第41話 祝福してもろうた 

 翌日。

 日が昇って早々に、ヨーコとミハエルの二人は風呂に直行していた。


「若いって凄い」

「ホンマそれな」


 何がどうしたということはないが、二人はとても気持ちのよい朝を迎えていた。

 そのまま朝食の席に案内された後、昨晩の予定通りヨーコはアズールに洗礼をして貰うこととなった。


「鈴木氏、アンタわざわざ日が昇ってる時間に起きてこなくても」

『まあそもそも寝なくてもいい身体だしね。僕も見学させてもらおうと思って』


 がっちゃんがっちゃんと鎧を身にまとった鈴木太郎も、洗礼の場に姿を表していた。

 そこは屋敷の一角にある部屋で、周囲とは少々つくりが違っていた。

 屋敷の基本的な作りは色合いは地味だが様々な装飾が施されていて、金と手間がかかっているのが一目瞭然であったが、そこだけは切り抜かれたように、素っ気ないとまでは言わないがシンプルな構造となっていた。

 扉は木を切り出して磨いただけで、何の細工も施されていない。

 ただ、扉の取っ手部分だけが三柱の大神を意味する三本の木をイメージした形状になっているのが目につくだけだった。


「街の何処かに聖堂があってそこに行くんだと思ってたが、お屋敷の中に礼拝堂とは、流石上流貴族だのう」

『ん? 礼拝堂と聖堂とは違うもんなの?』

「ざっくり言うと、教会組織の所有してるのが聖堂で個人所有が礼拝堂、みたいな感じ? あと聖人とか祀ってるかどうかが違いだっけか」


 この世界ではどうなのかは知らんけども、という前置きでそう語るミハエルにふーんと納得したのか頷く鈴木太郎。

 思いっきり興味なさそうな反応であった。

 それよりも、アンデッドの彼がこういう宗教施設に入れるのか? と言う疑問が湧いてくるミハエルである。


「て言うか鈴木氏、あんたこういうとこ入って平気なのか?」

『そんなこと言い出したら、あれだよ? 僕のお墓、あれ凄い祝福とかされてるお墓なんだけど』

「あー、そりゃそう……か?」


 微妙に納得できない返事を貰ったが、アズールを先頭に全員が問題なく礼拝堂に入る事ができた。

 質素と言ってもいい扉を抜けると、中もやはり派手な装飾など何もないスッキリとした構造である。

 正面に三柱の神の内の一柱、【慈愛】の女神であるアトラクシアの立像が採光用の窓から注がれる光の中、佇んでいるだけだった。


「ではヨーコ。そこで膝立ちになって頭を下げてちょうだい」

「む、こんな感じかな?」


 よくあるお祈りシーンをイメージしながら、ヨーコは女神像の前で立つアズールの足元に膝をついて両の手のひらを合わせ頭を下げた。


「はい、それでいいわ。それじゃ、始めるわね」


 もっと厳かな雰囲気でやるものだと思っていた日本組の三人は、普段と変わりないアズールの姿に少々残念な気持ちであった。


「豪華絢爛な神職の衣装とか着てくるんだと思ってたんだが。そのへんどうよ鈴木氏」

『こっちの宗教には出来るだけかかわらないようにしてたから分かんないや』

「お二人ともお静かに」


 閉めた扉の前で見学している鈴木太郎とミハエルは、その光景を見つめながらあーだこーだと言っていたが、流石に私語は慎むようにとメアリーに叱責されてしまった。

 無言で頭を下げる両名をよそに、洗礼の義が始まった。

 膝をついたヨーコの前で、アズールは静かに佇んで何も動きがない。

 目を閉じ、本当にただ立っているだけである。


「なあ、あれ――」

「お静かにと申し上げました」

「ごめんなさいっ」


 再度メアリーに叱責されたミハエルは、思わずピンと背を伸ばして直立不動の状態になってしまった。

 そんな外野がやっと静まった頃、アズールに動きが見えた。

 正確には、アズールの周囲に、だが。

 金色に輝く光の粒が、彼女の頭上から降り注いできたのである。


【アトラクシアの名のもとに、祝福を授けます】


 その光の粒に包まれたアズールが、普段とは全く違う声色でそう告げる。

 伸ばされた手にその光の粒が集まり、塊となったそこからキラキラと煌く雫がヨーコへと注がれたのである。

 やがてその光が収まると、アズールはパチリと目を開き、膝をついたままのヨーコの前にしゃがみ彼女の手を取ってこう告げた。


「凄いわヨーコ! アトラクシア様直々に降りてこられたのなんて何年ぶりかしら!」

「私の時以来、ですか」

「お? おお、なんか凄いのそれ?」


 目を閉じたままだったヨーコには、何が起こったかなどさっぱりである。

 ただ、目を閉じた状態にも関わらず、光が瞼の下で見えていた、ぐらいの感覚であった。


「なんかレアケースだったみたいじゃのう」

『そーみたいだね。神降ろし、みたいな感じかな。僕の仲間になった神官の奴らは、だいたい神様直々の加護って言ってたからありがたみよくわかんないけど』

「そりゃ一国の王様のパーティーメンバーならそうだろうよ」


 まったく参考にならない鈴木太郎の意見であった。


「で、どうかしら。洗礼を受けた感想は」

「正直何がどうと言われても――」


 そう言いかけたヨーコの脳内で、ピコーンと何かが鳴るような感覚が訪れた。


「あ、なんか使える様になったっぽい?」

「そんな簡単なモンだったのか」

『あー、嫌がらないで洗礼くらいしてもらっとけばよかったかなぁ』


 ヨーコ達三人はそんな気軽なことを言うが、普通は洗礼直後にそのようなことが起こるのはごく稀なのである。

 それを知るアズールとメアリーは、苦笑でしか答えられなかった。


「んと。セイクリッドブライトネス……聖なる癒しの輝きを?」

「……最上位の癒やしの神聖魔法ですね。他には?」

「えーと、ピースフルスピリチアル……平穏なる精神をって」

「……さ、最上位の状態異常回復の――」


 そして何が使えるようになったのか、と問われたヨーコは、脳裏に浮かぶ神様からの恩恵をアズールに告げた。

 言われたアズールはもちろん、メアリーも言葉が出ない。

 女神直々の祝福のみならず、洗礼直後に神聖魔法が使えるようになる、それだけでも破格なのだ。

 それに更にいきなりの最上位神聖魔法の行使が可能という、馬鹿げた出来事である。

 言葉を失う程度で収まるのは、ある意味鈴木太郎に連なる存在だというのを予め知っていたからに過ぎない。


「……まあ、あのタリョー・スズゥキィの連枝と考えれば頷ける話ですが」

「よ、ヨーコ? あんまり他では言っちゃだめよ? 私でも使えるけど、普通は神職として長年勤めた人物くらいしか行使できない神聖魔法だから」

「お、おう。そこまでですか」


 言ってみれば、僧侶レベル1でベホ◯ズンが使えるようなもんである。

 出鱈目にも程があるといえよう。

 なお、ミハエルの神聖魔法の方は、わりと順当な基礎的なものである。


「くっそ、俺ももっと凄いの使えるようになんないかな」

『いや、普通に贅沢すぎると思うけど? ミハエルくんだって神様直々に使えるようにして貰ってんだから』

「そりゃそうかもしれんが、目の前で3億円の宝くじに当たってるの見て、ミニロトで数百万円当たりましたって言っても嬉しさも凄さも半減だろ」

『? みにろとって何? 某RPG勇者的な何か?』

「……ああ、そういや鈴木氏の頃にはなかったかぁ」


 上手いこと言ったと思った例え話をスカされたミハエルであった。


「しかし、鈴木氏」

『どしたのミハエルくん』

「なんか、この屋敷の人らって過剰戦力すぎね? 魔獣が襲ってきたって言って困るようには思えん」


 洗礼を済ませた面々は、ギルドに向かうというアズールと、そのアズールの安産のお守りを作るというヨーコとそれに付き従うメアリーと、それぞれ別の用件を済ませるために移動していった。

 そんな中、特にすることもないミハエルと鈴木太郎は、手持ち無沙汰に屋敷から出て庭を散策していた。


『んー、基本魔獣が大量に出て街を襲うってのは極稀にしか起こらないんだけどね』

「まあそうそう頻繁に起こったら元を断つよな」

『元を断つと、ココみたいな魔獣狩りしてその副産物で交易してるトコは破綻しちゃうからね。バランスが難しいんだけど』

「ある意味昔々の狩猟経済か」

『まあ、規模が違うけどね』


 規模も違うが、狩り尽くす事も中々に難しい。

 何しろ魔獣自体が生まれるプロセスは、地脈や魔力溜まりなどという自然現象からである。

 下手に魔力溜まりや地脈を弄ろうものなら、どこにそのしわ寄せが来るかわからない。


『現状維持が一番手間が掛からないって話なんだよね。まあ僕の時代はそもそも開拓が活発だったせいもあるだろうけど』

「ああ、西部開拓時代みたいなもんか。自分から荒野に突っ込んでったら、そりゃ野生動物に襲われるわってなもんか」


 屋敷の庭を散策しながら、そんなことを語りあう。

 綺麗に整えられた林を抜けると、小さな池があり、そこでは様々な小動物が息づいていた。


『ココは確か、昔は農業用の溜池だったかな?』

「ああ、来たことあるんだっけか?」

『まあその頃はあんな立派な建物じゃなかったけどね』


 現在では溜池というよりも整備された観賞用の池、といった風情である。

 覗き込めば、大小様々な魚が泳ぎ回っていた。


「でけえ。メートル級のもいるじゃん」

『あっ、これ美味しいんだよね。もう僕は食べらんないけど』

「美味いのかー。あとで頼んでみるか」


 そろそろ昼餉の時間だな、と。

 ミハエルは日が中天に昇ったのを見上げながら、腹の虫の具合を考えて屋敷に戻ることにした。


『ご飯かー。いーなー』

「なんか考えて貰ってやるよ。アンデッドでも食ったら味くらいわかる魔道具とか、嫁なら作れそうだしな」

『わーい』

「……お前さん、死んだ時の年齢は結構な歳のはずなのに、らしさがこれっぽっちもないよな」

『心はいつも15歳だよ、ミハエル君』

「17歳教ですらないのか……」

『なにそれ』

「あー、まあ後でくやしくしてやる」

『おねがいしまーす』


 そんな事を言いつつ、屋敷に戻る二人であった。

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