第6話 優しい影

「……助けに……来た……?」


 一瞬、彼の言葉の意味を理解出来なくなってしまうミオリ。ただその声同様に、彼が優しい人であることはミオリにもわかった。サラサラの長い黒髪が、その細めた目にかかっている。目鼻立ちやスタイルさえ、アバターとはいえ、完成されつくしているとミオリは思った。だって、目の前にいる男性は、まるで少女マンガに出てくるイケメン年上男子そのものだったのだから。


「そう、君はまだここに入るべき人間ではない。僕はそう判断した」


「どうして……?」


 嬉しい半面、不安も同じくらいミオリの心に浮かぶ。都合の良い話は存在しないと、セシリアの件で思い知らされたばかりだったからだ。


「それにね、君にはこんなところは似合わない。それじゃあ駄目かな?」


 ニコニコとミオリに微笑みかける男性。その言葉にドキリとするが、それは男のアバターであるミオリに向けられたものだ。決して現実世界の葉室美織に送られたものではないのだと、ミオリは気落ちするのだった。


「だから、君を助けに来たよ」


 そんな言葉、現実世界では言われたことなかった。もちろんゲーム内だからこその科白だろう。でも、嬉しい。嬉しすぎてミオリは顔がニヤけてしまう。周囲から見えている絵面は、間違いなく男×男なのだろうが、たとえ彼がBL好きだったとしても、ミオリは望むところだと思った。


(でも、どうやってここから出るんだろう?)


 ミオリの心配を余所に、男性は、檻に向かって手を翳す。そしてブツブツと何か唱え始めると、七色の檻は眩いほどの光を放ち、やがては輝きを失うように、パラパラと消え去ったのだった。


「えっ、今何をしたんですか? こんなに頑丈な檻が一瞬で消えてなくなるなんて」


「セントリアラの司法局で、君の檻の解錠コードを教えてもらったんだよ。だから、そのコードを解錠の魔法に載せれば、この檻はなかったことになり、君は晴れて自由の身というわけだ。ねっ、ちゃんと助けただろう?」


 優しい目と声が再びミオリを襲う。どんなに男性姿のアバターで隠そうとも、ミオリの少女の心を隠すことは出来なかった。ミオリは指で涙を拭い、男性に涙声で微笑み返した。


「……はい。助けられちゃいましたね。ありがとうございます」


 現実世界と一緒でずっとソロプレイヤーだったミオリは、今までダンジョンであっても誰かに頼ることはなかった。きちんと安全マージンは取っていたし、レベル上げだってしっかりやっていた。だからこそ、パーティーで挑むダンジョンも一人でこなせる程度には強くなっていたのだ。でも、思い知らされた。この世界には、自分よりも遥かに強い存在がいて、そして強さ以外の方法でも、ミオリの存在を消される可能性があるということを。悔しくて堪らなかった。


「でも、どうやってその解錠コードを? セントリアラの司法当局がそんな簡単に極秘コードを教えてくれるはずがないと思いますが」


 運営を公正を期すために存在している司法当局だ。並大抵のことでは、解錠の許可など出してくれるはずはなかっただろう。一体彼はどうやって、ミオリの無実を証明してくれたのだ。ミオリはそれが気になって仕方がなかった。


「えっ? 僕がニコニコしながら、必要だから教えてって言ったら、窓口のお姉さんが教えてくれたよ? その代わり今度一緒にダンジョンに潜らないといけないんだけど、君も手伝ってくれるかな?」


 。何の根拠もなしに、何の推論もなしに、この人は鍵のコードを教えて貰ったというのだろうか。確かにカッコいい。確かに良い声をしている。でも、だからといって全てが許されるわけではないはずだ。


「えっと……その女の子からの誘いは二人でいったほうがいいですよ。でも、何かしたんですよね? そうでないと私が解放された理由がわかりません。あなたがどんなに……その……見た目に優れていても、背任行為をその子が犯すには、あまりにもリスクが大きいですし、今回の件はきっと運営が関わっているはずなのです」


「へえー、運営が?」


 優しい顔のままではあるが、声のトーンが変わるのをミオリは見逃さなかった。彼と運営の関係に何か溝でもあるのだろうか。


「はい、もしかしたらご存知かもしれませんが、私がここに幽閉された時から、新規ダンジョンは進入不可エリアになったそうです。だから、私がここに閉じ込められていた理由は、何か知ってはいけないことを見てしまったからなんだと思うんです。だから、もしかしたら、私はここを出ても、また幽閉されるかもしれません。せっかく助けて頂いたのに、ごめんなさい!」


 ミオリは九十度になるくらいしっかりと頭を下げる。そしてそれはお別れの意味もあった。ミオリがここから何処かへ行っても、またその何処かでミオリは捕まえられるだろう。そしてミオリを逃がした彼も、同じように捕まってしまう可能性があるのだ。助けてくれた彼に、そんなリスクを背負わせるわけにはいかない。だから、ミオリは彼にお別れを言おうと思った。


「助けて頂いて申し訳ないのですけど、私……」


 突然、言葉を遮られるように、ミオリの身体に影が覆いかぶさった。


(えっ……?)


 ミオリの口を手で塞ぐ男性。彼の手がミオリに触れ、そしてその身体が、ミオリと触れ合っている。胸の鼓動が一気に高まるのがわかった。


「静かに……誰か来る」


(誰か? どうしてわかるの?)


 ミオリは感覚を研ぎ澄ますが、特段誰かの気配を感じることは出来なかった。


(だって、まだ音だってしていないのに)


 音もそうだが、空気の流れも変わっていない。移動魔法を使われた形跡だって、ミオリは一切感じなかった。唯一聞き取れるのは、どうしようもなく高まったミオリの心音だけである。


だ。来る!」


(臨界……魔法……?)


 初めて聞いた言葉。そして次の瞬間、眩い光を放ったかと思うと、二人の目の前に、が現れたのだ。


「逃がさねえぞ? この人殺し野郎が」


 見覚えのあるS級のシークレットソードを手に持ち、ミオリたちに向ける野蛮な。そしてその背後には、あのが不気味に笑っていたのだった。












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