第2話 昔の物語よ? それを今の女性みたいな言葉で翻訳したらおかしいわ

 午前十時半の名画フェスティバルとは、もう何年もわたしの家(仮)の近くのショッピングモールにあるシネコンで続けられていて、デジタルリマスターをした昔の名画を大きなスクリーンで見られるという企画だった。週がわりで違う映画が毎日1回、午前十時半に、シネコンでも一番小さなスクリーンを使って上映されるので、それを見続ければ1年で50本ぐらいの名画が見られることになる。

 わたしはシネコンの年間パスポートを父に買ってもらって持っていたので、夏休み明けからせっせと通うことにして、いつ気がついたのかは今となってはわからないんだけれど、最後列(っていうか最後行? 最後尾? とにかくいちばんうしろの席)の真ん中に座ることにしていたわたしの右ななめ前、桂馬だったらひょんと行ける場所のところに、場違いで上品さとお転婆さをあい持った、帝国の第三皇女みたいな子がいて、その子がルキノさんだった。

 ルキノさんは変な帽子とありふれた眼鏡をかけ、季節に合わせたおしゃれな小学生みたいなファッションコーデで、わたしと同じように上映5分前ぐらいに入ってきて、いつもの席に座ると帽子と眼鏡をバッグにしまって、映画がはじまると集中して見ていた。最初にお互いに話したのは、1940年代に作られたホーム・コメディ(5人の姉妹とその母、および近隣のお金持ちの青年をめぐる結婚話)が上映された秋の半ばのころで、それまでに何度か会釈をするぐらいの仲にはなっていた。

 ルキノさん、当時は偽名も知らない子はショッピングモールの目立たない屋外で、その映画の原作本を読んでいた。表紙がアニメ絵でも役者の実写でもないリアル本、しかも上下巻の下巻を読んでいる十代の子(多分)なんて、今までの人生ではじめてぐらいに見たので驚いたよ。テキストを見るのはわたしの趣味のひとつだけど、リアル本は参考書や資料本以外はあまり持っていないんだよね。

「私の名前はルキノ、って言います。何を読んでるんですか?」と、ルキノさんはにこにこしながら近づいて言った。考えてみるとけっこう長い間眺めていたのかもしれない。手にしていた電子書籍の画面を見せながら、あなたと同じ奴、とわたしは答えた。

「英語?」

「タダだし、「だわ」「なのよ」って変な女性語の和訳じゃないから鬱陶しくないし」

「でも、これは昔の物語よ? それを今の女性みたいな言葉で翻訳したらおかしいわ」と、ルキノさんはわざとらしく女性語で言ったのでわたしは笑った。

「そうだね、わざと古臭く訳してるんだ、きっと。ではお嬢様に自己紹介いたしましょう。わたしの名前はアキ、とある中学に通っているやもめでございます」と、わたしは言った。

「えー? たわやめ、って普通言うんじゃないの?」

「そうだね。おまけに自分でそう言う場合はだいたいそうじゃないかもしれない」と、わたしは答えた。日本語はあとから習ったのですこし苦手なのだった。

 それから半年、わたしはこの、ルキノさんという、本当はどういう人なのかさっぱり知らない、学年が同じ中学生と毎週会って話をすることになった。

「あなたは私と同じ高校に来て、他の友だちを作って、別の物語を完成させてね」と、わたしはルキノさんに、わたしの偽誕生日(クリスマス・イブの前日)になんとか完成させた物語の最終回を渡したときに言われた。

 ルキノさん小さい赤い宝石(それはひょっとしたら本当のルビーだったのかと思う)のついた髪飾りを、あなたに似合うから、と言ってわたしにくれた。

 このショッピングモールにあるものだったら何でも買ってあげるから、とも言われたので、あそこのイベントスペースに置かれてる外車でも、って聞いたら即座に、あなたの物語に必要なら、と、ルキノさんは答えた。

 その外車は、中でホームパーティーができるぐらいの長さを持った、日本の公道では曲がるのに苦労しそうな黒塗りの乗用車で、自分の葬式のときはこれで運んで欲しいな、と、わたしは思った。

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