第7話 赤い世界

「ほら、ウチの言う通り、彼女逃げ出していたでしょう?」


「ああ……まさか本当に夜見よみの檻を抜け出せるとは思わなかったがな」


 現れた二人の声を聞き、ミオリは確信をする。間違いない。目の前にいるのは、ミオリを犯人扱いした男と、ミオリを騙した女だった。


(そんな……)


 彼女に騙されたことよりも、そもそもセシリアが最初からあの男の仲間だったことに、ミオリはショックを受けた。


「あなたたち、仲間だったんだ?」


 顔を青褪めながらも、沸々と沸いてくるのは、二人への怒りだった。最初からグルで、惨めなミオリを徹底的に利用しようとしていたのだ。


「俺とこいつが仲間だって? 兄ちゃん、勘違いしてもらっては困る。俺らはただのギルメンだぜ? それ以上の関係もましてや感情なんて何もねえ!」


 男がそうは言いはしても、同じギルドに所属しているのなら、仲間に違いないだろうに。ミオリは肩を落としながら、溜め息をつく。言い訳にしても、甚だ見苦しい。


「あら、ウチはまだあなたに仲間と思われていないのかしら。随分と悲しいことなのだけれど」


「お前に頼んだのは、あくまで新規ダンジョンの進入禁止の調査だ。ギルドから出されたクエストの一つであって、お前が仲間だからじゃねえ。それに単独で接触とか勝手な真似しやがって。こいつが他の奴らにダンジョンの秘密を漏らしたらどうするつもりだ?」


 仲間割れだろうか。いや、男の言う通り、彼もまたセシリアを信用してはいないということだ。それが良い方向に転ぶことを、ミオリはただ祈った。


「あら、酷い人。ウチもリアルでは人間なのだから、流石に心が痛むわ」


 そう言いながらも、可笑しそうに口許を手で隠すセシリア。


「そんなやつが、クスクス笑ったりはしねえだろうがよ?!」


 真顔で怒鳴り声を上げる男に、セシリアはまた嬉しそうに微笑むのだった。


「ふふふ、怖い人ね、ヴァインさんは」


「お前の方がよっぽど怖えよ、この悪魔め!」


 そう、ミオリからしても、一番不気味なのは、セシリアだ。そういう意味ではまだ、このヴァインと呼ばれた男の方が話がわかる。もちろん、ミオリが檻に閉じ込められることになった憎き男ではあるのだけれど。


 ふとミオリの隣で影が動いた。


「お話しのところ申し訳ないが、君たちが臨界魔法を使ってまで、急いでここに来た理由を知りたいのだが、教えられるものかい?」


 二人を静観していたあの優男が動いた。しかし、その表情は、ミオリに向けられたような柔らかなものではなく、酷く冷たいものだった。


「てめえ、何で臨界魔法の存在を知ってやがる!」


 ヴァインの目が据わっている。逃げ出したミオリと一緒にいることよりも、臨界魔法のことを気にしているようだ。まるで言ってはならない言葉を、彼が口にしてしまったかのように。そしてそれはセシリアも同じだった。


「ウチも気になるなあ、どうしてただのヒューマンがゲーム内での国家機密レベルの言葉を知っているのか。優しいお姉さんに教えて欲しいなー?」


 二人の鋭い視線に、ミオリは背筋がゾクリとしてしまう。いや、視線だけではない。武器を持つ二人の手から、禍々しいまでの紫色のオーラが漏れていた。


「先に質問をしたのは僕なんだが。お答えにならないなら、僕の方も答える理由はないということだ。そして君らには、僕らに手を出すことも許されない。それで、いいかい?」


 毅然とした態度の男。横顔も惚れ惚れする。でも、今回ばかりは相手が悪いとミオリは思った。だって相手はゲーム内でも恐らく最上位のギルドのメンバーだったのだから。辺りの空気が、歪なものに変わった気がして、ミオリは兢々とした。


「一体何が『いいかい?』なのかわからんが、これだけはわかる。あんたは俺らに喧嘩を売っている。だから殺されても仕方ねえってことだ」


「そう。要するに運営に見つからなければ良いのよね。あなたがいた形跡も足跡も、そのデータさえも消えてしまえば、これからウチが何をしようと罪にはならないってことですわ」


 目を合わせ頷き合うヴァインとセシリア。二人は今同盟でも結んだかのように、嬉しそうに口元を緩めていた。


(どうしよう……)


 ミオリの力では二人には勝てない。魔導士のセシリア一人なら、何とかなるかもしれないが、ガチ勢のヴァインに剣技で勝つことはまず不可能だろう。だから、ミオリは騎士として彼を守ってあげられない。折角彼が助けてくれたのに、ミオリは自分を助けてくれた相手を救うことも出来ないのだ。


(そんなの嫌だ)


 救われた命。だから、その命をミオリがどういう風に使っても、許されるわけだ。


(だったら)


 せめて一人、ミオリは撃ち果たしたいと思った。それが少しだけでもミオリを生き永らえさせてくれた、彼へのせめてもの恩返しだ。愛剣を見て、優しく微笑みかけるミオリ。これまで本当に良く頑張ってくれた。どんな強敵相手でも、その剣が折れることはなかった。だからこそ、ミオリの心も折れることなく、数々の敵を撃ち倒してきたのだ。


(今までありがとう)


 左手で持つ剣を右手で摩り、目を閉じてお礼を言うミオリ。今でも死にたくない。このゲームが終わるなんて考えられない。でも、それでも覚悟は出来る。自分が頑張ったんだって胸を張って言える。誰かのために戦ったんだって、誇りを持ってリアルに帰ることが出来る。終わることは悲しいけれど、たった一人の男性を守れないことはもっと悲しい。


(そう、私は騎士だ)


 大切な人たちを守るために、ミオリはここに来たのだから。


(だから)


 


 ミオリは地面を蹴り出し、セシリアの元へ剣を突き出す。距離は五メートル。ミオリの身体は風を受け彼女に向かい加速する。後三メートル。音が消える。更に地面を蹴る。ミオリの身体はまるで風にでもなったかのようにふわふわとして、視界が緩やかに流れ出す。後二メートル。右からその風をがミオリを襲う。見えた大剣の影で、その主が笑っていた気がした。後一メートル……。


(ごめんなさい……)


 涙が溢れてくるミオリ。ミオリが思っていた以上に、彼らの強さは圧倒的だった。最初からミオリの考えなんて読まれていて、それでも余裕を持っていたから、わざとセシリア側に隙を作っていたのだろう。そんなこともわからないなんて、騎士失格だなとミオリは悲しくなった。


「終わりだな、兄ちゃん」


 そこでミオリの身体は地面に叩きつけられた――いやそのはずだった。ミオリの身体を真っ二つに両断するほど、物凄い勢いで叩きつけられているS級のシークレットソード。でも、動かない。いや、ミオリの視界は真っ赤に染まり、全てが止まっているように見える。セシリアは狂気の笑みを浮かべたまま、ミオリをじっと見つめている。ヴァインは歓喜の表情で、ミオリに剣を振りおろしている。そして、ミオリを助けてくれたあの男性は?



 優しい声が聞こえた気がした。それと同時にミオリの可視ウインドウに、「ゲームを終了しています」の文字と共に、カウントダウンが開始される。


(何?)


 何が起こったの? ミオリは何が何だかわからないまま、そのままゲームを強制的にログアウトさせられたのだった。











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