名称だけなら立派だが、その弾頭はヒマワリの種ほどもない。弾頭重量は四グラムと、それまでの七・五六×五一ミリ弾と比較して二分の一以下だ。五・五六ミリ弾は皮膚を破って体内に進入すると、横転して体組織を抉りながら自壊・複数の破片に変じて損傷を拡大する。陸戦条約が定めた肉体の不必要な損壊避けた結果が、過去最高に惨たらしい代物とは皮肉が効いている。撃発で得た運動エネルギー全てを対象内部で消費し切る、極めて致死性の高い弾丸だ。

 ……と、学者先生方は決まってこいつを評価なさるが、個人的にはすこぶる気に入らない。何しろこの弾丸、ちょっと距離が離れるとまず命中しない。弾頭が軽過ぎて、横風や木の葉への衝突で容易に弾道が逸れる。カービンの短い銃身から発射した場合、自動車のフロントガラスを貫通しない。命中時の衝撃まで軽いので、即座に敵が倒れてくれない。新型のM855A1は兵士の不満全てを解決したと謳っているが、数箇月程度で何が分かるものか。前線で銃をぶん回す特殊部隊が一人としては、多少の反動や携行弾数を犠牲にしても七・六二ミリを使いたい。口径がでかい分だけ、出血量は多くなるに決まっている。

 ――何千回と繰り返した問答だ。無意味なのは随分前から悟っている。俺が思っている程に五・五六×四五ミリ弾は捨てたものではないし、こいつが秘める殺傷能力は死体を解剖して一目瞭然だ。だが、弾頭の断片化の確率は百パーセントとは言い切れないし、命を託すのに四グラムは軽過ぎる。

 空になった弾倉と銃を片付けて兵舎へ戻ると、兵舎は酷い有様であった。アルコールと胃液、消毒液の臭いが空気を汚染している。数人はベッドではなく床に転がっているし、顔から血を流しているやつまでいる。頬の切創を綿で消毒していた新顔に事情を訊くと、どうやら小規模な乱闘があったらしい。何てこった。アルコールが精神療養の範疇を超えて、フラストレーションの堰を切ってしまったのだ。その新顔によれば、発端は古参ひとりの癇癪だと言う。果たせるかな、陰謀論は存在し続けている。少し離れた所で、ブリジットが医療装備を抱えて走り回っていた。組織として絶望的な境遇だが、迷彩服の看護婦がいるだけ救いはあるやもしれない。

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