第29話 池の主

 手のひらサイズのスライムが大量に浮かぶ、生け簀もどきに手を伸ばし、一つ掴む。

 なんとなく見た感じ、夜店のヨーヨー釣りである。

 感触もまんま水風船的なスライムを片手に、ナイフを押し付け中に見える核を狙い、突き刺す。

 成功すると、一瞬ぶりゅんと震えた後、くたりと膨らみが弱まる。

 そしてそのままナイフを抜いて、漏斗を取り付けた水袋に中身を絞り出していく。


「そうですその調子で、残りも頑張ってください」

「本当に見てるだけだとは思わんかった」

「護衛がお仕事ですので。もし手伝いがほしいのでしたら、次回はギルドの前でたむろしている子供たちでも雇いますか? 危険がついて回りますし、移動するのにも時間がかかりますが」

「子供を危ない目に合わせる気はないわよ。街中でのお手伝いくらいならさせてもいいと思うけど」

「左様ですか」


 現代日本と違い、子供たちをそういう小間使い的に使う事を、この世界の人たちはあまり気にしていないようだ。

 まあ産業革命時代のイギリスとかだって、安く使えて掘る穴が小さくて済むからと子供を使って鉱山で働かせてたとかいうイラストがあったけど、どこも変わんないのか。

 ぶちゅぶちゅと、チューブから粘性の薄い液体を絞り出すような作業をしばらく続けた。

 もちろん手は耐酸性のある何かの革で作った手袋を着用している。

 素手でやっても直接液に触れなきゃ指紋がなくなる程度らしいけれど、さすがに強酸性の粘液を弄るのに素手は嫌だ。


「ほい、終了。あんたはスライム生で食っても胃は平気なのかね?」

「きゅー?」


 平気らしい。

 生まれたてのくせに丈夫じゃねえかチビ龍。


「それでは戻りましょうか。今からでしたら昼過ぎには戻れるでしょう」

「普通なら日帰り出来るん?」

「徒歩でも、開門と同時に街を出ていれば、夕刻の閉門には間に合うような距離ですよ。作業自体も慣れれば早いものですし」

「なるほど」


 普通は、前日にお仕事を受けておくものらしい。

 しかし、この葉っぱ結構でかいんだけど普通はどうやって持って帰るんだ?

 フキの葉っぱそのまんまかそれ以上に大きいのもある。

 葉を傷つけたら駄目って話だから、結構面倒に思えるんだけど。


「普通は、底に水ガメを入れた背負い籠に葉柄断面を浸けるようにして運びます。それを、そうですね。普通は一人20~30本程でしょうか」

「あー、なるほどねそれを何人かで組んでやるから百単位なわけだ」

「それに加えてスライム粘液の方もありますので、ギルド既定のパーティー6人組ですと、それくらいがちょうどいい量になります」


 それを独りでさせられてるんですが私。

 いやまあメアリーの補助付いてますけども。


「だから馬使っても元とれるわけか」

「まあそうなりますね。6人分の報酬ですから、馬の借り賃を差し引いてもある程度は残ります」

「そういえば、報酬額って聞いてなかったけど、おいくらなん?」

「……そこは真っ先に知っておくべきところだと思うのですが」

「お、おう、せやな」


 このお仕事、二つ合わせて銀貨6枚+スライム粘液納入時の袋分、現金か新しい袋で貰えるんだと。

 銀貨一枚でどれくらい価値があるんだ。

 ていうか金貨しか見たことねえよこの世界来てから。


「銀貨一枚で、安宿に食事つきで三日は泊まれますね」

「どういう報酬設定なんだそれは……」


 安宿で一泊二食付きで数千円と考えれば、銀貨一枚で一万円~二万円くらいか?

 よく異世界に現代人が行ったりするファンタジーなお話だと、「金貨○○枚あれば、□人家族が△年生活できるから金貨一枚◇万円」みたいな例えがあるが、生活費にかかる食費割合とかが全く違うので参考にならないと思うんだけどなぁ。

 まあそれはともかく。

 6人で組んで毎日同じ仕事を休みなく受け続けていれば、単純計算すると一人頭三日で銀貨二枚、1ヶ月にすれば銀貨20枚=金貨2枚分貯まるわけだ。

 道具の更新とかを考えると多少減るけれど、半年も続ければそこそこの装備がそろう金額になる計算になる、というメアリーの話だ。


「それに、このあたりでは危険な魔獣は基本いませんからね」

「じゃあだれでも出来そうな話だけど? 勝手に葉っぱ取ってったりとかして」

「この池は、領主様の物ですから――ああ、ちょうどあそこに見えますけれど」


 言われて池の方に振り向くと、なんか居た。

 ていうかなんだあれ。


「簡単に言うと、この池の主です」

「……ええー」


 池の真ん中あたりを遊弋しているのは、白鳥っぽい鳥だった。

 ただし、サイズがおかしい。


「どうみても馬よりでかいように見えるんだけど」

「馬より大きいですから。あれはお方様のお友達である幻獣の方で、この池を住処にしてらっしゃいます」

「お、おう。さよけ」


 主っていうか番犬ならぬ番鳥ですか、もしかして。


「冒険者以外の方が池を荒らそうとすると、怒って攻撃してきます」

「怖えな!」


 白鳥って案外気性が荒い奴も多いってのは聞いたことがある。

 動画で見た。

 まあそれは置いといて。

 そのでかい白鳥がこっちに近づいてきた。


「なんか寄ってきたんだけど」

「冒険者のタグを持っていれば、いきなり攻撃されることはありませんよ」

「な、なるほど?」


 躾されているのか、確かに攻撃的な感じは見えない。

 ゆったりとした感じで近寄ってきて、首だけをこちらに伸ばしてきた。

 超でかいくちばしが怖い。

 なんかすっごい見られてる。

 しばらくじっとしていたら、何やらぎゅわぎゅわキューキュー言い始めた。

 白鳥と、頭の上に居座ったチビとが。


「なんか会話してるっぽい?」

「そのようですね……」


 知り合い?

 いや生まれたてで初顔合わせなのは間違いないやろ君ら。

 なんでそんなに親しげなん。

 しばらくお話しみたいなことをしていた二匹? 一羽と一匹? は、気がすんだのかぎゅわ! きゅ! と鳴きあうと、首を縮めた。

 解放されるのかなと思ったが、再び首を伸ばしてこちらに近づいてきた白鳥。

 なんか文句あんのか! と身構えてしまったが。


「羽? くれるの?」


 なにやらおっきい風切り羽根みたいなのをくちばしに銜えて差し出された。

 それを受け取ると、くえーっと鳴いて悠々と池の奥へと戻っていったのだった。

 なんか意味あるんだろうかこの羽根。


 ★


「ミハエル君、後方の警戒お願いね」

「了解しました」


 荷馬車が数台、徒歩の人が数人。

 それに加えて、徒歩の冒険者が俺を加えて13人。

 俺以外の12人は、普段からチームというか、いわゆるパーティーを組んでいる人たちだ。

 6人1パーティーで2組が今回の護衛となっている。

 普通の護衛は1パーティーらしいが、今回はまだ魔獣とやらの大襲撃の残滓がいる可能性が高いため、倍の人数を用意してやっと出立が許されたとか。


『まあ、危険があるってわかってるのに自己責任ですってそのまま出発させたら街の評判にもかかわるしね』

「なるほど」


 街の評判が下がると交易が減る可能性もある。

 そりゃー、多少厳しくなるんだろうなぁ。

 行商の人には痛い出費かもしれんが。


『まあ、高い薬で病気は治ったけど返済出来なくて首くくるとかいう言葉もあるしね。その辺はもう兼ね合いを考えて、としか』

「まあな」


 荷馬車がごとごと走る後を、周りを見回しつつ付いて歩く。

 隣の町までは明日の夕刻には着くらしい。

 現地で一泊して、帰りの護衛任務があればそれを受けて帰るという話だ。


「行った先にも冒険者ギルドはあるのか、やっぱり」

『あるんじゃないかな? 町の規模によっては出張所みたいな小さい所とかかもしれないけど』


 無ければ無いで、道々狩りをしながら帰るらしい。

 逞しいなほんと。

 しかし、勝手に狩りとかしていいのか? 縄張りとかありそうなのに。ハンターギルドとか。


『元は僕がいろいろと偉い人に話をしに行って、そういう特例貰ったんだよね……今はどうか知らないけど、ハンターギルドとは持ちつ持たれつでやってたと思うんだけど』


 手を貸したり借りたりしていた間柄だったという。

 すげえな鈴木氏、コミュの化け物か。


『おかげでハンターのエルフっ娘とかと仲良くなっちゃって、修羅場があったりさぁ……』

「……嫁何人いたんだ貴様」

『えっと、正室は当然一人で、側室が四人、公妾が――ああ、公妾ってのは公式に囲ったけど、子供に家督相続権はないですよって……なに、なんで怒ってんの? ちょっ! カバン振り回すのやめて! 目が回るの! やめて!』


 嫁五人に加えて公妾とか、なに異世界ハーレムやってんだこいつは。

 俺ツエー異世界ハーレムとかうらやま……いやなんでもない。

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