第二章 王都にて
第1話 王都への道のり
『この調子だと王都まで1週間位かなぁ』
「そんなにかかるんだ……こないだは転移魔法で一瞬だったのに……」
王都までの道のりを、私達はそこそこの速度で進んでいた。
と言うのも、アズールさんは今回、ギルドの公務として、正式な登城の段取りを踏んでいるらしく、色々と制約があるらしい。
『でもまあ、整備された街道だからね。危険はそんなにないと思うよ。ソレより続き教えてよ』
「落ち着け鈴木氏。一週間かかるんなら、時間は山ほどあるだろ」
「せやで。でもまあ、私も文才とかあんま有る方じゃないから、纏めるにしてもなぁ」
よくある現代の物語を異世界ナイズして売り出して大ヒット大儲け! とかしてみたい。
色々チョサッケンとかヤバイだろーけど、改変すればダイジョブ。多分、きっと、めいびー。
「シェイクスピアとかアンデルセンとかなら何やったって良いんじゃね?」
「おお、その線でなら文句なんか来ないわな」
「ただし、翻訳版そのままはヤバイはず」
「青いお空文庫ならスマホで見れる! そいやスマホの契約自動更新だけど、引き落とし出来なくなったらコレも見れなくなるんだよね……」
「その頃までに、向こうとの連絡ができるような魔道具作ろうず」
「せやな」
『いーなー、僕も向こうと連絡とりたい。まあ取る相手なんていないけどね!』
そんなことを話つつ、王都へと向かう。
前を走る馬車からアズールさんがチラチラとこちらを伺ってきているのは見ないことにしよう。
「なんか楽しそう……ねえメアリー」
「いけませんお方様。流石にお方様を馬車から出しての移動は認められません」
「ぶー、いけずー」
色々とワイワイ話している私たちを馬車の窓から覗いていたアズールさんは、羨ましそうにその光景を見つめるだけに留まっていたと、メアリーから後で聞いたのだった。
★
「さて、メシの時間ですが」
「アズールさん家ノ食糧事情を一手に引き受けてくださっているオネエシェフにお願いして、お昼ごはんはじゃじゃーん! 重箱5段重ね弁当~!」
「わーぱちぱちぱち!」
「……あんたら、何持ってきてんだ」
街道に隣接する小川のそばに、キャンプ地に適した広めの平面が存在していた。
私達はそこで昼食休憩を取ることとなったのであるが。
ポイ捨てできる油紙に包まれた硬いパンとそれに挟まれた冷たくなってしまっている何かの肉と野菜で出来たサンドイッチをかじりながら、アルムさんが覗き込んできていたのだ。
『まさかの保温機能付きだよ。いいなぁ温かいご飯、いいなあ』
「頑張った私を崇め奉って褒めてもよろしくてよ?」
警護についている冒険者のアルムさんを始めとした旅のメンバーも、私が取り出した巨大な弁当箱に目を見開いていた。
「できたてホヤホヤの暖かさかよ……魔法のカバン様々だな」
「……ああ、そういえば保温機能要らんかったな」
「ガーン」
「いやでも、これ市販したら売れるんじゃね? 魔法のカバンなんてくっそ高価なもん持ってるやつのほうが少ないわけだし」
アルムさんとミハの一言で、私はあれこれ作ったのが徒労だと一旦落ち込んだが、他のメンバーの言葉で復活した。
何事も無駄にはならんのだよ。多分。
「保温弁当箱なら銀貨一枚くらいの原価で出来るよ?」
「うーん……耐久性があればありがたい、かな? あと水に濡れても大丈夫なくらいの水密性」
「なるほど」
改良案も提示されて、戻ったら試作をしてみようということになった。
それはともかく。
「はい、温かいスープもありますからねー」
「あらあら、ヨーコってばそんな魔道具も作ったの?」
「自重という言葉は……」
「知らん。快適に過ごすための努力は惜しまん!」
弁当を広げている横で、私は鍋に水を入れ、屋敷でこしらえたとある品を幾つか放り込んだ。
その鍋の下には、板状の魔道具が存在し、赤熱化して鍋を加熱していたのである。
「カセットコンロならぬ魔晶結石コンロ! コレでどこでも温かいお食事を提供できます!」
『うーんさすが日本人、食に対する飽くなき追求はいつでもどこでも変わらないね!くっそ羨ましい! 僕の頃なんか……』
なにやら昔の事を語りだした鈴木氏を放置して、私は鍋の中身をかき混ぜていった。
オネエ料理長サヴール氏の手によるスープを、自作の魔道具で真空乾燥させて作った粉末スープを固めた物を放り込み、ベーコンやら切り刻んだ野菜やらを煮込んだ品である。
簡単便利なインスタントスープだ。
味はというと。
「超うめぇ」
「お外でこういうの食べるってのも良いもんだよねぇ」
「ある意味、贅沢極まりないな」
重箱を突きながら、スープを飲み飲み空を見上げる。
雲一つない空には、鳥が数羽輪を描いて飛んでいるのが見えるだけである。
「あー、もう日本に帰らんでも良いかなって思えてきた」
「まあ、向こうの後始末を付けたいって気持ちしか無いしな、実際」
私もミハも、向こうに残してきた物や人との縁が切れるのは仕方ないと思っている。
だが、それでもやはり、後始末を自分でつけられるのならやってしまいたいとも思っているのである。
「敵襲っ!」
「ウソッ!? 弁当箱回収! ミハ!」
「おうっ! 装備の初仕事だなっ!」
美味い弁当に舌鼓を打ち、食後のお茶を堪能していた最中。
ソレは襲ってきた。
それは、翼長10mはあろうかという巨大な鳥であった。
鳥というにはおこがましいサイズのそれは。
「あら、ついてきちゃったの? もうしょうがないわねぇ」
『ああ、アズちゃんの使い魔か』
「池の番は? そう、子供に任せて? 仕方なのない子ね」
「子供いたんだ……」
そう、敵襲かと思われたそれは、例のセロパセモギの群生地である池の番人、巨大白鳥であった。
「お、脅かすなよ」
「はぁー、本当にアズールさんのお友達なのね」
「知っているのか
「うん、まあちょっとね」
ギルドのお仕事で云々と言うことをミハエルに告げると、「俺いきなり護衛任務やらされたんだけど……」と微妙な顔で頬を引きつらせていた。
まあ誰にも向き不向きは有るからね、と言っておいたが。
★
それからの旅路は上空を気にしなくて良い事になったのも有って、これと言った襲撃はなかった。
こういう見晴らしのいい街道では、一番危険なのは上空から襲ってくる飛行可能な魔獣なのである、とはアルムさんの言葉だ。
「見える範囲が広いからな。何処かに伏せててもすぐ対処されちまう。だから野盗もこの辺りにゃいねえんだ」
「ああ、まあそうですよね」
人通りはそこそこ有るため、街道沿いには余り危険な魔獣は存在していないとか。
狩りつくされるからである。
周囲に高い木や茂みはほぼ無く、背の低い草原が延々と続く、そんな道中であった。
「こうなると、暇」
「景色変わんないからなぁ」
『贅沢な話だけどね』
馬車の後ろを、ダラダラと走っていると、二輪車にしたのは失敗だったかもと思えてしまう。
「補助輪つけよっかな」
「サイドカーって手もあったかも。そしたら私寝れる」
「じゃあ次はサイドマシンだな。あと運転はかわりばんこな」
「しかたないのう」
速度がゆっくり過ぎて、二輪だとちと辛いのである。
時速2~30kmというところだろうか。
この世界の移動速度的には、普通というところらしい。
『本気出したらめっちゃ速いけどね、あの馬車も。なにせ曳いてるのが普通の馬じゃないし』
「む? なにか違ったっけ」
『あれ、足6本有るんだけど、見てわかんなかった? スレイプニルの眷属だよ』
「マジっすか。うーわ、気づかんかった」
「ちょっと見てこよ」
「あ、ずるい。つぎ私見に行くからはよ戻ってきてね」
ずっと馬車の後ろについたままで、あまり気にもとめなかったが、まさかの神馬である。
そりゃ本気で走ったら速いだろう。
「見てきた。何かすごいキモい足の動きだった」
「マジか……行ってくる」
前にするすると出ていったミハエルが、そのままスルスルと後退してきたのだが、開口一番感想が「キモイ」だった件について。
足が6本になった程度で馬がキモいとか無いわ。
というかキモかった。
うわ、よくアレで足が縺れないな。
4頭立てだから24本の足が一斉に動いているのを見ると、やっぱキモかった。
「キモかった」
「な?」
『全力で走ったら、前を普通の馬車がいた時に危ないからねぇ。制限速度は無いけど、一応規制したんだよね』
「急ぎの時は?」
『そん時はそん時って事でさ。もしぶち当たったら、速く走ってたほうが弁償することって決めたの。まあ違反するのなんて、めったにいないけどね。いたとしてもせいぜい――』
そんな時である。
実にタイムリーである。
フラグか。
鈴木氏に一級フラグ建築士の称号疑惑発生でござる。
後方からえらい勢いで土煙を上げて迫る馬車が一台、見えてきたのである。
『あんな風に、馬が暴走しちゃったときとかね』
「落ち着いてるな、おい」
「だって、まれによくあることだし」
どんどんと迫ってくる馬車に、私たちはそれでも慌てず騒がずであった。
「じゃあ任せた」
「うい、任された」
レバーひとつで簡単じゃないけど変形開始。
ほぼすべてのパーツがジョイントから切り離され、どういう動作原理なのかわからない勢いでパーツが組み替えられる。
まあ魔法だからね、仕方ないね。
「変形完了。よっこらせ、っと」
迫ってきた馬車の背後にジャンプして回り込み、掴んで引く。
地面に足を突き立てるようにして、その勢いを削ぐ。徐々に。
程なく、暴走していた馬ごと、馬車はその動きを止めたのである。
「ふう、いい仕事したぜ」
「おつかれ~」
『さて、馬の様子は……うーん?』
「どしたん鈴木氏」
カバンから顔を覗かせた鈴木氏が、馬車の馬を見つつ首を傾げている。
なんだろうと思って馬車の前に向かうと。
「御者がいない?」
『それもだけど、この馬。結構ないい馬だよ。こんな風に暴れるような調教されてるはずないんだけど――いわゆる軍馬ってやつ』
軍馬?
軍馬というと、戦場でクソやかましい状態でも逃げたり驚いたりしないで言う事聞くように躾けられる、というアレか。
見たところ普通の馬だが、確かに体格も良い。
ただ、今はすっごい汗塗れで口から泡を吐いている状態である。
「何が有ったんじゃろ」
『うーん……「鑑定」』
「鈴木氏ってば鑑定持ちかぁ。流石主人公的異世界転移者」
「私も欲しいなぁ」
「鑑定メガネとか作ればいいんじゃね?」
「その手があったか!」
「経験人数がわかるメガネとか」
「それは戦争になりかねないから却下な」
『え、なにそれ面白そう』
色々まずいのでそれは作らない方向で決定した。
ああ、鑑定メガネは作る事になった。
とりあえず試作として私とミハエル、あと聞きつけてきたアズールさんとメアリーの分だけ。
メアリー絶対メガネに合うから気合い入れて作ろう。
「慈愛の女神の名に誓っちゃいそう」
「それはそれで見てみたい」
「じゃあ戦闘用メイド服用意しないと」
あと鈴木氏いわく、馬はなんか薬物を盛られてれてたそうである。
そんなこんなで王都への旅は面倒事が転がり込みながら続くのであった。
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