第32話 なんか出た
おっすおらミハエル!
嫁を探しに穴に入ったら異世界だった!
お前は何を言ってるんだ? そんな穴があったら俺も入りたい?
うむ、気持ちはヒジョーにわかる。
だが考えてみて欲しい。
俺はたまたま無事だったが、現代日本に暮らす君らが、何の装備もなしに異世界の森の中に放り出されて何日生きていける?
俺なんてその日のうちに挫折しそうだったぞ!
まあ、成り行きで上手いこと命をつないだわけだが。
鈴木氏に会えてなかったら多分最初の街にたどり着く前に飢えて死んでる。鈴木氏はスゴク死んでるが。
正直この世界、街道から離れると、人となんて遭遇しないので森の中で狩人とかに助けられたり冒険者と出会ったりなんてのは豪運どころの話じゃない。
それこそ物語になるわそりゃ、ってレベルの出来事である。
なお街道から離れると、よっぽど運が悪いか良いかでないと、食い物になる動物すら見当たらない。
なお、こっちを食い物にする魔獣なら向こうからやってくるのが普通らしい。
俺が街につくまで魔獣と遭遇しなかったのは、なにやら魔獣が群れをなして街を襲うという出来事があったため、近隣の魔獣がそこに集っていたからだという。
『まあ実際、君は運がいいと言うか、すごい悪運だよね』
荷馬車の群れの一番最後に続いて歩きながら、鈴木氏の話を聞く。
街道付近には、魔獣が住み着くことはないそうだ。
基本、こうして護衛についている冒険者が撃退するので、危険地帯だと認識しているらしい。
昨日のようにたまに出る「はぐれ」と呼ばれるのが、勢い余って襲ってくるらしいが。
そのため、弱い普通の動物なんかの住処が街道沿いに点在している事も多い。
で、普通ならその弱い動物を狙って肉食動物が、となるけれど。
そういう危険な肉食動物は、とうの昔にあらかた狩りつくされていて、こういう街が近くにある地域ではあまり見かけないそうである。
一泊二日行程の距離が近いって感覚なのか……。まあ、早馬ならその日の内につくだろうしな。
しかし大丈夫か食物連鎖とかヒエラルキーとかそういうの。
草食の動物が増え過ぎたりしないのか、と懸念したが魔獣が肉食動物の立ち位置にいるからその辺は増えないんだそうな。
その魔獣の増え方だが、なにやら魔力溜まりとかいうのがあると勝手に生まれてくるらしい。
自然現象みたいなもんで、あっちに出来たりこっちに出来たりするらしい。
鈴木氏いわく。
『僕の感覚的な理解だけど、エーテル物理学ってあったじゃない?世界はエーテルに満ちているって奴。それと似た感じで、この世界じゃ魔力っていうか魔力のもとになる魔素ってのが空間に満遍なく満ちてるんだ。まあ空気みたいな感じ。で、天気が変わるみたいにその魔素にも高気圧とか低気圧みたいな状況があって、それが影響して魔獣が生まれてる、んじゃないかなって話なんだよね。まあ立証されてないけど概ねそんな感じ』
そんな感じらしい。
と言うことは、鈴木氏がココに来た時に魔力溜まり出来たとか言ってたけど、天候支配したみたいな感じなのだろうか。一時的に台風並みの、とか……。
台風って、原爆何千個分とかいうエネルギー総量だっけか……。
考えるのよそう。
そんな感じで帰りも特に何事もなく、まあ一回草原の彼方に魔獣っぽいのが見つかったけど、前の方を歩いてる先輩冒険者さんが、弓の一射で仕留めてた。すげえ。
拾いに行かされた。
ついでにカバンに入れといて、って。
前に襲ってきたのとは違って、肉が高く売れるんだそうな。
逞しいというかなんというか。
あ、ちゃんと分け前くれるって?
あざっす。
てなことをしながら街へと進んでいた俺たちであったが、途中で一頭の馬に二人乗りをしている女二人組が現れた。
片一方はちょいと歳若めだが、どちらもすごい美人さんである。
見ていると、アルム氏の所に近寄って何か会話を始めた。
イケメンの知り合いは美人さんですか。
和やかにお話してるのを見ていると、二人乗りで前に乗ってる若い方の娘さんがこっちにチラチラと視線を送ってくる。
なんだ、俺に気があんのか? などとは思わない。
長年ヲタクをやっている人間が、そう簡単に勘違いすると思うなよ。
『……ミハエルくんミハエルくん、ちょっとちょっと』
「……どうした鈴木氏」
『なんか嫌な感じがするんだよ、あっちの方』
「あっち?」
鈴木氏の言う方角に目をやるが、特に変わった様子はない。
「何も見えんが……」
『やばいって、まじやばいって! ちょっと僕を外に出して!』
「いや、その
『いいから早く! 召喚した竜牙兵とかボーンナイトとかで冒険者たちは見慣れてるから!』
「て言うか、まだ日が高いよ? 出れんの?」
『一応対策品あるから! いいから早く!』
仕方ないなあ……。
面倒なことにならなきゃいいがと思いつつ、鈴木氏をカバンから引っ張り出したところ、なんとフル装備状態で外に出たのだった。
例のあのでっかい剣とか鏡みたいな盾、それに副葬品的に収められていたんだろう立派な全身甲冑を着込んだ状態で、だった。
なるほど、陽が当たってなきゃ良いのか? それとも日が出てるとかそういう影響自体を無視できる装備なのか?
まあどんな性能の鎧でも驚きゃしないが。
「お、おい鈴木氏……」
「おいミハエル……何だそりゃ。お前が出したのか?」
うん、確かに見慣れてるのかしていきなり騒ぎにはならんかったが、注意はされるよな、そりゃ。
デカイ剣担いだ鎧姿がいきなり現れたら。
「あー、僕の仲間モンスターで、鈴木太郎って言います。普段はカバンの中で寝てるんですけどね」
『ドーゾヨロシク』
「お、おう……って仲間モンスターってなんだよ……まあそれは良い。でいきなりなんだ? こんな所で」
スイマセンわかりません。
そう言おうと頭を下げようとした所で、鈴木氏が消え去った。
とほぼ同時に、激しい金属音が響き渡ったのだ。
「なっ!?」
「なんだありゃあ!」
あちこちから悲鳴が上がる。
その人達の視線の先に目をやると、そこには鈴木氏が。
その巨大な剣を振りかざした先には、巨大な腐りかけたような肉を所々から見せている、ドラゴンの姿があったのである。
「ドラゴンの、ゾンビ?」
「……なんだありゃ、ミハエルアレが来るのわかってたのか!?」
「いや、あいつの方から外に出してくれって言い出して……」
「賢い仲間モンスターだな! なんにしろ助かる、おいお前ら、行くぞ!」
荷馬車の人達に、何人かを付けて、先に行くよう促し、残るメンバーでドラゴンゾンビ(仮名)に殺到した。
すげえ、この人らもしかして高レベル?
研修に付き合ってくれる程度なのに?
思わず二の足を踏んで出遅れた俺だが、ちょっとどころではなくビビっているのは確かである。
「そこのアナタ。確かミハエル殿、でしたか?」
「は? はい、そうですが」
なんとか動き出そうとした所で、馬に乗った女性――手綱を握っている年上の方――が、近づいてきて俺に話しかけてきた。
「研修中とのことですから、無理はせずに。あの鎧の戦士は貴方の力なのでしょう? であれば前線に出る必要はありませんよ。召喚魔法の使い手なのでしょう?」
いえちがいます。
あれはこっちに来てできた友人です。死んでるけど。
踏み出そうとした一歩を、踏み出さずにその場で立ち止まってしまったが、安堵している俺もどこかにいる。
仕方ないじゃないか、あんなの流石にいきなりは無理っす。
鉱山で使ってるようなドデカダンプ並みの巨体だぞ、あれ。
転移魔法かなにかで来たのでしょう、みたいなことを美人のお姉さんが言ってるけど、右から左だわ、俺の脳。
馬の鞍の前に座ってる美人のお嬢ちゃんの方も、なんか片手に持ったまま硬直しとる。
……何持って――て言うか、そのカバン。
嫁の自作カバンにそっくりじゃね?
あれ?
「よーこ?」
「ん? んん?」
思わずポツリと漏れた、嫁の名前。
それに、そのお嬢ちゃんが反応した。
「どうなさいました? ヨーコ様」
「いや、そこのミハエルって人に名前を呼ばれた、んだけど――! ちょっとそのマント! 邪魔ッ!」
「は?」
マントカッコイイだろ!邪魔ってなんだよ。
いえ、ハイ外しますスイマセン。
問答無用で馬から落ちそうになりながら降りてきたお嬢ちゃんに、マントを剥がされた。
そんで、前から後ろから、ぐるっと全身舐めるように見られまくった上に、腰に下げた嫁謹製の剣に手を伸ばしてきた所で――。
「お前、もしかして」
「アンタもしかして」
その伸ばしてきた手を、思わず掴み、そのまま抱きしめてしまったのは仕方のないことだろう。
だから俺達が腐れドラゴン相手にしてる時に何乳繰り合ってんだとかいう目で見ないで、アルムさん。
そこの鈴木氏もそんな目で見ないで。目玉無いけど、って言っても知らねえか、時代的に。
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