第3話 ノックスの十戒は有効ですか?
「はあ? 聞き取れなかったじゃねえか、もう一回言えや、この殺人鬼野郎!」
イギリスの推理作家ロナルド・ノックス。ミステリー愛好家以外、あまり耳にしない名前だが、逆にミステリーをかじっていれば、必ず聞き覚えのある名前である。ヴァン・ダインの二十則と共に、推理小説を作る上で、読者へのフェアなルールを作成した作家として世界的に有名だ。
「私はね、野蛮なあなたにノックスの十戒は有効かって聞いたんだけど?」
そして、男の反応を鑑みるに、彼はミステリー好きではないのだろう。かくいうミオリも、小・中学校とミステリーを好んで読んでいたものの、高校に入ってからは、本を読むことからさえも、遠ざかってしまっていた。
(だけど)
思い出さなければならない時が来たのだ。自らを救うにはそれしか思い浮かばなかったから。
「何だ、そりゃ。ロナルド・レーガンかよ? 何でもいいけど、とりあえず運営に通報するぞ。そしたらあんたは永久BANだ」
そう、セントリアライブというこのゲームでは、正式な対人戦以外での、他のプレイヤーへの攻撃が発覚した場合は、即アカウント削除かつ今後二度とゲームに登録することは出来なくなる。ミオリはここまで丹精込めて育成したキャラを、そしてそのアカウントを、今更削除されるわけにはいかない。だから、ミオリは強気で彼に言い返すことにした。
「知らない? ならそれでもいいけど、これだけは言わせて貰いたいな。このゲームの運営は、基本的に現実世界と同様、ルールに関してはフェアなものが多いんだよ。だからね、私が知っている現実世界の一つのルールである『ノックスの十戒』が有効であるなら、私が彼女を殺せたはずがないって言いたいの」
それを知らない彼は、首を傾げながらミオリを鼻で笑う。
「ふんっ、それで何が言いたい?」
「あなたは私を疑っているようだけど、私が彼女を殺害出来たはずはないの。だってこの扉はね、入り口のボタンを押して、人が中に入ったら、勝手に閉まるんだから。そして、中からは外に出るためのスイッチは一つもないのよ?」
錆びついた赤茶色の扉を指差しながら、ミオリは勝ち誇ったような笑みを見せる。
「ん?」
「だから、ここからは誰も出ていないの。そして今私もあなたもここからは外に出られないって言いたいの!」
決まったと思った。ミオリの論理に間違いはない。
「お前頭大丈夫か? そりゃあ、まだ誰もこの部屋からは出てないだろ。犯人であるあんたがここに残っているんだからな」
(えっ……しまった……)
自分で自分の首を絞めてしまうミオリ。犯人が何らかの方法で既に脱出したということを言いたかったのに、これではミオリが犯人だと疑われても仕方がない。
「違うの……ノックスの十戒を一つ一つ検証すれば、私の無実は晴れるはずなんだよ。このゲーム世界でも、きっとそのルールが通用するんだからね!」
「だから何だっていうんだよ。さっきからノックが好きな実家の医者みたいなわけわからん名前はよお?」
「ノックスの十戒だって」
ボソッと呟くミオリ。気が長いミオリといえど、いい加減覚えてくれないとイライラしてしまう。
「どうでもいい。お前がその子を殺したことに間違いはないんだからな」
溜め息をつくミオリ。頭の固い彼に、どうやらお灸を据えなければいけないようだ。
「ノックスの十戒。その一。犯人は物語の当初に登場していなければならない!」
バシッとドヤ顔をするミオリに、顔を蒼褪めてしまう男。戸惑いからか、口をパクパクしている。ミオリの言いたかったことが、うまく伝わったのだろう。
「お前じゃないか」
「へっ?」
「だから犯人なんだろ? 俺からしたら、あんたはちゃんと最初から、この部屋に登場しているって言ってんだよ!」
(えええええっ……)
「いやっ……違うの。そんなはずは……じゃあ、その二よ!」
思い出すミオリ。そう、ノックスの十戒は決して一つではない。どんな状況にもフェアになるように後九つ用意されているのだ。
「ノックスの十戒、その二。探偵方法に超自然能力を用いてはならない! どう?」
「超自然能力だったり、チート行為が使えないって言ってんだろ? ならますますお前じゃねえかよ。あんた馬鹿か? 大馬鹿か? はっはっはっ、こりゃあ傑作だ!」
ミオリは彼にお腹を抱えて笑われてしまう。おかしい。何故うまくいかない。ロナルド・ノックスも、S・S・ヴァン・ダインも嘘をつくはずがないのに。
「まだまだよ! ノックスの十戒、その三。犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない! どうどう?」
最早失笑する剣士の男。
「あんた、すげえな。自分で自分がやったことを証明してしまってるじゃねえか。秘密の穴がねえんだろ? なら、やっぱりあんたが犯人だ」
「ちがっ……じゃあ、これならどうよ?!」
その後も、ノックスの十戒を羅列するが、そのどれもが、ミオリの無実を証明してくれることはなかった。
「はあはあはあっ……」
喉が張り裂けるほどに大声を出し過ぎて、ついに息切れしてしまうミオリ。幼い頃、ミオリが信じて疑わなかった常識が一気に足元から崩れ落ちていく。時代が変わったというのだろうか。世界が進化しすぎたとも? それでもまだミオリは諦めるわけにはいかなかった。
「だったら最後はこれよ! 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。ねっ? 私じゃないでしょう?」
「ああ。もしあんたが探偵だったらな。だが、俺の前の眼鏡男子のお前は、探偵ではなくて職業は騎士だ。しかも立派にセントリアルナイトの武器まで持たされているじゃねえか。これはどう考えても否定出来ねえなあ。兄ちゃん。残念ながらゲームセットだ」
「ゲーム……セット? 私が終わるっていうの? 私のキャラが? 夢の騎士生活が? そんなの嫌だ。私は絶対にお姫様抱っこだってするし、これから王子様扱いされるって決めてるんだから!」
かの宝塚の舞台のように、ミオリは絶対に男役をこなし切ると誓っていたのだった。
「ねえ、一ついいかな」
――だから。
「何だ? また懲りずに命乞いか?」
何と言われようが、絶対に諦めるわけにはいかない! このゲームのデータを、ミオリが生きる唯一の希望であるこのゲームを、終わらせるわけにはいかなかった。
「ねえ、この世界でも、ヴァン・ダインの二十則は有効ですか?」
「却下」
(ですよね……)
こうして、ミオリは男が呼んだ運営直属の警察組織であるキーパーたちに連れられていくのだった。
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