第34話 ふーやれやれ

「ふむ、空間ごと切っているのか?」

「この距離でよく分かるねアンタ」


 鈴木太郎とアルムの二人は、少しはなれたところからその光景を見ていた。

 ほんの一瞬のことであるにも関わらず、その馬を切断した手段すら看破した目に、アルムは驚きを隠せなかった。


「こう言っちゃ何だが、俺だって結構出来る方だと思ってたんだが、アンタはもっと高みにいるみてえだな」

「何、運が良かったのもあるが、持てる時間を全て己のために使っただけの話だ。容易くはないが、誰であれ、何れたどり着ける程度さ」

「それをやるのが難儀なんだがなぁ」


 二人はその後現れた怪しげな人影を見ても、その場から動こうとはしなかった。

 その結果がわかりきっているとでも言わんばかりに。

 なお、アルムの仲間たちはというと。


「腐れ龍の魔晶結石、取らなきゃだけど……」

「燃え尽きてね?」

「いやいや、あの程度で燃え尽きるはずは無いんだ。いいから探せ」


 灰となった遺骸を掘り起こし、魔獣達が体内に持つ結晶体を探すのに一苦労していた。

 それはともかく。


「ゲゲゲ、貴様には殺してくれと懇願したくなるような責め苦を味あわせてやる。まずはそこの女どもからだ」


 共にいると言うことは、仲間であり、自分のような好んで悪に染まった者でない限りは仲間をいたぶられるというのは自身が同じ目に合うよりも辛かろうと言う考えからのものであった。


「ゲゲ、喰らえッ!」


 その古ぼけて朽ち果てそうなホツレだらけのローブの奥から伸ばした、細く皺だらけの手が持つのは一本の鞭であった。

 まるで生き物のように蠢くそれは、奇妙の一言であった。


「たった今馬を真っ二つにしたのもコレよ」


 そう言って、軽くムチを振るう。

 その動きは熟達したそれであり、さほど速い腕の動きとは見えないにも関わらず、その鞭の先は常人では目にも留まらぬ速度で空気を切り裂いて、激しく鋭い音を立てていた。

 そして寸暇の後、その鞭を女性二人に向けたのだ。

 が。


「はて、これはもしかすると、蛇の魔獣を使った鞭、でしょうか」

「なんだこれ、先っちょ蛇の頭?」

「おお、鞭の先っちょ摘むとかメアリーすごい」


 その鞭の先端を、ヨーコを抱えたメアリーが空いた手で掴み取り、止めたのである。

 まるでどこかの暗殺拳の伝承者並の早業である。


「なっ、離せ貴様!」

「これはもしかしてアレかなぁ。殺した蛇の魔獣加工して鞭にしてる、って感じ」

「む、ヨーコその辺わかるんだ? 俺さっぱりわからん」

「おそらくですが、アノ者は死霊術師ではないかと。死者や死体を操る外法の使い手です」


 まさか武器を掴まれるとは思っても見なかった男は、鞭を引き戻そうと精一杯引っ張っていたが、メアリーはびくともしなかった。

 じゃあさっきの攻撃も受け止めたら馬も犠牲にならなかったのにとヨーコがボソリと言ったりしたが。


「万が一、受け止めきれなかった場合は御身に危険がございましたので。ですが一度見てしまえばこんなものです」

「……どこかで仮面被って闘士してた経験でもあるんか?」

「何のことですか?」


 ヨーコの護衛である事を第一に考えていた為の行動であったので仕方ないとも言えた。

 そのツッコミはさておき。


「おそらくですが、神獣に類する蛇の躯を用いているのでしょう。強い魔力と怨念を感じます」

「怨念」

「おんねんとか言うなよ」

「い、言わへんわ!」


神獣の躯を、と言われても、ミハエルにもヨーコにも納得行かない点があった。

神獣がそんな簡単に狩れるのか、と。

神獣のくせに。


「事実狩られているからこの様に利用されていますし」

「いや、だが待って欲しい。もしかすると、たまたま死んだのをこいつが拾っただけかもしれない。なんせ、鈴木太郎の墓を荒らそうとしてたからな、こいつ」

「鈴木太郎? どちらさまでしょう」

「メアリーメアリー。鈴木太郎って、タリョー・スズゥキィの事だよ。私と地元同じみたいだから、発音と名前の並びが違うん――」

「万死に値します。かの大英雄の墓を暴こうなどと」


メアリーの目の色が変わった。

ヨーコをゆっくりと下ろし、そしてどこからか出した鎖鎌を握った。


「なんで鎖鎌」

「けっして許さないという意思表示です。タリョー・スズゥキィが始めた事ですが」

「……破天荒な人だなぁ鈴木氏」

「どっちかって言うと、ローディス党な人だな、うん」


こちらの世界の人間にはわけの分からない、元の世界でだって多分分かる人はかなり少ないと思われる行動を、鈴木太郎氏はとっていたようである。


「ケバブにチリソース、とかいったら反応できる系の人なのかな?」

「うーん、確か時代的に無理だな。それはもうちょい後だ」

「なんで分かるん?」

「後でな、後で」


そして、メアリーによる蹂躙が開始された。

死霊術師であろうがなかろうが、魔法使い系の者が近接戦闘手段を失って、その専業者に太刀打ちできるわけがないのである。

メアリーが手にしていた鎖鎌は、結局使われなかった。


「相手がどのような攻撃手段を持っていようとも、当たらなければどうということはないのです。これもタリョー・スズゥキィが残されたお言葉ですが」

「うーん、鈴木氏ェ……」


どんだけ好き放題していたんだと、鈴木太郎氏に対するある意味畏敬の念を持っていたヨーコであったが、かなりその気持が薄れてきていたのであった。


「どうやら無事済んだみたいだね」

「姉貴、腕は落ちてないみたいだな」


そして、捕縛が住んだと見るや、さっさと近寄ってきた鈴木氏他の面子であった。


「ふむ、神の連枝たる蛇には、世界の境界を司る者もいるというから、その権能を引き寄せたんじゃないかな? ウロボロス的な奴」

「知っているのか鈴木氏と言ってみただけなのに、ほんとに知ってて草」

「草って何? ミハエル君」

「しかし、メアリー強かったんだね、わかっちゃいたけどさ」

「爪を隠すのも使用人の嗜みですので」


馬を失ったため、徒歩で街へと戻る事になった。

馬の死体は、そのままでは拙いので嫌々ながらもヨーコのカバンに詰め込んだ。ミハエルが。


「そういやコイツ、変な術で飛ばされた云々言ってたけど、どうやったん?」

「知らん。こう、この剣を明かり代わりに翳してたら、ピカッと光ってだな」


道すがら、今現在簀巻にされて引きずられているローブの男が登場時に何か言っていたことを思い出したヨーコが、ミハエルに質問していた。

その時のことを思い返しながら、腰の剣を抜いたミハエルだったが、その剣を目にした皆の視線は、それこそ目玉が零れ落ちそうなほどに見開かれていた。


「ミ、ミミミ、ミ」

「ミミミ? バミューダ三姉妹?」

「いや違うだろ。俺?」

「そうだ、ミハエル。そりゃなんだ? その剣は一体……」


何気なく剣を掲げたミハエルであったが、何だと言われても嫁が作った剣ですとしか答えられないわけであるが。


「あ。そっか、こっちに来たせいで、その剣もかー。て言うか、あんたの装備全部そうかー。うわー、まじかー」

「何がやねん、ってどうした鈴木氏」

「それちょっと拙い。僕消えそう。ちょっとカバンに入らせて」


陽に照らされた透明な剣は、それはもう神々しい輝きを放っていたのである。


「あー、なるほど。旦那、私こっち来てから魔法の道具作る能力が生えたんよ」


ミハエルに頭を下げさせ、その耳元でボソボソっと我が身に起こったことを端的に告げる。

それは勿論、事細かにとは行かないが、それだけ伝えれば理解できるだけの情報でもあった。


「……あー、なるほどなぁ。それでそのカバンもか……」

「多分、その剣も、神剣とか言われるレベルの代物になってると思われ」

「まじかー……」


そう言われて改めて見てみれば、稚拙なつなぎ目部分などがキレイに繋がっており、アクリル部分の透明度も増しているように思える。

というよりも、そもそもの材質とはすっかり様変わりしてしまっていた。


「ずっと玩具だと思って鞘から抜かなかったからなぁ……」

「そりゃしゃーない。私だってそーする」


とは言え、他の者の目についた以上、説明はしなくてはならない。


「伝家の宝刀です」

「……うわ、嫌な印象」


興味津々なメアリー達にそう語ったミハエルであった。

自分が関わった「伝家の宝刀」案件を思い出し、苦笑いを浮かべるヨーコが横にいたりしたが、そのあたりはこの場にいる誰の責任でもないのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る