第28話 採取します

「キュイー!」

「頭の上でとぐろ巻くのは勘弁してくれ」


目的地の池に向かう途中で拾った卵から生まれた龍は、何が気に入ったのか私にとても懐いてしまっていた。

ひんやりすべすべしてるのかと思っていたが、案外そうでもなく生暖かくざらざらとした感触である。


「しかしながら、コレはどういう事なんでしょうか……懐かないからこその魔獣なのですが」

「メアリーにわからんモノが私にわかるわけないジャンと言わせてもらおうか。まあ魔獣じゃなくて幻獣とか霊獣とかの類なんじゃないの? ドラゴンなら人に従う事あるらしいやん」

「ソレはそうですが……」


魔獣は基本、人に懐かない。

使役する者も居るにはいるが、ソレはあくまで力で押さえつけるかそう言った魔獣を従える何がしかの能力によるものだという。

しかしながら、幻獣や神獣、霊獣と呼ばれる者たちには人と誼を結ぶだけの知恵・知能を持つ者が存在する。

この龍も、それらに準ずる存在なのではないかと考えているのだけれど。


「メアリーが見たことも聞いたこともないってのはどういうことなんだろうね」

「そうですね、ドラゴンの類でそのような形態の種は寡聞にして聞きませんし……全くの新種なのかもしれません。あるいはヨーコ様のおっしゃるように、生息地域が遥か東方に限られていて、こちらにはその存在が知られていない、と言う可能性もあるやもしれません……」


そう言うメアリーだが、東方にしか存在しない物であっても、その姿形ぐらいは伝わってもおかしくはないはずである。

ほら、シルクロード経由で遥かな西方にしか生息しないライオンが、狛犬として形を変えて伝来してきているしね。


「まあ害がないならしばらく預かっとくのもありか」

「ヨーコ様がソレでよろしいのでしたら……ああ、そろそろ見えてきましたね。アレが目的地の池です」


途中で馬から降りて歩くのかと思っていたが、池まで騎乗したままたどり着けた。

そりゃまあ、本来ならしょっちゅう誰かが訪れてるんだから、道も出来るわな。


「それではセロパセモギの葉の採取を始めましょうか。スライムの方は採取している際に適当に見つかると思うので、あの穴に放り込んでおいてください」


馬を適当な木にくくり、水辺に近寄る。

言われて見てみれば、けっこう大きな穴が池の淵にいくつも掘られて水が張られていた。

気付かないで落ちないよう、井戸のように壁みたいな形状に土が盛られている。見た目まんま生け簀である。

池自体は結構広く、向こう岸まで数百メートルはありそうで、そこここに草が生えている。


「綺麗な水だねぇ」

「ええ、水棲のスライムは水の汚れを食べますから。大抵の街では下水処理などにスライムを用いていますよ」


スライムが棲みついた池は水質が改善されるそうである。

ただし、あまりにもスライムが増えすぎると、他の生き物が住めなくなるという……。まあ普通はそうなる前に分裂して他に流れていくんだと。


「セロパセモギは――っとコレか。ていうか、これほぼ全部じゃん」


水辺に近寄り採取目標を確認するが、目の前に生えてるやつ全部がそれだった。

探す苦労なしとか良いのかこれで。


「セロパセモギはこういった綺麗な水を湛えた池の水辺でしか生育しないのだそうです。そして成長する際には周辺の栄養をすべて吸い上げ、尚且つ自分たち以外の植物にとっては害のある成分を放つそうで、結果そうなります」

「……なんかオタネニンジンみたいな話だこと。んじゃいっその事葉っぱじゃなく引っこ抜いて根っことかを使ったらもっと良い薬出来たりしないん? 薬効高そうじゃね?」

「そう考えてそれを行った方もおられますが、特に良い結果を得られなかったと文献には記されています」


なんでも、根っこを使っても葉っぱを使っても、薬効には特に変わることがなかったそうである。

なおこの植物、竹のように地下茎で繋がっていて、一群が一つの株なのだという。

しかも、根を一部でも切り取るとそこから腐って枯死してしまうのだとか。


「そのまま食べると毒なので、普通の生き物は見向きもしませんね。ポーションの原料になるのがわかって以降は保護されるようになりましたが、それ以前は生えてきたら刈られる厄介者扱いだったそうです」

「それが今や保護植物か――っと、うわスライムのちっこいのが一杯纏わりついとる」

「セロパセモギの出す毒が、スライムの好物らしいですよ? そしてスライムの老廃物がセロパセモギの栄養になるんだそうです」


そしてスライムは水を綺麗にする、と。共生みたいなもんか。なるほど、こりゃ纏めて依頼受けるわけだ。

そう思いながら、水面から顔を出している葉っぱを引きちぎろうとして、メアリーに止められる。

ちゃんとした方法で刈らないと痛みが早くなるそうな。


「一旦水面に手をいれて、根にできるだけ近いところを持ってですね、親指と人差指で軽く押さえた状態で上に指を滑らせます。すると、こうなります」

「ほお」


見ていると、水面下のある位置でポキリと葉柄が折れた。山菜採りみたいな感じ。

ついでに柄に纏わりついてた手のひらサイズのスライムも一緒に取れて一石二鳥である。


「こんな楽勝なのなら、もっと人が集ってそうなのにな」

「楽だから、残してるんですよ。初心者向けに。まあその初心者も、今は魔獣狩りと護衛任務で引っ張りだこですが」


そもそもこの間の魔獣侵攻で、初心者はいなくなりましたから、と意味深なことをいう。

死んだのか……初心者……。


「初心者レベルの子はみんな、ベテランの後をついて回っていたそうです……その、トドメ刺し役で」

「パワーレベリングかよ」


それはもう、大幅なレベル上げが出来たでしょうな。

そんなことを話しながら、採取は無事終わった。

あ、こらスライム食うなよ、おチビ。



疲れない。

めっちゃ歩いてるけど疲れない。

まあずっと十傑◯走りしっぱなしであの街にたどり着いてる時点でお察しだけども。


「ミハエル君だっけ? 前はどこで何してたの?」

「ええ、ずっと山奥で暮らしてました。それ以前は親に連れられてあちこち旅してた記憶がありますが」


嘘っぱちである。

旅の行商人の荷馬車を護衛しながら、隣町まで歩く。

その道中、同行する冒険者の人達が話しかけてくるが、正直うざったい。

しかしながら、にこやかに対応する俺である。何故かと言うと。


『実はこの研修は第二の面接みたいなもんでさ。同行する先輩冒険者、あれ元締めの息がかかった人だと思うよ?』


鈴木氏が、研修の裏側をこっそり教えてくれたおかげである。

これを聞いてなかったら、ぶっきらぼうに適当に答えて印象を悪くしていただろう。

なにせ街に来る前の話とか、まともに話せないし。


「けど、武器は腰の剣だけしか持ってないみたいだけど、大丈夫なのかい?普通は予備の1つや2つは持っとくもんだけど」

「持ってますよ、大きいから締まってあるだけで――」


カバンに手を突っ込み、剣、出来るだけ普通のやつ、と念じながら弄ると――指先に触れる感触。

取り出すと、良かった。普通っぽい直剣だった。


「ほらね」

「へぇ、マジックバッグか」


マジックバッグ、魔法の鞄、魔法の袋等々、色々な呼ばれ方をするが、ココではそう珍しいものではない。

鈴木氏いわくだから、多分間違ってないと思う。


「いいなぁ。マジックバッグを個人で持ってるとか」

「お前それ、盗まれないようちゃんと管理しとけよ?」

「商人でもなかなか持てないってのに……」


……鈴木氏ーー!

普通じゃないっぽいんだが!


『え? だって僕の仲間みんな一人一つは持ってたよ』


王様の仲間ならそうだろうな!

言われてみれば荷馬車の護衛とかの仕事がある時点で普通じゃねえよ、マジックバッグ!


『それはほら、商売に使えるほどの容量は無いし? 普通は』


普通はって何、このカバン普通じゃないの!?


『それ、今まで限界感じたこと無いんだよねぇ』


鈴木氏――!!

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