第33話 またなんか出た

 胸元に吊るされたそれは、聖印であろうか。

 その聖印を掲げ、神の名を紡ぐ。

 そして発動する神聖魔法。


『エンチャント・ホーリーウエポン!』

「あり! 喰らいなッ! 『天馬流星百撃』」


 神聖魔法の使い手により付与された、『聖別』の力を纏ったその矢を番え、射手の男性はその力を開放する。

 一本の矢が、まるで幾つもの流星の如き輝きを纏い放たれ、腐食した肉体を持つ巨竜へと殺到する。


 別の男は袖口から複数の紙片を取り出すや、それを宙に放り投げた。

 すると、その紙片は地に落ちることなく放り投げた人物を囲うようにして整然と列をなし始めた。


「猛き炎よ、其は何ぞ」

《我は焼き尽くす者。術者の意を以て全てを灰と成すもの》


 符術師と呼ばれるその男性は、その紙片に語りかけた。

 男の言葉に応えたのはその内の一枚、炎を纏った剛力の男が描かれたその紙片の、その絵が。

 術士の彼の呼びかけに応じて、現界したのである。


「汝の力を我が前に示せ。『焔舞い』」


 その力ある言葉キーワードとともに、巨大な炎の塊と成った紙片は死してなお蠢く巨竜を焼き尽くさんとその身を豪炎の渦と化して襲いかかったのである。


『ヨイショッと』


 全身を、闇の力が付与された鎧で覆い、磨き抜かれた鏡のような盾を片手に、身の丈を越すような大剣を振るう。

 その一撃は大地を裂き、山を崩し、谷を埋めると言われた程の、『大英雄』と生前称された、鈴木太郎である。


『やー、やっぱ死んでるとだいぶステータス下がっちゃってるなぁ』


 などと言いつつも、その一撃一撃は腐食した龍の翼を切り落とし、伸ばされた腕を切り刻み、踏みつけようと上げた脚を叩き潰す。

 

『おっと』


 背後から射られた矢や、符術士の炎による攻撃が迫るのを感じると、彼は軽く龍の攻撃をいなして大きく横に飛び退った。


『うーん。この鎧でやっとなんとか、ってところかー。やっぱ昼間はだめだなー』


 剣を地面に突き刺し、手の平をニギニギと開いたり閉じたりして感触を確かめる。

 一般的な視点からすれば、そもそも死んでる癖になんで骨のまま動いてるのかと言う話なのだが。

 彼としては、知らない内にこうなってたんだからまあ人生のおまけと思って気楽に動いていた、だけなのだ。


「すげえな、腐れ龍ロッテンドラゴンを子供扱いとか、どういう強さだよ……」


 鈴木太郎によって切り刻まれた後に、聖別された矢によって身を穿たれ、炎に巻かれてその動きをあっという間に止めた腐った龍を見て、アルムは鞘から抜いたはいいがその向ける先が既に灰燼と化しているのを確認し、その先鋒を務めた全身鎧の剣士の傍らに進み出ていた。


『大した敵ではない。それよりも、全員こちらに来て構わなかったのか?』

「お、ちゃんと喋れるんじゃねえか。ああ、もう荷馬車は先に逃したし――」

『そうではない。こちらは陽動ではないかという意味だ』

「あん?――そいつぁ……」


 その後に、アルムはなんと言葉を続けようとしたのか。

 それを聞く前に、その背後で禍々しい気配が立ち上ったのである。


「っ! あんたの言うとおり、あっちが本命かよっ!?」

『急ぎ戻ろう――』

「いや。お手並み拝見といこうじゃないか」

『む? それはどういう意味だ?』


 あからさまに気を抜いたアルムに対し、鈴木太郎は流石に疑問を投げかけた。

 だがアルムは、至って冷静に、こう答えた。


「ミハエルは未知数だが……残りの二人は、どっちもアレだぜ? 初代様風に言やぁ『超ド級』って奴さ」

『ほう、それは興味深い』


 目の前の鎧男こそがその初代その人なのだが、そんなことは知らないアルムは口元を綻ばせながら傍観することに決めたようであった。

 鈴木太郎の方も、何かあればすぐ駆けつけられる距離である事もあり、地面に刺したままの剣にもたれかかり観戦モードに突入した。



「いや、嘘マジ? あんたもこっち来てたの!? ていうか若っ! 顔変わってるし!」

「見た目のことならお前だって大概だ。んな事より、あの後大騒ぎだったんだぞ! 行方不明だなんだって警察沙汰になったわっ! あの周辺探しまくっても居ないから途方にくれてたら、空き地の地面に穴空いてんの見つけて、お前が落ちたんだと思って入ってったらこの世界だよ!」


 馬上のメアリーに聞こえないように、抱き合ったまま睦言を言うかのごとく、お互いの耳元で会話をしている二人。

 感動の再会、と言うのは間違っていないが、その会話内容は如何ともしがたい物があった。


「それはそれとして、そろそろあっちの方手伝わんで良いん?」

「ああ、まあ大丈夫だろ。先輩冒険者の人らもいるけどそれ以上に、あのアレ……全身鎧の奴、あれすっごい強いはずだから」

「ほー。ミハエル、あんたこの世界に来てそう言う能力生えたんだ?」

「んにゃ、アレはこっち来てから知り合った……人?」

「なんで疑問形やねん」

「いやまあ、細かい話はまた後で」


 そう言って会話を切り上げたミハエルに、疑問の目を投げかけたが、すぐ側に馬から降りて手綱を持ったまま近寄ってきているメアリーの姿を認め、向き直った。


「その方は、ヨーコ様の?」

「えー、はい、連れ合いです」

「改めまして、ミハエルと申します。ヨーコがお世話になっていたようで」


 メアリーの問いかけに、ヨーコは正直に答え、改めて挨拶をするミハエルであった。

 詳しい話は街に戻ってから、と言う事にして、とりあえずあの腐った龍が始末されるのを待ちましょうと言うメアリー。

 アルム達が負けるとはこれっぽっちも思っていない表情であった。


「あ、凄い凄い。あの鎧の人すっごいでっかい剣あんなに軽々と!」

「な、強いだろ?」

「あんたが昔、あの手の剣欲しがったの思い出したわ。ONEフェスだったっけ」

「飾る場所がなぁ……飾る場所さえ……」

「お、なんか弓矢に魔法かけてる? うっわすっごい、矢が増えてる?」

「おお、火の魔法すげえ! ていうかアレ魔法か?」

「アレは符術ですね。予め魔法を込めた紙片を、力ある言葉で開放・増幅させる秘術です」


 二人はメアリーからのその説明を聞き、お互いがお互いに「こいつ、絶対同じこと出来るようになりたいって思ってるやろ」と考えていた。

 片や「ちょっと弄ったらYOUギオー!出来るやん!」と考え、もう一方は「いや、でも使ったら燃えてなくなるとかちょっと勿体無いなぁ」と考えている辺り、いいコンビなのかもしれない。


「あんなでかいの、ほぼ瞬殺とか凄いな、アルムさん達」

「あの程度できなければ、冒険者のトップを争えませんよ」

「……トップの人が研修手伝いしてるん!?」

「いえ、今回は、街道の安全確認も兼ねてでしたから、たまたまでしょう。それはともかく――ヨーコ様、失礼致します」

「うおっ!?なんぞ!」


 ほぼ瞬殺されたお腐り龍を眺めつつ普通に会話していると、急にメアリーに抱えられ、一気に飛び退った彼女とともに10メートルは移動していた。


「なんなんなんだ」

「さあ、おそらく敵、だとは思いますが。馬にはかわいそうなことをしましたね」


 見れば、手綱を取っていた馬を手放してヨーコを抱きかかえて飛んだため、その場に残していた馬は。


「な……真っ二つだ……どこの素晴らしい人だよ……」


 元いた場所に居た馬は、その身体を上下で二分割され、どう、と倒れ込むところであった。


「はっ! ミハは?」

「ここおる。アレくらいは避けれる様になってる不思議」

「おおすげえ、私ピクリとも気が付かんかったのに」


 メアリーに小脇に抱えられた状態のままのヨーコである。放っておいたら間違いなく今の攻撃に巻き込まれていただろう。

 効いたかどうかは別にして。

 まあ大丈夫だからと言われても試す気にはならないが。


「ゲゲゲッ、うまく避けたな。だが、貴様。この俺の計画を台無しにしてくれた事はけして許さんぞ」

「……誰だお前」

「……」

「……誰だお前」

「……覚えておらんのか? 貴様に奇妙な技で彼方に飛ばされたこの俺を! 今一歩のところで大英雄の屍を我が下僕とできたところを邪魔した事、忘れたとは言わせぬぞ!」

「そもそも知らん」

「グッギッギギギギギ、殺す!」


鈴木太郎の眠っていた墓の周囲に奇妙なしかけを施して居た変なやつ、と言うのは気付いていたミハエルだが、そんなこと言ってやる筋合いはなかった。

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