(第7話) また名もなき黒い館の夢を見た、と、ミネコは思った

 2分の1刻だけ寝るつもりが1刻ほど休んでしまったらしい。ミネコは領主の館にある自分の寝室から、沈みつつある猫色の夕陽と、登りつつある黄金色の月を見た。館はさほど大きなものではないが、傾斜地に建てられているため城下と、その周辺をめぐる農地の繁栄を一望することができた。町の公共灯はところどころに灯って、一季の半ばは常緑樹の濃い緑と、季節の樹の花が黒い影に変わりつつあった。

 先代の領主が姿を消したのはだいぶ前のことで、慣例として領主と弟妹の契約をした複数のヒトの中から、領民が代理人を選んだ。領主の最後の自書が「そのうち帰ります」と解釈できるようなものだったため、公には病という届けが行政府に対しては出してある。領民に不満がない限り、規定の期日後にはミネコが正式な領主になることだろう。自治体での長、つまり王や領主と呼ばれるものの原因不明の失踪は古来より珍しいものではなかった。国の補佐官や地区の代表者、対人会議などの場では、領主の座は空席で、代理人であるミネコもしくはその補佐官がその横の座に位置するのも慣例だった。

 また名もなき黒い館の夢を見た、と、ミネコは思った。そして、鏡であちこちの状態を確認し、さらに臭覚器で異常値部分を修正した。

 非公式な、あまり知られていない偽体でミネコが参加するいつもの集会は、周辺の物語作りとその愛好者たちのもので、11日に1度秘密裡におこなわれていた。ミネコはそこで配布するための、植物繊維で作られた紙に複写した自分の物語の仮綴じ本を用意した。植物繊維による紙は、燃えるときの色が美しいため、公的文書の閲覧にも使われる。紙を入手する手段も複製を作る技術もさほど難易度が高いものではない。しかし、物語の流通に使うという考えは、ミネコの想像が及ばないことだった。

 顔の造形や体型はいくらでも変えられるが、髪の毛と瞳の色は変えられない。ミネコは交換したての機械油の色をした瞳と、よく知られている偽体の特色でもある同系色の長い髪を短めにした。そして姉である領主が外出のときにときどき着ていた動きやすい服を亜人の召使から受取り、城の知られていない出入口に置かれている二輪車で町へ向かった。

 これ、行くときは楽しいんだけど、帰りは大変なんだよなー、と、ミネコは思い、それはミネコが転生してくる前の、とある世界の自分が思ったことと逆だな、と苦笑した。

 ミネコはその世界の、自分とほぼ同じ年の子であるアキ(仮)を真夢として最初に見た。ヒトが見る真夢としては稀なことだったが、教会外で見つけられるステゴ、つまり親を持たない子供としてはそれなりにあることだった。

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