第5話 声

「もう一度言おうかしら。新規実装ダンジョンの進入禁止。そしてあなたの拘束。ウチには、ゲームの運営がまるで秘密を握ったあなたを、抹殺しようとしているとしか思えないのだけれど?」


 セシリアの言葉を、ミオリはもう一度考え直してみる。もちろん運営の可能性だってある。でも、ミオリはそれは違うような気がした。進入禁止の件はともかく、ミオリが捕まったのは、あの廃人レベルの男のせいなのだから。


「そうかもしれないけど、でも私は違うと思う。だって、私はただあの男に殺人の容疑をかけられただけだし」


 セシリアの瞳がミオリを襲う。まるでこちらの反応を確かめるようにじっと見つめられるのだ。


「いいえ、あなたは何か知っているはずだわ。でなければ、明確な証拠もなしに、運営が強行手段に出るはずがないのですわ。少なくともあなたは、運営にとっては、課金をしたことがある優良な顧客であるはずよ。廃課金者を増やしたい運営にとって、未来の種を簡単には消しはしないわ。一度データが消えてしまえば、もう二度とユーザーは戻ってこないのだから」


 確かに彼女の言う通りかもしれない。ミオリが死体を発見したことが、何か運営にとって都合の悪いことだったのだろうか。


「じゃあ、何かバグが残っていたってこと? それなら私は何でこんなところに。そんなことは運営のミスであって、私のミスじゃない」


「わかりませんわ。ですが、運営が隠したがっていることを、あなたはご存知だということです。そしてだからこそ、あなたは処刑される。さあ、話したくなったでしょう? 


 ニヤッとその妖艶な口元を緩めるセシリア。彼女の中に、その外見からは想像できないほどの企みが透けて見えて、酷く不気味だった。


「でもね、セシリア。話すも何も、私は当たり前の方法でダンジョンに入り、当たり前の方法でボス部屋まで辿り着いた。ただそれだけのことしかしていないよ?」


 そう、誰よりも早く攻略したい一心で、メンテナンスの終了と同時にログインし、ダンジョンの位置を特定し、考えられうる最速の移動手段を使って、その中に潜ったのだから。


「あなたが見たことをそのまま教えて下されば、それで良いのです。あなたにとって当たり前の光景でも、ウチにとっては、別のものに見えることがあるのですから」


「わかった。でも、教えるんだから、ここから出る方法、ちゃんと教えなさいよ?」


 セシリアに話してもミオリには何とのデメリットもないはずだ。逆に話すことによってのメリットのほうが大きい。ミオリはログインした時の状況から、キーパーに連れていかれた時の状況まで、事細かに彼女に語ったのだった。


「なるほど。あなた目線で可笑しいことがあるとすれば、と、が問題ということですわね。そして彼女のが一番の問題であるとあなたは睨んでいるわけね?」


 セシリアが完結にまとめてくれた。そう、問題は恐らくその四点だろう。


「だから私は、今回のメンテナンスで、インベントリ内のアイテムを隠すスキルか魔法が出来たんじゃないかって思ってたの。それしか方法がないから」


「へー、アイテムを隠すスキルね。じゃあ逆に聞くけど、そんなスキルや魔法を実装して、一体誰の得になるっていうの? もちろん、S級の武器や防具を持っていたら、それを求める第三者に襲われる可能性はあるけど、今のこのセントリアライブの世界では、PKが見つかれば、言い訳なしにアカウントごと削除されるのが常識よ。そんなリスクを冒してまで、PKをする人が今のこの世界にいるかしら? ウチはいないと思う。だからこそ、アイテム目当てのPKがない健全な世界で、そんなスキルや魔法は必要がないとウチは思うのだけれど、違うかしら?」


 違わないとミオリも思う。でも、そうだとしたら一体どうやって彼女のアイテムは消え去ったのだろう。いや、そもそもボスはいたのか、いなかったのか。いなかったとしたら、ますます彼女は誰に殺されたというのだ。ミオリの脳はすでにいっぱいいっぱいだった。


「そこはあなたの言う通りだと思う。でも、そうじゃないとしたら、このVRMMOの世界で、現実世界を超える何かが起こったってことじゃない。ノックスの十戒も、ヴァンダインの二十則も有効にならないようなそんな常識外れた何かが。私にはわからない。もうずっとこの檻で考えてきたけどわからなかった。だからあなたにわかるのなら教えて。言葉は魔法なんでしょ? ならその力を見せて」


 ミオリの言葉に余裕の笑みのセシリア。まるで全てを悟りきったようなその顔に、ミオリはかけてみたくなった。彼女が一体何者なのかは全く知らないのだけれど。


「はい、情報提供ありがとう。


 その場でくるっと回り、急に背中を見せるセシリア。ドレスから露出した背中がミオリが羨ましくなるほど、白く綺麗だった。


!)


「ちょっと……これでって、どういうこと? あなたは私を助けてくれるんじゃなかったの? ちゃんと話したいじゃない。あの日、あの場所で何が起こったのかを。ちゃんと、ちゃあーんと!」


「うん、助かったよ。ありがとう、ミオリさん」


(……えっ?)


 この女はミオリの名前を知っている。知ってて、近づいてきていたんだ。


「助かったじゃない! あなたは私を助けるって約束したでしょ? ねえ? ねえってば?!」


 背中越しにクスクスとセシリアの笑い声が聞こえる。彼女の背中もその華奢な肩も、まるでミオリを馬鹿にするかのように揺れていた。


「あなたはさ、どの道死ぬ人間なんだから、せめてウチの役にたってくれないとね。でも、大した情報もなかったし、本当、時間の無駄だったわ。やっぱり所詮はセントリアルナイト止まり。最期の最後まで、使えない人間だったわね、ミオリさん」


 セシリアが黄色い光に包まれる。移動魔法を使うのだろう。高らかに笑い声を上げながら、景色に溶け込み消えていく彼女が、ミオリは腸が煮えくりかえるほど、腹立たしかった。


 やがて墓地のほうから、冷たいと感じる風が吹きつけてくる。木枯らしのような風声が、ミオリの心に突き刺さってくる。


(ああ、私の世界が終わる)


 苛立ちよりも、怒りよりも、今ミオリの心にあったのは、圧倒的な悲しさだった。


「誰か……誰か助けて……」


 七色に光る檻を握り締めながら、何とか理性を保とうとするミオリ。それでもその目や頬が濡れていたのは、終わることへの切なさからだろう。胸が痛く、そして締めつけられる。


「お願い……誰か……」


 ミオリの消えそうな声は、辺りに空しく響くだけだった。そして、ミオリの目は、その大量の涙で、もう何も見えなくなった。


 足音が聞こえる。本当に地面を歩いているように、リアルな音だ。小石を蹴る音、靴が地面を蹴り上げる音、聞こえてくる音のどれもが優しく感じられる。ミオリを処刑するキーパーが来たのだろう。優しそうな人で良かったなとミオリは涙を拭う。


「やれやれ、ボロボロじゃないかい」


 檻の外に、黒いコートを纏ったすらっとした体躯の背の高い男性が立っている。涙で良く見えないが、それがミオリがこのゲームで会う最後の人間だと思った。その男は檻の中で蹲るミオリと同じ目線までしゃがみ込むと、大きな目をニッコリと細めるのだった。


「待たせたね」


 その言葉に涙ぐむミオリ。これで終わりだ。本当に全てが終わるんだ。ミオリは目を閉じ、今までの想い出で走馬灯のように思い出した。



 それはミオリが今まで聞いたことのないほど優しく、そして丸い声だった。




 





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