第ニ章 ドノヴァンの脳髄

(第6話) 異世界から転生した人物が出てくる物語は、物語としての流通を封印する

  忘れられた物語のようにして、物語を隠すのは楽しい。美しい物語、悲しい物語、楽しい物語、未熟で稚拙な物語。構成や登場人物が生き生きとしていて、実際には存在しない世界のものでも、そのリアルさがこの世界に勝っているものはいくらでもある。

 削除官ソナエは朝起きてから夜眠るまで、数度の休みを除いては、法にのっとって物語のいくつかを隠す判断をするのを仕事にしていた。ソナエの下には数百人の、無報酬で違法な物語を報告する仮面の男女がおり、その報告を数人の亜人が選別して、ソナエに報告する。

 以前は深刻な違法と思われる物語はすくなかった。個人情報に抵触するものの修正指定、いきすぎた性的描写があるものの賢者限定閲覧指定、皇帝および国家権力を侮辱するものに対する勇者限定閲覧指定などは簡単な判断なので、回ってくる物語の作者と相談をするだけでだいたい話がまとまった。読者が特定の物語に関する閲覧権を得るためには国家が用意した簡単な資格試験を受ければいい。

 ソナエが住む国は、数百の領地と領主によって形成される自治体の連合体で、多くが世襲である領主とは別に一般国民によって国家議員が選ばれ、議員は国家の代表者を選ぶ。選ばれた代表者は慣例にもとづいて(領主の中の領主、諸王の王という意味での)皇帝と呼ばれ、年に1度の議員審査とその再任があれば、皇帝は何年でもその地位にいられる。

 現皇帝は4年めの任期がはじまったばかりで、任期の2年めにヒトが作る物語についてひとつの制約を設けた。国防や教育といった重要な法案のすき間をくぐって、その制約はゆるく認められた。

 つまり、異世界から転生した人物が出てくる物語は、物語としての流通を封印する、という、いわゆる異世界転生禁止法だ。

「だってつまんねーじゃん、そういうネタって」と、まだ若い皇帝は言ったという。もっと皇帝らしく言ったのかな。

 そんな、特定企業が公募する物語じゃないんだから、国としてそんなの決めなくてもいいだろう、とソナエは思った。

 なお、一度作られてしまった物語は、なかったことにはできないし(完全に消すことは不可能である)、その手の物語を好む読み手の需要は(一部の別の読み手には頭が悪いように思われていたとしても)とてもある。

 王都からさほど遠くない一地方、若き領主の若き代理人であるミネコは、その手の物語を集め、作り、回している集団のひとりに、こっそりなっていた。

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