第47話 追跡
「さて、現在位置はココ、と。移動はしていないようですね」
私の名はメアリー。
元冒険者で、今はタールベルク辺境伯家の次代を担うアズール様というお方に仕えております。
そして、只今現在進行形でその養女となられる予定のヨーコ様の、護衛兼監視役として動いているのですが。
そこから派生したお仕事として、とあるクノイチを見張り、その雇い主を探るようにと下命されました。
冒険者時代、斥候だった頃の力を発揮する久々の機会です。
相手はクノイチと言われる、初代国王陛下が広めた特殊技能者。
正直腕がなります。
街から離れ、クノイチを追跡し始めて二刻ほど。
そこは、魔獣の巣である森を裾野にそびえる山の麓でありました。
「ふう、久しぶりに全力で駆けましたが、少々鈍りましたか」
やはり常に鍛錬をしていても、現場を離れるといけませんね。
そんなことを考えつつ、ヨーコ様から預かったメガネのフチに触れました。
すると、目の前に自分を中心とした周囲の概略図が浮かび上がります。
そこには目標となる人物の居る地点点滅して表示され、矢印で方角も示されています。
今装着者が見ている光景も映し出す事が出来るそうですが、魔力消費が激しいので長時間の使用はお勧めしない、そうです。
「この先には何もないはずですが……アジトでしょうか」
いけませんね、つい独り言が口を突いて出てしまいます。
このあたりがまだまだな部分なのでしょう。
周囲を確認して何の気配もないことを確認して、私は姿隠しのスキルを発動しました。
目標まで、ざっとニキロほどの距離。
周囲に自然環境しか存在しないこのような場所ですと、もう少し進めば熟練の冒険者であれば、隠形を駆使しなければ何者かの接近を感じることが可能な距離のはずです。
姿も音も、高位に成れば匂いや気配すら消し去る能力。
同等の能力を持つと思われるシノビ、その力見せていただきましょうか。
「おねいちゃん、おかいりー。おしごとおわったのー?」
「ねーちゃん、おかえりー」
「はいはいただいま。ちょいと待ってな、長老に話ししてくっからさ」
こっ、これは……年端もいかない子どもたちが、なぜこのような森の中に……。
落ち着きましょう私、彼女は奥の方に向かいましたね。
私が森の中をくぐり抜けて目的であるクノイチに接近すると、そこは小さな小さな集落がございました。
近づくに従い幾つもの気配が増えていったので、当たりだと思い気を張っていたのですが……何でしょうこれは。
なんとか家と呼べる、程度の粗末な建物が幾つかと、気休め程度の柵と堀に囲まれた、本当に小さな集落でした。
確か反乱を起こして族滅となった貴族に仕えていた、と言う話でしたが……。
集落の様子を見るに、作られてさほど年月が経っているわけではなさそうです。
国の歴史に詳しいわけではないのではっきりとはわかりませんが、反乱を起こした貴族など、ココ百年聞いたことがありません。
と言うことは、それ以前からということになりますが、仕えていた貴族の没落以降は各地を転々として来たということでしょうか。
隠形を解かないまま、私は集落を軽く見回り、クノイチの彼女が向かった集落の中心部へと足を運びました。
するとそこには。
「ああ、フウカ。今回も無事で何よりじゃ。収穫はあったかね」
「あったよオババ様。ほら、これ見て」
陛下から賜った金貨の詰まった袋を、床に寝かされた年老いた女性に見せるクノイチの姿がありました。
「おお、おお、これだけあれば、子どもたちに腹いっぱい飯を食わせてやれるねぇ」
「それだけじゃないよ、これ見てご覧よオババ様」
「なんだい?」
そう言って彼女は耳元を飾るアイテムを老婆に示しました。
「……それは、いったい。何という凄まじい魔力を秘めた魔道具だろう。そんなものを、それをどうしたんだい?」
「この私を、クノイチと知った上で仕えよ、だってさ。その証にって貰ったんだ、凄えだろ?」
「おお、そうかい、そうかい。じゃあこれはお前に下賜された支度金だね。キチンと身なりを整えて、一族の恥にならないようにするんだよ」
「オババ様……」
……これは、想定外です。
一旦指示を仰いでおいた方が良さそうだと思い、私はこの集落を後にしたのです。
★
「って事だけれど、どうしましょう? 一応メアリーには待機しといてねって言ってありますけど」
所変わってヨーコ達、冒険者ギルドの裏手にある東屋で茶を喫していたところである。
「そうねぇ。こちらでもあのクノイチに関して情報集めているけれど、さっぱりなのよね」
「ああ、どういった経路で仕事を受けているのか、それもわからん。関わりのある裏の関係じゃあ欠片も出てきやがらねえ」
それはどういう事なのかと、ヨーコが目で問うと、デービッドとアズールの二人は苦笑しながら説明を始めた。
「俺のツテってのは、裏でけっこう手広くやってる連中なんだがな? そいつに言わせりゃ今時クノイチなんてぇのはそうそう裏社会にゃ居ねえんだとよ。そもそも奴らは誰かに仕えてるのが普通だからな」
「そうなの。だから、どこかから依頼を受けて動いたということじゃないのなら、どこかに専属でって言う事になるのよ。でも今回陛下が臣として迎え入れると言った時にすぐさま受け入れたでしょう? と言うことは、どこかに臣下として仕えていない、けれど何処かから依頼を受けて動いているわけでもない、って言う可能性が高いのよ」
「ふんふん。じゃあ、こっそり裏仕事をさせたがってるどこかの誰かが、こう、囲ってるってかんじなのかな?」
二人の説明を聞き、ヨーコは自分なりに答えを導いたのだが、それが正しいかどうかは誰にもわからない。
そんな事を話し合いつつ、カップを傾けていると、広場の方から木剣がくるくるとヨーコめがけて飛んできた、のだが。
「うむ、完璧」
結構な勢いで飛んできた剣は、ヨーコに近づくと徐々にその速度を落とし、手の届く距離までになるとほぼ停止状態になってやがて地面へと音を立てて転がったのであった。
「はひー、休憩休憩。鈴木氏、ちったあ手加減してくれよぉ」
『手加減ならしてるじゃない。僕片手剣でミハエルくんの攻撃を受けてるだけだし』
見れば、ミハエルと鎧姿で彼の相手をしていた鈴木氏の姿がこちらに向かってきていた。
ぶつくさ言うミハエルと、それを軽く受け流す鈴木太郎の軽口が聞こえてくる。
「全力で振り下ろした剣を軽く巻き上げて飛ばすとか、そういうのをしないでほしいんだけど」
『じゃあちゃんと言う事聞いて剣の練習する? 避けるだけとかそういうのじゃなく、ちゃんと』
「わかったって。ちゃんと体力づくりも型の練習もするし、身体の使い方をちゃんと習得できるようにするから。もうちょっと」
『んー、だが断る』
「ナニッ!」
『この鈴木太郎が最も好きな事のひとつは 自分が有利だと思ってるやつの揚げ足を取って大逆転してやることだ。あとね、冗談抜きでミハエルくん、身体の使い方下手だから。ちゃんと訓練しておかないと、そこらの雑魚にも負けるよ、冗談じゃなく』
「冗談交じりに言われてもなぁ……」
某作品の登場人物の名言を、本音混じりで心配しながらいう鈴木太郎に、ミハエルも痛し痒しである。
そんな二人をなんだかんだといいコンビだと見比べながら、ヨーコは手招きしつつ手元のカップを指し示した。
「おーいそこで漫才してる二人、茶ぁいらんの?」
「いる。出来たら冷たいので」
『いーなー、飲めて』
指を加えて羨ましそう、と言う感じのポーズを取る鈴木太郎を見て、ヨーコは茶を飲みながらちまちまと作って居た道具を取り出した。
「あ、そうそう。鈴木さん向けの魔道具作りましたよ? これ」
『これ? 綿みたいだけど』
「綿ですね。魔道具化しましたからタダの綿じゃないですが」
彼から相談というかお願いというか懇願された、「味を感じたい」という無理難題を実現させる為のアイテムであった。
「まあ、今回はお茶の味と香りだけなんですけどね。これ、口と鼻の穴に詰めてください」
『お、おう』
頭蓋骨に空いた鼻の穴と、口腔部分にぐりぐりと綿が詰められていく。
その綿も、じつは中心部に小さな魔晶結石が仕込まれており、そこから綿と直接つながっているのである。
「はい、じゃあこれ飲んでみてください」
『う、うん。あ、匂う。お茶の匂いする! あっ、味する! お茶の味する!』
見た目だけなら骨に詰めた綿に液体が染み込んでいるだけであるが、そこはヨーコ曰く「感覚器官がないんだから作ればいいんですよ、模擬的なやつ」という考えであった。
そもそも声帯も無いのに声出したり、眼球もないのに物が見えたりしている時点で物理的にはありえないのだから、こちらも物理とかそんなん関係ない領域の、概念的なもので対応すればいいじゃん、という考えだったのがハマった結果である。
「固形物はまたそのうちにということで、取り合えずはこんなかんじですが」
『ありがとう奥さんっ! 僕はもう大感激だよ!』
そんな風に大喜びしてヨーコの手を握りしめ、上下に振りまくる鈴木太郎を見つめる他の三人の視線はとても優しかったのであった。
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