第36話 たれそつねならむ

「なるほど悪意」


 鈴木太郎が言うだけ言って消えた後、ミハエルは首を傾げながらデービッドの元に駆け出した。

 そんな便利な能力があるんだったら、自分も欲しいなと思いつつ。

 駆け寄った時には猫のように吊り下げられているウエイトレスは、観念したのか身動き一つしていなかった。


「どーしたんですか、元締め」

「ん? ああ、この嬢ちゃんがよ。敵意っていうのか? それ満載で何処か行こうとしてたからな。とりあえずとっ捕まえた」

「とりあえず……」


 その言葉に、ミハエルは鈴木太郎の言ったことが正鵠を得ていた事を理解した。

 そして、デービッドの言葉通りなら、それは誰にとっての敵意かという話になるのだが。


「俺が敵だと感じたってこたぁ、まあギルドと仲の悪い連中の誰かの手のものって事なんだろうが――あ?」


 おかしな声を上げたデービッドに、ミハエルは首を傾げた。

 次の瞬間、デービッドは掴んだ娘を地面に叩きつけたのだ。


「ちょ――って、服だけ?」

「変わり身か、小癪な」

「え、変わり身ってニンジャ!? 」

「お、よく知ってるな。まあさっきの奴ぁ女だからクノイチか。ミハエル、おめえも手伝え。おう、お前ら! お前らちょっとこっち手伝え! 食堂の嬢ちゃんがよそ者の諜報係だったみてえだ!」


 なんと、捕まっていたはずのウエイトレスは、その姿を何処かに消し去り、残るは衣服だけとなっていたのである。

 慌てて駆け寄ってくるアルム達に事の次第を話し、デービッドは手分けして街を探索するように指示し、自身もまた駆け出していった。

 ミハエルにギルドマスターへの伝言を頼んで。


「うーん、あのウエイトレスの子がねぇ。まさかの女スパイだったとは」


 そんな風には見えなかったけどな、と思いつつ、街へと駆け出していったデービッドを見送り、ミハエルはギルドの建物に入ろうとして――立ち止まった。


「よくあるネタだと、探しに行った後に、元いた場所の近くに実は隠れてました、ってのがあるんだが」


 そう呟いて、周囲を見渡した。

 人の気配があるとでてこないかもしれないと、出来るだけ息を潜めていると。

「ピコーン」と、脳内で何やらへんな音が響き渡った。


「何じゃ今の」


 ギルド謹製の正式な認識票が手元にあれば、何かのスキルが生えた音だと気づいたかもしれないが、今のミハエルにはそんな事は埒外の話であった。

 が、それと前後して。

 彼の立つギルド裏口の石組みから少し離れた地面が、もぞりと動いたかと思うと、そこから一人の女性が姿を表したのである。

 下着姿で。


「……ふう、まさか元締め直々にとっ捕まるとは思わなかったわ。準備してたおかげでなんとか目をくらませることは出来たみたいだけど」


 ほんの数メートル離れた位置に立つミハエルのことが目に入らないのか、その女性はすっくと立ち上がると、ミハエルの直ぐ側に落ちたままの給仕服を手に取ろうとしゃがみ込んだ。


「……なんちゅー無防備な」

「ッ! 誰だっ!」

「いや、むしろそれはこっちのセリフ?」


 見れば、ミハエルも見知っているはずの給仕の娘とは顔も体格も何もかもが違う。

 さすがクノイチッ! と彼が考える前に、相手は動いたのである。


「ギルドに加入したばかりで死ぬとはついてない男だねぇ」


 いつの間にかミハエルの後ろに回り込んでいたクノイチは、そのまま彼の喉元に当てた爪先で首筋をかき切ったのである。

 だがしかし。


「悪い。一撃死対策に護符装備は当然なんで」

「なっ!?」


 首筋に尖った感触を感じたミハエルだったが、痛みも何も感じなかった。

 その理由を思い出しながら、反射的に首元を走った腕を掴み、見よう見まねの一本背負いを、その向上した身体能力を発揮して、無理やり投げきったのである。


「……まさかの嫁謹製ミサンガが、ほんとうの意味で役に立つとは」

 手元から千切れて落ちたミサンガだったものを見下ろしながら、地面相手にスケキヨ状態になったクノイチをカバンを弄って適当に引っ張り出した丈夫そうな紐で雁字搦めにした後、それを引きずってギルドマスターの部屋とやらの場所を聞きに、ギルドの中へと改めて足を進めたのであった。


 ★


「ウエイトレスの嬢ちゃんは、自宅のベッドの下で簀巻にされてました」

「メシは食わせてもらえてたみたいで、ちょいと疲労が溜まってましたが健康に問題はないそうです」


 あの後、街に散ったデービッドらを呼び戻し、ウエイトレスの娘の自室を捜索したところ、素っ裸で毛布に巻かれてホコリまみれになっている状態でウエイトレス本人が発見され――いや、無事保護された。

 保護された娘によると、数週間前に部屋に入ってきた何者かに襲われ、自室のベッド下に押し込まれたのだという。


「もしかしたら、先の魔獣もその関係の手引だったのかもしれねぇな」

「そうね。あらいやだ。そうだとしたら、ヨーコたちを襲った死霊術師も何か関連しているのかも」


 ギルドマスターの部屋でデービッドとアズールの二人がそう話をしている所に、ヨーコとメアリー、そしてミハエルの三人も、同席していた。


「なんかすっごい俺ら場違いなんだが」

「私ゃもう慣れた。て言うか、同居人だしね」

「マジで?」


 ギルドマスターの部屋にある応接セットに腰を下ろし、アズールとデービッドが並ぶ向かい側に、ミハエルとヨーコの二人が座っていた。

 なおメアリーはお茶の用意をした後は壁際に下がって待機状態である。


「何はともあれ助かった、ありがとよミハエル」

「此処から先は、私達裏方のお仕事だから任せてちょうだい」

「はい、それはもう。なあ、ヨーコ」

「んだね。そのへんさっぱりだし」


 この世界に来てまだ間もない二人にしてみれば、冒険者ギルドの敵対組織云々と言われても一体どんな相手がどれだけいてどう恨まれているのやらさっぱりである。

 何か事が起こってから対処すればいいと言うなら、とりあえずゴル◯ムの仕業にでもしておくのだが。


「でだ、ココからが本題なんだが」

「え、何か面倒事?」


 仕切り直したデービッドに、ミハエル共々ヨーコまでが姿勢を正して向き直った。


「ヨーコ、ありがとよ。まだほんの数日だが、神聖魔法の結果だ、間違いねえ」

「ほい?」

「お前何かやらかしたんか?」

「いやいや、叱責されてるのならそうかもだけど、デービッド氏頭下げてるじゃん?」


 みれば、デービッドだけでなく、その横のアズールまでもがゆったりと頭を下げている。

 立場ある人間がこんな態度を取るとは、一体なんぞと思ったが、ヨーコははたと気がついたように手を打ち鳴らした。


「ああ! 一撃必中でしたか!?」

「おうよ! あの後念のために毎晩いたしてたけどな!」

「っ~~~!!」


 下ネタの応酬に付き合っているヨーコであるが、アズールは顔を真赤にして隣のデービッドをポカポカと叩いていた。

 なんというかごちそうさまじゃのう、と温かい茶の入ったカップを片手にミハエルは微笑みを浮かべていた。


「でだ、ついでと言っちゃあ何だが、ミハエル。お前さんの認識票を正式のにしとこうかと思ってな」

「ああ、なるほど」


 そう言って頷くヨーコ、自身が経験済みのため、ココでやる意味合いが理解できていた。

 自分同様、相方もとんでもスペックなのではと。


「メアリー、頼むわ」

「はい、既に」


 準備は既に整えていたようで、メアリーの手によって応接セットのテーブルの上に透明の珠が置かれた。


「ほれ、手のひら当ててみ? ん?」

「おおう……例のアレか……」


 異世界でよくあるステータス確認のアレか、と目を輝かせたミハエルであった。

 結果。


「うっわ、珠が縮んだ! どういう仕組み!?」

「というか……なにこれ」

「と、とりあえず、認識票に組み込んでみましょうか」


 ころりと小さくなった珠がテーブルの上で転がるのを受け止めたヨーコが、その奇妙な色合いの粒を指先で弄る。

 流石に本人以外は発動しない物のため、ヨーコでも中身はわからない。

 照れ照れ状態から復帰したアズールに手渡し、ミハエルの認識票に押し付けると、じわりとその石がめり込んでゆく。


「はい、これで出来上がり。使い方はヨーコに聞いて?」

「使い方ってほどでもないけども、まあ一応」


 アレやコレやと説明し、宙に浮かんだその文字の内容に、その場の皆はあっけにとられていた。


「……肉体系のステ、カンストしとるやん」

「うっわ、マジで? どーりで……」


 ミハエルの石は、デービッドの漆黒の石にも似た深い色合いで、なおかつ多色が混ざりあった物だったのである。


「ヨーコの能力とは真逆のタイプね。いいコンビなのかも」

「そういやお前ら夫婦なんだってな。若えのによ」


そう言って笑顔を見せるデービッドとアズールに、つられて二人も笑みを浮かべた。

そして――。


「ココまで来たらもうぶっちゃけた方がよくね?」

「んーまあ、ココに居る人だけなら良いと思うよ?」


ミハエルとヨーコは、自分たちの出自を二人――あとメアリーに告げることに決めたのである。



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