第2話 王都に至るまでの種種雑多なあれこれ

『それで、馬車の中はどうなってんのかな?』

「おお、そういや見てなかった」

「一応、アルムさんとかが慎重に調べてるみたいだけど」


 暴走馬車を止めただけで満足してしまった私達と違い、アルムさんはちゃんと馬車の中も確認しようとしている。

 私としては、すっごい放置して立ち去りたいのだけれど。

 ほら、テロだとしたらこういうのの中には爆発物とか、常套手段やん?


「アルム、気をつけて」

「ああ、分かってるよ」


 アズールさんの乗る馬車から、メアリーが顔を出してアルムさんに声をかけていた。

 危険かもしれないという認識はあるようだ。


「なんだかんだで優秀な人なんだよなぁ、あのひと」

「そなの?」

「俺の研修を監督してた訳だし、そらな」


 まあメアリーの弟だしね、優秀なのは間違いないじゃろ。

 でもって、そのお仲間たちは?


「中に人の気配はない」

「馬にも馬車にもそれらしい仕掛けはないな」


 斥候的な動きをする人とか、いかにも魔法使いますって感じの人が、何やら遠くから印を結んだりちまちまとあちこちを覗き込んでは確認している。

 馬車の中の様子は、小窓から確認できた模様。

 誰も乗ってないし罠的なものもないとか何やねん。


「ただの警告おどしって可能性は?」

「意図がわからんな。ギルドマスターに対して暴力的な脅しなんざ、自分の死刑執行書にサインするようなもんだぞ」

「だからこその、どこの手のものか掴ませないこんなやり方なのかもしれん」

「あるかないかもわからない襲撃を王都まで、四六時中気を張って見張ってなきゃイカンってことか。クソがっ」


 襲撃なのは間違いないのだが、その意図や黒幕がどういった関係の者かさっぱり掴めない。

 物的証拠はあるが、ごく一般的な特徴のない馬車と、珍しくはあるがどこにでもいそうな軍馬である。

 アルムさん達はこれからの王都までの道のりを考えると、憂鬱になってしまうしかないのだろう。

 そしてそんなアルムさん達を眺めていた私たちはというと。


「なんか盛り上がってるな」

「せやね」

『まあ、ギルドマスターなんてクレーム処理係みたいなもんだし? 文句言ってくる人を右から左に流せる人じゃなきゃ無理なんだよなぁ』

「クレーム(物理)とか怖い世界じゃのう」


 汗だくで今にもぶっ倒れそうな馬とかを見ると、こんなことしでかした奴がちょっとムカツク。

 馬かわええ。


「そーいやこの馬とかどうするんかしら?」

「放置じゃね?連れてく理由がないし」

『んー、まあ馬車から外して引いて連れてく、くらいかなぁ』

「そうですね。証拠にもなりますし」

「あらメアリー。わざわざ降りてきたの?」


 振りかえれば旅装束のメアリーがそこに立っていた。

 なお私のがらんどう号は既に二輪車モードに戻っている。

 狭いんだよね、がらんどう号の搭乗席。


「馬の方は、薬物の反応が有るようですから、証拠として連れて行きます。まあ罰する対象が今のところ不明ですが。あと、申し訳ありませんがヨーコ様。馬車の方を……」

「ああはいはい了解。カバンに詰め込んで持ってきゃいいのね?」

『入るんだ? コレ・・だと一個あたりの大きさに制限があるからあのサイズは無理なんだけど』


 自分が顔を出しているカバンを顎で指し示しそう言う鈴木氏に、ヨーコは「たぶんいける? と思う」と言いつつ、馬が外された馬車へと近づくとカバンの口を開き、馬車の角に押し当てた。

 すると、ぐにゅりと変形するように馬車がカバンに吸い込まれていった。


「お、いけたいけた」

「うむ、某猫型ロボットのポケット的なモーションじゃったのう」

『ポンって消えるように入るんじゃないんだ……』


 呆れるように見つめる鈴木氏のよると、なんか仕様が違うらしい。

 そういや鈴木氏が出てくる時もでっかい剣出す時も、カバンから出てくるって感じじゃなくていきなり剣が姿を表してたっけか。


「それではまいりましょうか」

「了解、初日にこんな事あるなんて先行き思いやられるねぇ」

「まあよくあることですから」

「よくあるんだ……」


 そりゃデービッドさんも心配して見送りに来るわ。

 何かあってアズールさんの身に何かあった日には、お腹の子供も――って!


「め、メアリー? 馬車で長旅とか大丈夫なん? アズールさんお腹に……」

「ああ、大丈夫ですよ。あの馬車は特注品ですから」


 超気になってしまい思わず尋ねた私に、メアリーは特に気にした様子もなくそう応えてくれた。

 特注の馬車か。

 また鈴木氏か。


『え、僕? 僕、馬車はそんなにいじってないよ!? せいぜいシャシーとボディを別構造にして間にショックアブソーバー噛ましたり、固定車軸リジッド・アクスルしか無かったのを四輪独立懸架にしてトレーリングアーム式サスペンション風に改造したくらいだよ!?』

「十二分に弄ってるじゃねえか」

「少なくとも衝撃吸収能力がただの台車から高性能乳母車レベルに跳ね上がってるよね、それ」


近くによって見てみれば、アズールさんの乗る馬車は、以前街中で乗せてもらった奴とは一味違った形状をしていた。

 車輪は何かの魔獣の素材でも用いているのか、硬いゴムのような感触で、中空ではないのだろうけれど十分な衝撃吸収能力を持つと感じさせられる物だった。

 足回りはと言うと、車体の下にレバーのような可動式のアームが取り付けられ、その間にコイルスプリングとダンパーの役割だろうか、タイヤと同じような素材でアームと車体を結びつけていた。

 意外に太い車軸は、その下端に取り付けられており、車輪が車体の横に沿うようにはみ出していて、上下動を妨げることのないように考えられている。


「あー、うん。コレかなり乗り心地良さげ。見えないけど、シャシーの上にボディ乗せてる間に緩衝機能もついてるってんなら、これいわゆる卵が割れない乗り心地ってやつ越えてるわ、多分」


鈴木氏どんだけチートやねん、と思って色々見物してしまったが。


『僕は元の世界に「これこれこういうのが有って、こんな原理で」って説明しただけだよ?』

「そういう異世界技術のウンチク語りは技術的ブレイクスルーを一足飛びに起こすからね!?」

「俺らもちょっと考えなしにあれこれ言うのは控えよう。魔法あったら何でもありだからな」

「せやね。高レベル魔法使いに核分裂とか核融合とか反物質とかの概念教えたら実現しかねん」

「あらあら、ヨーコ? それ何の話?」

「アカン人が聞いてた!?」


 やべえ、と思ったが。

 そこは既に鈴木氏が通った道だった。


『それ、僕が死ぬ前に色々とスキル使って記憶を転写して残してる中に載ってるんだ。実践しちゃ駄目って封印してるはずだけど』

「王家と、侯爵家までの直系であれば閲覧資格ありとして許可がおりますけどね?」


 死ぬ前に、伝えきれていない現代知識を専門家に依頼して脳内の記憶を掘り起こして書物として残したらしい。

 その中でヤバイのとかは、封印と言う名の閲覧制限をかけておいたそうな。

 そしてアズールさんは辺境伯――侯爵と同等――なので、閲覧資格があったと。 


『呪いみたいなもんだよ。読めるけど、持ち出せないって感じの。短期記憶にしか残らないようになってる、らしいよ?その人によると』

「何かいい加減じゃのう」

「でもアズールさんの魔法ってバカ威力なんでしょ? その現代知識のせいじゃないん?」

『アズちゃんのは、子供の頃を知ってるから言わせてもらうけど。あれタダの馬鹿魔力だからね』

「もう、嫌ですわ陛下ってば」


 何をどうして照れているのか。

 バカ魔力って言われて照れるって、どういう反応なんだ。

 メアリーも照れるのだろうか。


「ねえねえメアリー、バカ魔力って言われて照れるもんなの? 普通」

「そんな反応できるのはお方様ぐらいです。だいたい、あのレベルの魔力を放出出来るお方は外におりませんし」

「あー、うんなるほどわからん」


 他に比較対象がないのでどうして照れるのかの考察すらできん。

 まあそれはともかくだ。

 我々はぼちぼちと王都への道を進み始めたのである。

 コレ以降、王都まで面倒がないことを祈りながら。


「フラグ立てんなよ」

「立てまくればむしろ消えると願って!」

『フラ……グ?』

「二十年前は一般的じゃなかったのか……」

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