第2話 救えない少女

(もう駄目なんだ……)


 胸が締め付けられ苦しくなるミオリ。彼女はもう助からない。だとしたら、せめて彼女を知る人物に、その遺品を渡す必要がある。彼女がこの世界から消え去る前に、急いで拾い集めなければとミオリは思った。彼女のアイテムボックスインベントリを合掌してから開いていくミオリ。どうしたことだろう。その中には、何一つアイテムは残されていなかった。


(あれ、彼女ボス倒した……んだよね?)


 通常ボスを倒すと、インベントリと呼ばれるアイテムボックスに、確定ドロップ品かクリア報酬が自動的に追加される。それは討伐者が同士討ちになったとしても、肉体が残っている限りは絶対である。いや、でも、それ以前に。ボスに挑む以上、回復アイテムや状態異常の解除アイテム、何より武器くらいは持っていただろうから。


(誰かに盗まれた? でも、他に誰も通ってないよね?)


 セントリアラのダンジョンでは、移動系魔法や脱出系の魔法はない。だから、入るにしても脱出するにしても、地道にダンジョンを歩くしかない。だけれど、定期メンテナンスが終わってすぐにこの場所を訪れたミオリが、他にすれ違ったプレイヤーなど誰一人としていなかったのだ。そしてそうだからこそ、ミオリは自分が間違いなく一番乗りだと考えていたのだけれど。


(所持アイテムを消滅させるスキル? まさかそんなものがメンテで出来た?)


 定期メンテナンスが終わってすぐのイベントだ。公式ホームページでは非公開の新規スキルが追加されていても、何ら不思議なことではない。でも、もし、ボスが彼女を殺し、そんな新技を使ってきたとしてもだ。今この場にボスが生き残っていないこと自体がそもそもおかしい。仮にボスを倒した瞬間に、新スキルを使われたとしたら? それでも、最終的にボスのドロップアイテムは残りそうなものだ。いや、それ以前に彼女の武器だ。武器がないのに、彼女はどうやってこの部屋まで辿りついたのだろう。


(ううん……)


 ミオリは頭がこんがらがってきた。狐につままれたとは、まさにこんな状況をいうのだろう。


(……あれ?)


 何やら背後で物音がする。扉が開かれた音だ。そして、すぐに何者かの足音が大きくなっていったのだ。


(同業者かな……でも)


 一足も二足も遅いなとミオリは思った。一番乗りを自負したミオリでさえ、二番手以降だったのだから。ミオリはこの不可思議な状況を、後続者にどう説明しようか考えあぐねていた。やがて背後から現れたのは、見るからに屈強な体躯の剣士だった。


「あーああー。もう、先を越されてたか! って……おいおい、まじかよ……」


 驚いたように目を丸くし、一歩後退する背後の剣士。言葉づかいが荒々しいのは、現実世界の影響だろうか。見た目同様、無骨な印象だった。


「なあ、あんたまさか、女の子相手にPKピーケーやりやがったのか!」


 PKとは、プレイヤーキルの略で、プレイヤーが自分以外のプレイヤーを殺害し、この世界から抹殺することを意味する。まさか、彼女はPKをされたというのか。そしてそれを行った人物が近くにいる。一体何処にそんな卑劣なキャラがいるのだろう。ミオリは、剣を構え、部屋の中をくまなく見回した。


「って、お前だよ、お前! この人殺し野郎が!」


(えっ……?)


 どうやらPKを疑われていたのはミオリらしい。現実世界では野郎と呼ばれることに、とても縁などなかったから、ミオリはまさか自分のことだとは思いもしなかったのだ。


「ねえ、あなたちゃんと私の動き見てた? 私は今こそ彼女を助けようと、この希少な金翼蝶の鱗粉を使ったのに。それをまさか人殺し呼ばわりするなんて……目が節穴どころか腐敗しきっているんじゃないの?」


 あまりの可笑しさに乾いた笑いをしてしまうミオリ。それを見てか、目の前の剣士は目の色を変えたのだった。


「てめえ、可愛い女の子を襲っただけじゃあ飽き足らず、ボスのドロップまで独り占めか。その上、知らぬ存ぜぬでしらばっくれるとか、マジで最低最悪のキチガイ野郎だな!」


 そう言って、怒気を露に大剣を構える剣士。その長さはミオリの背丈の二倍はありそうだった。


 (S級のシークレットソード……これはやばいかも……)


 ミオリは王国中枢機関でもあるセントラルナイトに選ばれている。それは剣技だけでなく、ある一定水準の強さが認められた証でもある。しかし、そんなミオリでも、一部廃課金者のみが手にすることが出来るシークレットソードだけは、まだ扱えるレベルではなかった。何故なら大剣を扱えるのは、スキルの熟練度にしても、レベルにしても廃人レベルの高さが必要になるからだ。案の定、彼のレベルを見ると、この世界ではまだ十人といない、レベル九〇台のガチ勢だった。それにS級武器とか反則である。


 急に怖気に襲われるミオリ。殺されれば、今までの努力は全て無駄になってしまう。この二年間のミオリの存在そのものが、全否定されてしまうことにもなる。


(どうしよう?)


 自分がやったとあえて強がりを言おうか。本当は殺人鬼なのだと彼を脅そうか。


(でも)


 それでも、ミオリは自分に嘘はつけなかった。


「ねえ、一ついいかな」


(だから)


「何だ、ここまできて命乞いか?」


 武器を手に冷笑する男。命乞い? 違う。これは一つの防御であり攻撃だ。ミオリは悪戯っぽく笑みを浮かべ、もう一つの武器を手に取るのだった。


「ねえ、この世界でも、は有効ですか?」

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