The S.A.S.【10-1】

【10】


 三日間。ブリジットが中東を発つまでに、俺が彼女に訓練を施せる制限時間だ。親父の権力で臨時の選抜訓練が催されたところで、彼女が試験パス出来なければ意味がない。協力を引き受けた以上は、先達として試験対策に付き合ってやるのが筋であろう。

 幸い、臨時選抜で課せられる試練の概要は報されていた。正規のSAS選抜なら半年は掛かる課程を僅かひと月で履修する為、社会情勢や言語修得の座学は切り捨てられる。作戦地を砂漠に限定するので、ジャングルや極地を想定した範囲も除外される。彼女に要求される技能は近接戦闘・市街戦・小火器の扱いで、専門部隊並みの通信やナビゲーション能力に日程を割く余裕はない。とどのつまり、この訓練は純然たるテロリスト殲滅レディを即席で養成する穴だらけの計画であり、ブリジットは女性参画による軍の予算拡張を目的とした体のいい実験台にされたのだ。他人の恋人を何だと思っていやがる。

 心の療養を名目にしたブリジット専属教官の日々は、一夜漬けに等しい七二時間であった。早朝かブリジットと基地内を数キロ走り、休みなしに銃を撃たせる。大量の食事を摂らせたらすぐに射撃場に戻り、再び何千発も鋼板のヒトガタを攻撃させる。徹底した反復演習で、敵味方の識別と無意識の迎撃を修めさせた。

「ぶち込むのは常に二発以上、出来れば四発やれ!」

「弾を無駄にするな、持てるだけしかないんだ!」

「頭なんか狙うな!真ん中に中(あ)てれば殺せる!」

 自分の脳が悲観に沈む隙を与えない為に、一日を通してがなった。今ここでブリジットに達成出来ない課題を出せば……それとも、事故で骨の一本でも折れば、自殺めいた望みを断てるのではないか。確かに、そういった囁きに揺れもした。悲しいかな暗い目論みは、土にまみれて銃を握る彼女への見込みに、居場所を奪われた。上層部のモルモットに過ぎないが、ブリジットは連隊に必要とされている。過程はどうあれ、彼女は特殊部隊の一員を、連隊への加入を志した。俺により近い場所まで、歩み寄ろうとしてくれた。

「不必要に身を乗り出すな!弾倉の交換には仲間の掩護を頼れ!」

「五月蝿いだけの脳が急かしたって焦るな!お前の方が敵より早い!」

「弾の残りなんか考えるな!どうせ憶えてる余裕はない!」

 怒声を張り上げてブリジットの生存確率が上がるなら、喉が涸れるのなんか屁でもなかった。時たま通り掛かる米兵からは、奇異の視線を向けられる。日が沈んでからもNVG(暗視装置)を装備しての射撃訓練を続け、ブリジットの銃は何度も整備に分解された。

「装備はこっちが勝ってる!落ち着いて狙え!」

「走ってるやつは後回しだ!恐らく向こうの弾も中らん!」

「敵はプロかも知れない。だが連隊には劣る!」

 深夜に二人揃って泥の如く眠り、日の出と共に肉体をいじめ抜く。CQB(近接戦闘)訓練用の家屋で、埃だらけになって駆けずり回るブリジットに、何度も涙を零しそうになった。何だって、こんな良い子が俺を慕ってくれたんだ。

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