二十一世紀の悪魔のある一日

ネコ エレクトゥス

第1話

「いったい俺は何という失態をしでかしてしまったのか。これでは元の悪魔に戻れないではないか。」

 昨晩みすぼらしい労働者に身をやつしひたすら酒を浴びた悪魔は元の由緒正しい悪魔に戻ることを忘れてしまったのであった。

「だといって神を蹴落とす以外は何だってできた俺だ。何を焦ることがあろう。こんな時のために俺は世界を俺の弟子で埋め尽くしておいたのではなかったか。偉大なるかな悪魔の力よ。」

 だが悪魔の巡礼の旅は厳しいものになった。目の穢れであり存在そのものの否定である悪魔にいったい誰が手を貸すであろう。弟子であるはずの人間たちは高速で通り過ぎ、触れるものは全て悪魔の手から気化して消えてしまうのであった。

「だが考えてもみればこれも俺の教えが浸透していることの証ではないのか。それなら何を悲しむことがあろう。偉大なるかな悪魔の力よ。」

 

 しかし全てが悪魔の手からこぼれ、存在すらしないかのように人々が彼の脇を過ぎるのを見てさすがの悪魔も不安になってきた。

「俺はもしかすると神にたぶらかされているのではないか。」

 天地創造の時天使の軍団にこっぴどく痛めつけられた記憶がよみがえってきた。

「だからといってどうしたというのだ。それで全てを失った訳じゃない。他に道は残されているはずだ。」

 この時彼の前を一人の少女が歩いているのが見えた。

「これだ!この無垢なる者と対峙することで俺の本性が取り戻せるに違いない。」

 しかし少女は悪魔とは一定の距離を保ちつつこう言うのだった。

「近寄らないで!これ以上近寄ると役所に駆け込みます。」

 そして走り去って行った。

「試みは不成功だったかもしれないがあの小娘はいいことを思い出させてくれた。役所だ!あそここそは表向きは神に奉仕しつつも俺の教えを忠実にこなす奴らの集まりではなかったか。俺は何という間抜けなのだ!」

 しかし役所で悪魔の受けた仕打ちは悪魔をも鳥肌立たせるものだった(もっとも悪魔にも羽がある以上鳥肌立つのは当たり前なのだが)。役所の人間は曖昧な微笑を湛えつつこう言った。

「我々としてはどうしようもありません。もっともここから40マイルほど歩けば何か対応策も見つかると思うのですが。」

 悪魔以上の恐ろしさ。酔いどれの身に40マイルも歩けとは。


「ああ!俺はこのままちっぽけな虫けらにも劣る惨めな存在として朽ち果てていくのか。」

 この時誰かが話しかけた。

「何かお困りでしょうか。」

「良かった!これでやっと元の悪魔に戻れる!」

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二十一世紀の悪魔のある一日 ネコ エレクトゥス @katsumikun

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