(第9話) だいたい、異世界からの転生者が何をこの世界にもたらしたって言うのよ

 ミネコが領主の代理人をつとめる領地は、かつて海運が物流の大きな位置を示していた時代には運河と、そこを行き来して荷の上げ下ろしをする河岸場があって栄えた。さらに陸運重・軽車両の中継地として、あるいは王都へ定期的に通う亜人たちの居住地として、近代から現代までそれなりに賑わっていた。

 長い春の日も暮れて、時刻はすでに午後11時だったが、古い電気燈を模した商店街の橙色の灯りの下を歩くヒトと亜人の数は減る気配はなかった。しかし半世紀前と比べると、この町、領地、国そのものの衰えは否定できまい、と、ミネコは昔の写真を見たときの記憶を、大柄な焚書官ソナエと歩きながら語った。

「ソナエの5歩はわたしの4歩ぐらいになるね」と、ミネコは言ったので、ソナエは面白がってミネコの5拍に自分の4拍を合わせてきた。たたたたたん、たたたたん、と足の動きがそろい、歩くヒトと亜人たちはふたりずつが組になって回転舞踏をはじめた。若い男女、年老いた男女、再生前の記憶を持たないまだ小さい子どもたち。ミネコは驚きながら、かたわらで苦笑しているソナエを見て足を止めたので、ソナエは転びそうになって足を止めた。

「おれも転生者だからな。能力持ちのほうの」

 よくもまあそのような者を政府関係者は焚書官に選んだものだ、と、ミネコは感心して、再び歩きはじめた。あとこれ、動漫画だったとしたらめっちゃ大変だろうけど、そこらへんは超原画者を高い金出しても使って欲しい、とも思った。

     *

 ソナエとミネコのふたりは、ぎごちない恋人のように歩き、引っ越しの相談をする兄妹のように甘味処の店で会話をした。ミネコが領主の代理人をつとめる領地は、良質の農産物と食肉の生産地でもあり、古い町屋敷が並ぶ旧道沿いと停車地の周辺には観光客を商売相手にしている昔からの食べ物屋が数多くあって、それらの多くは昔から値段に見合わぬ味を提供していた。そしてミネコは領地の安定した繁栄のために、頻繁に知られていない偽体でさまざまな店を、自分の金を使って訪問していた。そのためミネコは若い店主が若い客向けに良心的な商売をしている店もいくつか知っていた。

 ミネコはまだ成年になったばかりなので、酩酊系の飲料を主に提供する店に関してはくわしくなく、おれが酔ってるように見えるか、ちっとも酔ってないんよ、と言いはじめたソナエの話を、とりあえず栗の甘露煮善哉を食べながら聞くことにした。

「だいたい、異世界からの転生者が何をこの世界にもたらしたって言うのよ。紙と印刷機、各種の麺類、公共の入浴施設とかそりゃ、いろいろありますよ。電気と磁力を使って作動する、この携帯端末という最新の機器とか。しかしね、そんなもんは前からこの世界でも研究してるヒトがいたの。転生者はそういう研究者とか科学者たちをはげましただけ。あなたたちの努力は、きっと報われる日が来ますから、みたいな感じでね」と、ソナエは話を続けた。

「なんだか知らないけど、転生前の記憶を持つ者は、成熟過程の男女ばかりなので、そういうのに専門知識を持ってないんだよね。だから仕方ない」と、ミネコは答えた。

「おれは知ってるぞ、お前が転生者だってこと。ここらへんのみんなは知らない。だから、お前の能力をおれだけにこっそり教えてくれ。じゃないとお前の正体をみんなに言うぞ」

 困ったなあ、と、ミネコは思った。

「じゃあすこしだけ見せるけど、誰にも言わないでよ」

「ああ、誰にも言わない」

「今日は春にしてはずいぶん暖かい日だったよね」

「確かに、いい陽気だった」

「でも夜になるとすこし寒かったかな」

「もう、足が寒くて凍るかと思った」

「きょうの集会は賑やかだったね」

「もう、今までにないぐらい盛り上がったな」

「でもうるさすぎたかな」

「こんなにうるさいようだと取り締まりが必要だと思った」

「常連のカナタさんはいいヒトだよね」

「あんなにいいヒトってのは滅多にいない」

「だけど、ちょっと言い方がきつすぎて、わたしは嫌だな」

「そうだな、そこまでひどい言い方はしなくてもいい。おれも嫌いだ」

「もうわかったでしょ、わたしの能力」

「ああ、確かにわかった、お前の能力……って、ええっ?」

「じゃ、これでおしまい。わたしの能力のひとつは、ヒトに相槌を打たせること。でもそういうの使って会議をどんどん進めたりしたら、というか実際にときどきしてるんだけど、それが知られたらまずいよね」

「いや、そんなことはない」

「無理やり異議を唱えなくてもいいから」

「でもそれ、めっちゃ便利やん。物語を作るときに、会話のやりとりをあまり考えなくても字数が増やせる」

「納期がある物語の作り手には便利だろうけどねえ」

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