第4話 絶望の檻

 キーパーと呼ばれる黒装束の警察組織に連行された後、ミオリは新ダンジョンから一番近くて大きな時計台が目立つ、テノンという街に幽閉された。幽閉されたといっても、街外れの墓地の前に、魔法で作られた七色の格子状の檻の中に閉じ込められているだけである。目の前に広がる荒れ地の上に、黒く禍々しいオーラを放ちながら並び立つ御影石のような墓石の数々。処刑後、すぐにその中に入れるよう、檻の場所も考えてくれているようだ。


(まったく……縁起でもない……)


 このままだと本当にそうなってしまうのはミオリでもわかる。何とかここから脱出する手段を考えなければならない。期限はゲーム内の時間で後七日。時間の経過自体は現実世界と同じだから、丸々七日しかないわけだ。そして、その時間が経過してしまえば、ミオリのデータは抹消され、アカウントごと削除されてしまう。だから、ミオリはログインしている間中、何時間、何日とただひたすらに考えあぐねたが、結局、有効な手立ては見つからなかった。


 でも、良いこともあった。七色に次から次に光る檻の格子は、夜中となればクリスマスを賑わすイルミネーションのように綺麗で、檻の中にソファーでもあれば、心が少女に戻ったように、そこに座って幸せに過ごせたかもしれない。ただどうしてもミオリを不快にしているのは、この檻自体が、外部からは丸見えで、最早、見せしめ以外の何物にも映らなかった点である。


 何度目かの夜が訪れ、その真っ暗な闇の中、ホトトギスやフクロウのような擬似的な鳥の鳴き声が聞こえる。効果音なのか、モンスターが発しているのかはわからない。それでもミオリの寂しさを高めるには十分だった。目の前に若い男女が座っていた。


「どうだい、綺麗だろ? ここはちょっと不気味で不謹慎な場所なんだけど、実は穴場で、本当に綺麗なんだ。しかも人が入っている時しか、こんな風に七色に光らないから、この犯罪者の男の人に感謝しないとだな」


「うん……すっごい綺麗……ずっと見惚みとれちゃう……」


「俺はお前に見惚れちまうがな」


「何それ……もう馬鹿なんだから」


「ははっ、でも、もうすぐこの人も、アバターが消えて魂だけになって、あっちの墓地へと飛んで行っちゃうんだよ。その時の魂もキラキラと七色に輝いて綺麗だから、是非君に見せてあげたいな」


「わあっーそうなんだー楽しみー」


 言いたい放題言うカップル。沸々と怒りがこみ上げてきたミオリは、七色の格子を両手で握り、物凄い形相で二人に叫んだ。


! 目の前から消えろー! ! 私は見せしめじゃないんだから! さもなければ、お前らを呪い殺すぞっ!!」


 ミオリの剣幕に圧倒されたのか、カップルはそそくさと街の方へ駆けていった。


「もう……私はまだ生きてるっていうの!」


 息を切らしながらも、どこか気が晴れるような気分のミオリ。思えば、もう何年もこんな風に人に当たり散らすことも、大声で怒鳴ることもなかった。


(酷い顔してるんだろうなあ、今の私)


 現実世界では、空気のようにただ存在するだけだったミオリ。化粧気もなく、地味な服装でカモフラージュし、息を潜め、ただ自分を押し殺していた。そんな人間が、カップルたちを嫉妬するかのように、睨みつけてしまったのだ。例え男のアバターだったとしても、心の醜さが、その表情に表れていたことだろう。繰り返される溜め息が、ミオリの小皺さえ増やしてしまっているようだった。


 何日目の夕方だったろう。学校から帰って、ゲームにログインすると、目の前に白いミニドレスを着た見知らぬ女の子がいた。白に近い金髪に、ゆるふわパーマの髪の長い女性。目鼻立ちはくっきりで、マスカラにしても、アイラインにしても、まるで西洋人形のように綺麗で、その中に光る緑色の瞳は、ミオリを吸い込むように光を帯びていた。モデルさんのように完璧なアイメイク。いわんや肌をやである。


(こんなお姫様のような女の子を守りたかったな)


 まるでミオリとは真逆の女の子。アバターだから、ある程度のパーツはいじれるのだが、見た目は現実世界の人物をトレースしてしまう。だからこそ、彼女の美しさがミオリには、痛かったのだ。


「おかえりなさい。もう諦めたのかと思ったわ。大抵、捕まった人たちは、ここでこのままログアウトして、もう二度と戻ってこないのが黄金パターンなのだけれど」


「あなたは?」


 人形のような瞳がミオリを捉える。


「ウチはセシリア・ユリフィアス。セシリアでいいわ。どうせあなたは、このまま消えてなくなるようですし」


 セシリアと名乗った女性が、風にミニドレスをヒラヒラさせながら呟いたのは、ミオリにとって許しがたい科白だった。


「消えてなくなる? なくなるものか!」


 そう、まだ時間は残されている。築き上げてきた経験値を、積み重ねてきた夢の世界を、簡単には終わらせるわけにはいかない。


「じゃあどうするつもり? こんな魔法障壁の中から抜け出せもしない素人騎士に、今更何が出来るというのかしら?」


「ノックスの十戒が、ヴァンダインの二十則が、私を守ってくれる。正義は必ず勝つの」


「その古い戒律に見捨てられたから、今あなたはここにいるのではなくて?」


(何を? この子は何を知っているの?)


「あなたはノックスの十戒も、ヴァンダインの二十則も、万能な魔法のように錯覚しているようだけれど、どんな有用な決まりや法律も、使い道を誤れば、ただのこじつけにしか過ぎないのよ。あなたは身を持ってそれを証明したじゃない」


「じゃあ、何? あなたにはそれを使いこなせるだけの知識や能力があるっていうの?」


「ウチにとって、言葉は魔法。そして武器。でも時には凶器にもなる。だから、あなたのいうノックスの十戒は、最強の魔法になる」


(魔法? 十戒が?)


「どうやって? どうやったら、私はここを抜け出すことが出来る?」


「ふふっ、あなたはお店で欲しい商品があったら、何の対価もなしにそれを譲れというのかしら?」


(この子は……)


 最初からミオリの何かを狙っていた。だからこそ、卑怯にも彼女は近づいてきたのだ。


(最低……本当に本当に)


 でも、実際問題、ミオリにはそれしか頼ることの出来る伝はなかった。


「何が目的だ? あなたは私に何をさせたいの?」


 含み笑いをするセシリア。金色の髪を耳にかける仕草をし、その緑色の瞳をミオリに向けた。


「物分りが良い人は嫌いじゃないわ。それで、あなたに聞きたいことがあるのですけれど、教えて下さいます?」


 頷くしか正解のないセシリアの問い。ミオリは腹立たしさから、彼女を睨みつけていた。


「あら、怖い人。ウチはね、あなたが入ったあの新ダンジョンの情報を教えて欲しいだけなの。だって、あなたがここに運ばれてきた後、実装してすぐにも関わらず、あのダンジョンはのですから」


 目を丸くするミオリ。まさか運営がそんなことを? そんなの緊急メンテものじゃないの。あのダンジョンに何があるというのだろう。ミオリはセシリアの唇が動くのを、ただ待つしかなかった。

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