第38話 むかしのはなしをしよう あれは

 ノーライフキングという種族として、永遠の眠りから目覚めた鈴木太郎。

 それは、過去にも例があるという事で、エルフ達はそれを言い伝えられているという。


「それは、父でさえまだ生まれていなかった頃のことです」


 そう語るのは、アズールだ。

 現地住民組がやけに鈴木太郎の種族名に慄きまくっていたため、不思議に思ったヨーコが尋ねたのである。

 曰く、はるかな過去、魔王と呼ばれる存在がいたこと。

 その魔王は、圧倒的な力とその統率力で版図を広げ、世界を席巻していた。

 しかし、それに抗うすべての人族が力を合わせ、立ち向かったという。

 その中心人物として力を奮った者が居た。

 決して最強というわけではないが、どんなこともこなし、自分とその仲間達でありとあらゆる状況を打破していく内に、『勇者』と呼ばれ始めたのだとか。

 数年を経て、勇者は魔王を討ち果たした。

 凱旋した彼を迎え入れた人々は、しかし。

 彼に更なる奉仕を求めたのである。

 その血を自分たちの一族に迎え入れたい者。

 自らの配下に加えたがるもの。

 魔王が如く、自国の領土を拡大するための戦力として、彼は求められたのである。

 魔王さえ倒せば、元の生活に戻れると考えていた勇者は、あれこれと手をつくして国元に帰ろうとするが帰還を阻まれ、遂にはその帰るべき故郷を、失ったのだという。

 魔王から守り抜いた、懐かしい故郷と、残してきた愛しい人を。

 勇者を囲い込みたい者たちにとって、帰る場所がなくなれば、諦めも付くだろうと。

 その地を守護していた領主に対し、指示を出したのだ。

『恋人の帰りを待ちきれずに、他の男に走る。よくあることだ』

 そう、軽口のごとく出した指示を、現地の者は、さらに軽く考え、蹂躙した。

 彼の村を訪れ、残されていた勇者の恋人を。

 そして、勇者に届けられたのは、彼の恋人が――いや、元恋人が――他の男と褥を共にしていた、という言葉と。

 村の知人からの、彼女が自裁したとの便りであった。

 彼は愛しい人に起こった出来事を推察し、嘆き、悲しみ、そして、後を追い自裁したとも、憤死したと言われている。

 そして――。


「その勇者がアンデッド化して、ノーライフキングになっちゃって、その国を滅ぼした、ってことか」

「はー、なんかありがちな」

『その話聞いたこと無いなー』


 元日本人組は、その話を聞いてもさして気にもとめなかった。

 そりゃ勇者も怒って国ぐらい滅ぼすわ、とは思ったが。


「実はこの話、本当のところを言うと嘘か誠か怪しいのです」

「まあ言い伝えだからねぇ」


 話の内容的には、日本人組にとって物語的にはありがちなものだが、考えさせられる部分もある。

 要するに、利益を運んできてくれた者に対して、本人が望まぬ見返りはかえって我が身を滅ぼす、という戒めなのでは? と。

 だが、嘘かどうかは別にして、ノーライフキング自体はその存在を確実視されているという。


「どちらかと言うとなまはげとかあの辺の感じがするんだが……」

「悪い子いねえかー! 的に『身勝手な奴には不死者になった勇者が懲らしめに来るぞー』という訳やね」

『わかる。て言うか、ノーライフキングの何が危険なのか。て言うか、僕悪いアンデッドじゃないよ?』


 話が事実であれば、確かに恐ろしい存在であるノーライフキングとなってしまった『勇者』が『大英雄』と被る気持ちはわからなくもない。

 そうは言っても実感としてわからない日本人組は、鈴木太郎を含め、首を傾げたままだ。

 言い伝えに対しての真贋はともかく、ノーライフキングが危険なのだと言うことは理解してもらいたいとばかりに更に言葉を続けるアズールだが。


「いえ、そうなのでしょうが……。ノーライフキングはその存在を維持するために、生者の命を奪うのです」

「生き物みんなそうじゃん」


 正論でバッサリと断ち切られてしまった。


『て言うか、僕この姿になってから何か殺したとか食ったって記憶ないんだけど。夜になったら墓の森ウロウロしてたくらいで、虫とか踏んづけちゃったかもしれないけど』


 首を傾げてそういう鈴木に、アズール達は驚きの表情を持って返した。


「あっアンデッドは、生者の精や魂を吸い取ると――それを糧に活動している筈です……」

「いや、かの墳墓一体は、魔力残滓が濃い。もしかするとそのためかもしれぬ」


 アンデッドは何も補給されないまま放置しておくと、普通は砕け散り土へと帰るらしい。

 だが、死んでからこっち、百年以上に渡って動き続けている実績を誇る鈴木氏にとってそんな魔力を補給した感触など欠片も感じてはいなかった。


『うーん、でもなぁ。ついさっきも消えかけたけど、カバンで寝てたら元に戻ったしなぁ』


 不死の化物の代名詞とも言える吸血鬼でさえ人の血を糧としていたり、倒された際にはキチンと事前に儀式を行っておいた地で、大地から精を吸い上げねば蘇らないのだ。

 補給が無くとも回復する、そんなアンデッドは聞いたこともない。

 もしや、それこそがノーライフキングたる由縁なのかもしれないが。


「生命なんか無くても平気だからノーライフ?」

「そう、なのでしょうか……」


 苦笑気味にそう云うヨーコに、眉根を潜めて悩むアズール。

 そんな悩める現地組であったが、ミハエルの一言で目を瞬かせた。


「まあ最悪、鈴木氏が暴走するようなら、この剣でどうにかできそうだから良いんじゃね?」


 そういって、腰から外して椅子の横に立てかけていた剣を示す。

 見た目はごく普通の鞘に収められた幅広のブロードソードにしか見えないが。


『あ、それ抜くの? だったらちょっとまってカバンに入らせて』


 慌ててミハエルの持つカバンに姿を消す鈴木の姿をあっけにとられて見送った現地組三人。

 ノーライフキングという存在になった彼を、ココまで焦らせるとは、一体――。

 そう思い、固唾を呑んで鞘に入ったままの剣を見つめる。それはもう穴が空かんばかりに。


「……いや、そんな注目されるほどのモンでも。私が作ったやつだし」


 そうヨーコが告げた為に、更に三人共が固唾を呑むこととなったのだが。

 ヨーコ自身は「そこまでの物じゃないでしょ?」と考えていた品々の殆どが、この世界ではそうそう見ることの出来ないレアアイテムだということをまだ理解しきっていないため、この後アズール直々にみっちりと仕込まれる事になるのだがそれはまたのお話である。


「……甘く見てたわ」

「お、おう。俺もだ」

「ヨーコ様、以前テーブルに出されていた品も、お方様にお見せください。恐らくはどれも世に出すと拙いものばかりと思われます」


 すらりと抜かれたアクリル製の透明な剣。

 それは、既に日も落ちきり魔法の明かりのみとなったギルドマスターの部屋を白く照らす、実に美しい輝きを放っていた。

 ヨーコは「おお、LEDの電飾かっけえ」と思ってただけだが。


「剣身が全て魔晶結石で、しかも光属性を持っているだと……」

「ありえないわ……こんな……」

「ヨーコ様、コレは一体……」

『そっかー、元の世界で作ったのもこっちに持ってきたら魔道具化するのかー。奥さんの能力すごいね~』


 現地組が一斉に驚愕する中、カバンから首だけだしている鈴木太郎がウンウンと頷きながら感心していた。

 実のところ、他でも使っているただのアクリル玉が、魔法の触媒である魔晶結石と化している時点で気づけという話である。


「イェルイーディー、でしたか」

「へ? ああ、この光ってるやつ? そうそうLEDだけど――今どうなってんのかな。ばらせるのかしら」

「そういやスイッチ捻ってないぞ? いやマジで」


 剣の柄尻の部分にかぶせるように作った柄頭をひねると、柄の中に仕込んだLEDランプのオンオフが出来るようにしている、はずなのだが。


「うーん……私が作ったときと形が変わっとる」

「そうだろうな。俺の鎧もなんとなく形というかディティールが変わってるもんな」


 抜き身のアクリル剣をあーでもないこーでもないと弄くり倒す二人に、目の前で行われている事に顔を引きつらせている三名は、もう言葉も出ない状態であった。


「……あのサイズの魔晶結石って見たことあるか?」

「いえ。魔晶結石は通常、ほぼ球形か歪な楕円です。が、あの長さの剣を削り出そうと思ったら、最低でもあの剣身と同等のものが必要という事ですよね?」

「……ヨーコたちの世界と言うのは、一体どんな世界なのかしら」


 この世界において、魔晶結石というのは魔獣や幻獣、神獣の躯から得られるお宝である。

 その最たる存在として竜が居るが、先に倒した腐れ竜からですら、せいぜい手のひらサイズの魔晶結石である。

 このような代物がたやすく手に入るヨーコたちの元の世界は、更に恐ろしい存在が闊歩しているのではないか、と想像力を逞しくしても仕方のない話であった。


「キュ?」


 光を発している剣を色々といじくり回していると、ヨーコの頭の上でとぐろを巻いて寝ていたチビ竜が目を覚まし、彼女の手元に降りてきた。


「お、起きたのか。よ~寝てたね」

「それ、なまものだったのか……変わった帽子かぶってるなと思ってた」

「流石にそんな変な趣味はねえわ」

『あれ、天龍の子じゃん。珍しいね』

「知っているのか鈴木氏!」


 アクリル剣に纏わりつき始めたチビ龍を、ひと目見てそう呟いたカバンから顔を出した鈴木氏に、問い詰めるヨーコであった。

 なお現地組にはカバンから出てる鈴木氏は見えない模様。


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