第46話 その身、貰い受ける
冒険者ギルドの敷地内。
その地下に、およそ人が長時間居続けるには厳しい環境となっている区域があった。
寒く、地下故に日も届かず、常に高い湿度でジメジメとしており床などは常に濡れ、横になると体温を奪われるほどに冷える、常人なら半刻と居たくない、そんな場所だ。
今そこに、一人の女性が手足を拘束され蹲っていた。
『そこな娘、名を名乗れ』
細い板状の鉄格子で区切られた地下牢に、その声が響き渡ったのは、彼女がココに放り込まれてかなりの時間がたっていた頃であった。
食事は出されるが時間はまちまちで、どれくらい時が経ったかの推測のあてにも出来ない。
鈍く、地の底から響くようなその声に、彼女は浅い眠りの中から引き戻されたのである。
「……どちらさんだい? 話すことなんて無いって言ってるだろう?」
『そうか、ではココでその生命終わらせるが良い。さらばだ』
薄く目を開いた先には、小さな篝火に照らされた鎧姿の足元だけが見えていた。
そんな相手に、彼女はぶっきらぼうに吐き捨てるように返事をしたのだ。
きっとどこかのお偉いさんが、何も吐かない自分に業を煮やしてやって来たのだろうと考えて。
もう
だが、駆け引きも何もなく、その男はその言葉だけを残して立ち去ろうとしていた。
しかもただ立ち去るのではなく、足元から消え去るように、黒い霧を生み出し始めたのだ。
「ちょ、ちょいとお待ちよ! 私ゃねぇココに放り込まれるような事は確かにしたさ! でも命を取られるようなことまではしちゃいないはずだよ!?」
ただ尋問に来ただけの木っ端役人ではない、そう考えた彼女はそうまくし立てた。
そうである。
事実、彼女がしたのは給仕娘を監禁したのとギルドの内部を探るためにコソコソと動き回っていた程度である。
まあ、ミハエルに対しての殺人未遂はあるが、彼はそのことを報告していない。
せいぜい「
焦りが混じったその言葉に、鎧の男は纏い始めていた黒い霧を消し去り、その場に留まった。
そして、その顔を覆う面の中から、篭った鈍い声を再び響かせたのである。
『何も話さないつもりなのであろう? 我が配下として使えるかどうかを見に来たのだが、それでは物になるかどうかもわからぬ。邪魔をしたな』
金属製の全身を覆う鎧を身に着けている上に、石の床であってもろくに音も立てずに動くその男に、彼女は一縷の望みを託した。
もしやこれはギルドの関係者ではなく、自分をココから引き上げてくれる者なのではないかと。
「はっ、話す! 仕事の件以外ならなんでも話すからさぁ! ちょいとアンタ! 損はさせないからさぁ!」
『仕事? 何か面倒なことでも抱え込んでいたのか。我はこの世を彷徨い、我の欲する力の足しになるものを探しているのだ。女、その邪魔とならず、我が力となるのならその生命、預かろう』
「っ……仕事のことは、私の矜持に関わる話さ。これだけは言えないねぇ。でも、それ以外なら何だってするよ! 私ゃこんなトコで死んでられないんだっ!」
手足を一枚の、穴が空いた金属板によって固定されている彼女は、起き上がることもやっとの状態だ。
鍵穴も何もない、魔法で作られた枷を相手にしては、それなり以上の技量を持つクノイチであっても儘ならない状態であった。
『女、貴様クノイチであろう? その身は役目に捧げているのではないのか』
「役目ぇ? そんなもん、とうの昔に一族郎党捨てちまったさ! 馬鹿なお貴族様が王に離反して族滅させられてからこっち、私たちはずっとタダのお尋ね者さ!」
『ほほう、国に楯突いた貴族に仕えていたか。――ならば、我が配下として役目を授けようではないか』
「……食うや食わずのシノビノモノを雇うってのかい? 酔狂だねぇ」
『我が配下となるならば、たとえこの国が相手であっても我が力に寄ってその身柄を保証しよう。だがしかし、その矜持とやら、邪魔だな』
鎧の男は、そう言うと、その闇に覆われたかのような鎧の兜に手をやり、外して見せた。
それと同時に、彼女を拘束していた金属板も一気に腐食するかのように崩れさった。
「ひっ!?」
『我は常世の国よりこの地に戻りし者。我はこの世に
「あ、
『我にそのようなものは通用せぬ。女、二度は聞かんぞ』
「なるっ、なりますっ! アンタどう見たって並じゃない! 不死者だろうがなんだろうが、アンタについてきゃ食いっぱぐれるこたぁ無いだろうさ!」
『では、我が配下として受け入れよう。証を受け取るがいい』
そう告げた鎧の男は、手のひらに光を生み出すと、小さなアイテムを生み出した。
小さな石がはめ込まれた、それは耳飾りのようであった。
『それを身につけるがいい。我が声がどこに居ても届くようになるだろう。ただし、裏切りはその身の破滅となるであろう』
「こいつぁ、見ただけでとんでもない魔道具だとわかるシロモノだねぇ……こんなもんホイホイ渡していいのかい?」
そう言いながら、渡された耳飾りを身につけるクノイチ。
【我が声が聞こえるか】
「き、聞こえる、聞こえます」
【それは我が力を込めし我が身体の一部だと知れ】
そう告げられ、慌てて耳飾りに手をやると、外れない。
「は、外れない? 何さこれ」
【我が体の一部だと言ったであろう? 貴様はこれより我が使命を果たすために生きるのだ。それが我が配下となった者の宿命。だが、我が配下となったその身には、対価を与えん】
じゃらり、と重い音がする袋を彼女の目の前に放り投げる。
金貨が百枚単位で入っているだろう、革の袋であった。
『この身には最早不要のモノよ。貴様にくれてやろう。それを持って身を隠すがいい。我が配下よ、名を何と言う』
「こ、こんなに? 私ゃクノイチのフウカさ。でも身を隠せって言われたって、出れもしない――」
その言葉が終わる前に、彼女の身体は夕暮れの街を見下ろす丘の上にあった。
「……転移魔法? あそこにゃ結界が――」
『我に結界など効かぬと申した』
「あ、あんた、いや、私ゃあんたをなんて呼べばいいんだい? お頭? 長?」
『我の事は、そうだな――主と呼ぶがいい』
「わかった、いや――承知しました、我が主。この身朽ち果てるまで主と仰ぎ仕えましょう」
『では行け。時が満ちれば我の声が届こう』
「はっ!」
そう言い残して駆け出したクノイチのフウカは、すぐにその姿を消し去るようにして何処ともなく去っていった。
鎧姿の男を残して。
『あんな感じでよかったのかなー?』
「良いんじゃないかな? 場所は――っと。うん、わかるわかる。向こうからの声も拾ってくれるし、まあダイジョブなんじゃないかな? はい、メアリー後は任せた」
「任されます。よろしいですね、お方様」
クノイチが立ち去って暫く、そこには数名の男女が姿を表していた。
言わずと知れた、ヨーコを始めとした面々である。
「まったく、陛下も酔狂ですわね。まさか『クノイチ貰っていい?』などと言い出すとは」
『えー、だってクノイチだよ? 僕が残したニンジャの伝承がどんな風に発展したのか知りたいじゃん』
「まあ、アレで役には立ちそうだしな。俺でさえ一旦は煙に巻かれたんだ」
「でもアレ、雇い主に締められたりしないかね?」
「その為の追跡班です。ではお方様、行ってまいります」
「ええ、気をつけてねメアリー」
そう言ってフル装備で駆け出したメアリーを見送った一同は、再び転移魔法でその場を後にしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます