第40話 きみのなは

『結構いい部屋だね』

「元王様、お前が言うんか」

「いやー、私が最初に充てがわれた部屋もデカかったけど、二人用にって新しい部屋貰ったら更にデカイ。予想はしてたけど」


 アズールの屋敷に戻ったヨーコらは、夫婦ということで新しい部屋に移ることになった。

「アソコに二人だと手狭でしょう?」などと言われたが、返事をする間もなく案内すると言われてしまっては拒否することも出来ない。

 元の世界での自宅の敷地より広い部屋ですと言って、信じてもらえるだろうか。

 ともかく新しい部屋に入室を果たした二人。かっちゃかっちゃと鎧を着込んで歩く鈴木氏もついて来ているが、彼は別室を充てがわれている。

 この後は、遅くなったが食事を取ろうと言うことになっており、ならばと単に空き時間に昔話がしたいという事だった。


『まあ改めて言うことでもないけど、日本人の鈴木太郎です。こっちに来たのは平成9年の年末ぐらいだったかな。テレビ見てたらピカピカって光ってこの世界に来てた』

「内田洋紅です。ヨーコでおなしゃす。頭の上のチビ龍は気にしない方向で」

『了解。天龍かわいいなー』

「この子の親とか居ないんスかね」

『ああ、天龍は基本たまご産みっぱなしだから。滝壺の底とかに』

「あー、そんで流れてきたのか。生まれる直前で浮いてきたのかな?」

「古い卵状態か」


 そんな感じで改めてヨーコと挨拶をしあう鈴木太郎であった。

 二人の部屋に設けられている応接セットに腰掛け、3人で話をしているのだが、改めてこちらにきた状況等を伝えあっていた。

 給仕役はメアリーであるので内容的には何を話しても安心だ。


「平成9年? 1997年か……なんかあったっけ?」

「むー? ちなみに何見てたんです?」

『京都の花札屋が作ったゲームの。あれ見てたんだけどね』

「……ああっ!」

「あれかぁ」


 どうやら某アニメを見ている際に、何やら不思議な事が起こったらしい。

 全く参考にならない異世界行きに、二人は首を傾げる。


「私らは――」

『ウン、聞いた。この街に来るまでに旦那さんに色々とね。LARPだっけ? そんな遊びが流行ってるのかー。要するにコスプレしてごっこ遊びするんだよね? まあ今更僕はやりたいとは思わないけど』

「そらまあ、リアルファンタジー世界でリアルバトルしまくってたらねぇ」

「しかし、チートあってもよく生き残れたよな、鈴木氏」

『チート? ズルとかはしてないよー』

「あー、そっか。単語本来の意味はそうだけどな。鈴木氏に分かる言葉で言うと、バグ技とか裏技的な意味だよ」

「へー、やっぱ20年経つと新しい言葉が生まれてるってことかー。まあ僕のスペックは確かにバグみたいな感じだよね。神聖魔法使えなかった以外はほぼ何でもありだったもの」


 鈴木の前にメアリーが茶を置こうとするのを手で制しながら、彼は我が事ながらデタラメだったのは理解していると告げた。


「あの当時はこの世界も、いわゆる『中世の西洋』を更に悪くしたような状態だったんだ」


 曰く、魔獣が多い為に生活圏を広げられず、そんな状況でも王侯貴族達が圧政と重税を武力を背景にして民に課していたという。

 そこにふらりと現れた超常スペックの男である。

 その能力を自分のために使わせたい、そう思った支配者層は多く居たが、彼はそのことごとくを――。


「嫌だったから逃げたぁ?」

『うん、だってめんどくさいんだもん』


 ミハエルとの会話中の鈴木の言葉を聞き、ヨーコは思わず「出ました! めんどくさい! 流石チート主人公様」と思ったが空気を読んで口にはしなかった。

 何やら色々と暗くて重い話になりそうだっったからだ。


『エルフとか、獣人とかが、奴隷になってるってよくあるじゃない? ああいうの。凄いんだよ、扱われ方が』

「ああ、人間以外は人じゃない、って感じのか?」

『僕のいた時代の日本でも、エルフとか猫耳とかはアニメなんかで普通にあったからさ? だから凄い親近感あったんだよね』


 彼が街に連れてこられて暫く軟禁状態であった頃、その扱いが酷いため、奴隷たちの反乱が起こったという。

 その時、回収されその廃スペックを知られたばかりの鈴木太郎は、その能力を見せてみよとばかりにその奴隷たちの暴動を止める先鋒に立たされたのである。


『最初は一宿一飯の恩くらい返すかなーって気持ちだったんだけどさ……向かってくる人達の格好とか見たらそれどころじゃなくてね。えばりくさって後ろで督戦きどりの部隊の隊長シバいて奴隷たちの方に寝返っちゃった』

「その時助けた奴隷が今の嫁です、って奴だな」

『なんで分かるの!?』

「マジで?」


 冗談で言った事がその通りだったミハエルは、言った自分のほうが驚いて聞き返していた。


「そのあたりのことは、奥方様達が監修された『タリョー・スズゥキィ一代記』と言うシリーズ物になっております」

『マジで!?』

「はい、奥方様ごとに『建国記』や『攻防記』、『奇譚』等、タリョー・スズゥキィを中心に据えた物語がございます。ちなみに私的には『スズゥキィ物語絵巻』と言う恋愛物が一押しでございます」


 鈴木太郎があちこちの女性とトラブルに巻き込まれては手を付けて嫁にすると言う、ドタバタ恋愛物だという。


『うわー、源氏物語とか教えるんじゃなかった……見たいような見たくないような』

「ちなみに、当屋敷には奥方様直筆の署名入り写本が全巻揃っております。お方様の蔵書ですが」

「あとで見せてもらおう」

「せやな」

『やめて欲しいなぁ』


 ちょうど話も一段落ついた所で、食事の用意ができたと呼びに来られたため、切り上げて移動。

 何も食えない鈴木氏も一応テーブルに付いて、お話に花を咲かせた。


「で、結局神聖魔法が使えるか使えないかの境目ってなんなんだろね」

「そうねぇ、洗礼を受けていたとしても、使えない人の方が多いものねぇ」


 料理に舌鼓を打ちながら、疑問に思ったことを話すヨーコ。

 何しろ自分には使えないだけに、使える使えないの境が曖昧なのがちょっと悔しい。

 洗礼を受けたら使えるようになるんだったら、こっちの宗教に帰依しても構わんと言わんがばかりである。

 しかし、ミハエルはこちらに来たばかりで洗礼など受けては居ないはずである。

 為にそれは否定されたと考えているヨーコだったが。


「んー、向こうの世界で洗礼受けてたから、ってのは?」

「む? ああ、そういやアンタ向こうで洗礼受けてたわね」

『へえ、そうなんだ。ああ、その名前もしかして洗礼名?』

「んにゃ。これは普通にハンドルネーム。洗礼名はレオ」

『うわ無駄にかっけえ』

「無駄とか言うな! 教皇で聖人の大聖レオが由来なんだぞ」

『ごめん、宗教には疎くて』


 向こうには神様が居ないが、こちらの世界には神様がいる。

 向こうで洗礼を行った事が、こちらでの洗礼と同等の作用があり、神の国とバイパスが繋がっているのではないか、そんな仮説が新たに生まれた。


「まあ向こうで作った玩具のアイテムが、こっちだとモノホンになるんだから、それぐらいアリっちゃありかもしらん」

『じゃあ洗礼してもらってみる? 僕だと成仏しちゃうかもだから無理だけど』

「む。アズールさん? このあたりで洗礼受けられるところってありますか?」


 やってみる価値はあると考えたヨーコは、即断即決で尋ねてみたのだが。


「私できるわよ?」

「マジすか」


 サラリと返された言葉に、ヨーコは流石現地チートは違うと唸りを上げた。


『あー、そういやアズちゃん天才少女だったもの。詠唱魔法も精霊魔法も神聖魔法もなんでもござれ。出力調整だけは勘弁な、って話だったけど。出来るようになった?』

「……洗礼は日の昇る時間帯に行うものとされているの。明日の朝、日が昇ったらやりましょうか」

「お願いしまっす」

『……出来ないのね。器用なんだか不器用なんだか』


 鈴木太郎のツッコミは華麗にスルーされてしまったが、歓談はキリがなく続きそうだった。

 が、執事のジーヴス氏に「そろそろお時間でございます」と言われようやくお開きとなったのであった。

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