第39話 ご注文は神聖魔法ですか?
『あー、その剣やっぱ心臓に悪いわ。心臓無いけど』
「持ちネタにする気か」
光る剣を鞘に収めると、鈴木太郎が即座に外に出してくれと言い始めたので出してやるミハエル。
狭いとか苦しいとかは無いらしいが、寝るだけならまだしも首だけ外に出してるのはやはり居心地が悪いらしい。
「顔出すだけでそんなに変わるもんなのか?」
『んー、高速を走ってる車のサンルーフから顔出してる感じ?』
「そりゃアカン」
ズルリとカバンから引っ張り出された鈴木太郎が、身体を解すためなのか何なのか両腕を上に伸ばしてストレッチなどを始めているのを見て、ミハエルはふと思い出したことを口にした。
「そーいや俺、洗礼とかこの世界じゃ受けてないんだけど、神聖魔法使える」
「マジで?!」
先程、鈴木太郎が洗礼を受けていなかった為に、昇天せずにアンデッド化したという仮説を立てたのだが。
それは神聖魔法を使えなかったという彼の過去に繋がる為、信憑性が高いと言う事になったのだが、それを台無しにするような話を言い出したのである。
「今さっき話してた内容ちゃぶ台返しするような話やね」
「いやマジで。ほら、何ってったっけ。、性癖混沌だっけ?」
『【聖なる混沌】だよ。コウライールって神様』
「まあ俺は神様のお言葉とか聞いてないんだけどな。いきなり神聖魔法使えるようになったってのがわかっただけで」
「ほうほう、そのへんくやしく」
『詳しくじゃないの?』
「あとで説明してやる」
日本人組だけでそう言い合うのを、現地組三人は、もはや何を言っていいやら、呆れるしか無い状態であった。
「えー、この中で神聖魔法使える人ー」
「はい」
「私も」
「俺もだ」
「ふむ、現地組は全員何かしら使えると。日本組はミハだけ」
ヨーコの号令で、皆に神聖魔法の有無を問う。
ミハエルは【聖なる混沌】コウライールの加護によるもの。
メアリー、アズールの二人は、【慈愛】のアトラクシア。
デービッドは【独神】ギヌンガルプの『使徒』
「アズールさんとメアリーは三柱の大神の一柱から、加護を受けている、と。デービッドさんは神様の使徒からの加護、と。これ何か違いあるんですか?」
神様からの直接の加護と、その使徒からの加護では何か違いがあるのかと問うヨーコ。
それについてはメアリーが、「もたらされる奇跡の結果には、違いはありません」と若干意味深な答えを返してきた。
どういう事だと問い返すと、例えば怪我を治す場合。
神から直接加護を受けている者の治癒魔法は他者にも使えるが、使徒からの加護は自身にしか使えないという。
「なるほど。ミハは治療使ったことはあるん?」
「んにゃ? 怪我してないし。使ったのっていやぁ、変な寄生虫に食われてないかとか調べたり、水をキレイにして飲めるようにするとか?」
「地味に超便利じゃん。超うらまやしい」
『別に使えなくても使える嫁さん一杯いたしー』
「うるせえよモゲロ」
『もげ……ろ?』
「あー、チ◯コモゲロの略だ」
「説明せんでいい」
その後、いつごろ使えるようになったか、とか色々と聞いたのだが、はっきりした理由はわからなかった。
話が煮詰まらない事もあり、夜も更けてきた為に、一旦冒険者ギルドを後にして帰宅しようという話になった。
デービッドを残して。
ギルド前で手を振るデービッドに手を振り返してから馬車の席に落ち着くと、アズールがヨーコに彼のお仕事について話しかけてきた。
「例のクノイチとか死霊術師の尋問など、色々と雑務が残ってますからね」
「ギルド側でするんじゃないんだ? アズールさんとかが」
「ウチは基本事務屋ですもの。ああいう荒事を最後まで処理するのが元締め側の仕事で、情報が出揃ってからが
「あー、なるほど。それに妊娠初期なら無理は禁物ですしね! あ、護符とか何か作りましょうか?」
「あら、それは嬉しいわね。お願いしちゃおうかしら」
「了解しました。がんばって安産祈願のお守り作らねば」
ふんすと気合を入れるヨーコであったが、同乗しているメアリーから若干白い目で見られているのに気づいて「じ、自重はするから。安心して」と言い訳をする羽目になったりした。
「で、俺もお邪魔して良いんですかね?」
「ええ、是非に。初代様をお連れくださるなんて、望外の事ですもの」
『まあ死んでるから普通はどう望んでも来れないしね』
同じくヨーコの横に座っているミハエルが、本当について行って良いのかと問うてきたが、アズールは両手を打ち鳴らす勢いで、微笑みながら歓迎すると口にした。
「……エルフすげえ」
「じゃろ? ワシなんてお風呂ご一緒したんだぜ?」
「おおう、まじか」
「もうあれよ。元の世界のスーパーモデルでも「ふざけんな!」って切れるね。あのスタイルとか反則すぎる」
満面の笑みを浮かべるアズールを見た感想を、ぼしょぼしょと耳元で内緒話をしているヨーコたちだが、その実エルフのアズールにはきっちり聞こえていたりする。
エルフの長い耳は伊達じゃない! と言う事を身に沁みて知っている鈴木太郎であったが、カバンから顔を出している状態で二人に話しかけた場合のリアクションから自分が何か言ったということがバレるため、何も助言しなかった。
と言うか、むしろバレてもいい内容だったので放置したとも言える。
旅の途中で女の子を拾った、などという話をした途端、エルフの嫁が他の嫁を引き連れてコンコンとお説教をしにこられた過去を思い返して、『そういや長命種の嫁さんたち、今どうしてるんだろ』などと呟いた。
「鈴木氏、エルフ嫁いたの?」
『え? あ、聞こえてた? 居たよ』
「タリョー・スズゥキィの奥方様たちですか? 正式には五名、それ以外にも数十名いらしたはずですね」
鈴木太郎のつぶやきに反応したヨーコの言葉に、本人が先ず答えたのだが、それが聞こえない現地組のメアリーが、事の詳細を告げた。
正式な妻、正室と四人の側室。
公式な愛人としては、常時数十名居たとされている。
そのうちエルフの嫁は、側室として迎えられている者が居たそうである。
「oh……異世界ハーレム……」
「な、鈴木氏もうラノベの主人公みたいだよな」
『いやあそれほどでも』
「ですが、公式な愛人とされている方々も、その殆どは戦災などで生活が成り立たなくなった為に引き取られた方々です。王城で雇い入れた結果と伺っていますが」
「マジかー名君じゃん。タラシっぽいけど」
『魔獣とかが今より多くてさー。辺境の開拓村とか、結構襲われてたんだよね。普通は騎士団とか傭兵団とか、それこそ冒険者ギルドに任せてたんだけど、手に負えない奴は僕が出張っていったんだ』
「幸いなことに、王が子をなしたのは正室様が最初でしたので、跡目争いも起きませんでしたが――」
「が? 何かあったの?」
「側室様方が長命種であらせられたので、色々とお世継ぎの方が苦労なさったと伺っております」
「苦労は現在進行系よ? メアリー」
正室は普通の人間だったのだが、側室の中に長命種たるエルフ、そしてエルダードラゴンの幼生体がいたのだという。
「どらごんをよめにしたともうすか」
「なんというちゃれんじゃー。私はむり。うちのチビ龍みたいなのを愛でるなら出来るけど」
「いや、現代でも車を犯すとかいうのが居たはず」
「んなトコで競いたくないわー」
『ドラゴンって言ってもあれだよ? 半分血が混じってるってやつだから見た目人間だからね!?』
「ハーフ……ドラゴンの……」
「父か母か知らんがその親御さんすげえ」
『いやいや、母親が人化できる龍だったからさ。ねえ聞いてる?』
鈴木太郎の弁明は聞いてもらえてるのいないのか、そんな感じで館へとたどり着き。
「でけえ!」
「うむ。やはり驚いた」
ミハエルがその屋敷の威容に声を上げる事となったのであった。
『……嫁まだ居るのかー。会いたいなー』
カバンの中から顔を出し、そう呟く鈴木太郎を放置したまま、夜は更に深まるのであった。
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