第22話 らーぬん ラーヌン 拉麺

 服もなんとかローテーションできるくらいには揃ったし。

 色々いじくり倒して身の安全はまあこれであらかた大丈夫だろう。

 さて面倒事を済ませた後は、とりあえず……。


 ラーメンが食いたい。


 オゥドォンのせいで麺類が欲しくなったのだ。

 あんだけ異世界文化を侵食している鈴木氏のことだから、ラーメンぐらい伝えてるだろうと楽観していたんだが……。


「ラーメン、知らないですか……」

「そうねぇ、そういう名前の料理は記憶にはないわねぇ」


 総料理長のサヴールさんに尋ねたところ、聞いたことが無いそうである。

 おかしい、そんなことがあり得るのだろうか。

 だって日本人が異世界に行って食文化テロやるとしたら、先ず料理としてはカレーライス、ラーメンがお手頃感の筆頭じゃない?

 まあ食文化全般で言うなら、唐揚げとかコロッケ、トンカツとかも捨てがたいし、味付け方面で言うなら醤油・味噌・マヨネーズと言う調味料三種の神器もあるわけだが、これはもう全部できておるのう……どこまで万能だったんだ鈴木氏。

 でもラーメンはない。

 くそっ。

 もしや、鈴木氏は生粋のうどん県民だったのか? オゥドォンの注文方式的に考えて。

 ラーメンをこの世界に伝えなかったのは、麺といえばうどん、という県民性の為なのでは……。

 ならばこの私が!

 ラーメンをこの世界に広めてやろうではないか!


「という事でですね。これこれこう言った素材を煮込んでスープを作って欲しいんですが。で、うどんをより細い形状にしてですね……」


 意を決してサヴールさんに願い出たのだが。

 彼は首を傾げてこう応えたのだ。


「……あるわよ? そういうの」

「ありますか、じゃあ早速」

「じゃなくて、そう言う料理ならあるわよ?」

「……はい?」

「チューカソゥヴァって言うんだけど、食べてみる?」

「そっちか! くそう!」


 名称が違っただけだった。

 使用人さんたちのお昼とか、お夜食に出されているらしいです。

 アズール女史とかに出した料理の材料の残り、鶏……かどうかはわからないけどガラだの、牛か豚かわかんない骨だの野菜くずなんかを煮込んで作ったスープがベースの。

 味の方も、味噌・醤油・塩とかで整えたのが各種揃ってた。

 麺の方は縮れ麺で、スープが十二分に絡んで言うことなしである。

 個人的には細麺も欲しいな。あと紅しょうが。

 具も基本に忠実な刻みネギとか煮玉子とか、なんの肉かわからないけどチャーシュー的なのもあるし。

 なにこれ超うまい。

 インスタントラーメンもあった。

 こっちはソゥクセキミェンって名前だった。

 そらラーメンじゃ通じんわな。

 ちょっと鈴木太郎氏の生み出した物一覧表でも作って貰おうかな、食べ物に限らず。


「おかわり」

「よく食べるわねぇ。太っちゃうわよ?」

「うっ! く、食ったらその分あとで動くのでだ、だだいじょうぶです」

「そーお? まあ若いんだし、その分消費するだろうけどぉ。この料理、お偉いさん達が食べすぎるとよくないって言い伝えられてるのよねぇ」


 ……わかっておるのう、鈴木氏。

 たしかに肉体労働系の人には、高カロリー高塩分なラーメンとは言え動き回り汗をかけば大した悪影響は出ないと思われる。

 でもデスクワークなお貴族様とかには、常食するとかなり健康被害が出るだろう。

 そのあたりの警告までしてるとは……。


「まあ、大概は神聖魔法で体内環境浄化しちゃうから、好きな人は食べちゃうんだけどねぇ」

「何だよ魔法ズルいぞ!」


 ラーメンならぬチューカソゥヴァを堪能した私は、改めてこの世界での自分の常識のなさを痛感した。

 と言うか、魔法舐めてた。

 そうだよ魔法だよ。

 魔法で二日酔い治すとか鉄板じゃないか。

 食ってすぐ体内の塩分濃度やら血糖値やら何やらをサクッと魔法で平常値にしてしまえるんじゃないのか? 

 身体壊してからだとアレかもだけど、魔法さえ使えれば食いたい放題も可?


「でも、そんなの出来るのなんて、希少な神聖魔法の使い手を囲い込めるお金持ちだけだしねぇ」

「oh……」


 神聖魔法かぁ……そういや私がこの世界に来て使えるようになってる技能って普通の魔法、いわゆる詠唱魔法と魔道具作成しか無いんだよなぁ。

 神様にお願いして奇跡を起こすとか素敵やん?

 食堂を出てテコテコと歩きながらそんな事を妄想していた私に、侍っているメアリーが声をかけてきたのは脳内思考が口から漏れていたためであろう。

 気をつけろ私、現状下手な独り言は身を滅ぼすぞ。


「神聖魔法なら、私が使えますが」

「マジで? メアリーなんでもできる系?」

「器用貧乏と昔は言われてましたが……」


 器用貧乏とな。

 ちょい出来ること言うてみ?

 何々?

 まず近接戦闘が打撃系から無手での組打ち?

 武器使っての戦闘は短刀と言うかナイフ二刀流?

 ちょっと距離を取られても投げ矢で対応可?

 その矢はちょっと変わったクロスボウで使うやつ?

 それってどんなん?

 ん?

 クロスボウって言う割に弓が付いてないやん。

 こう横になってる弓部分が無くて台座だけしか……なに?この台座部分がキモ?

 どれ……。

 おおう……これコイルスプリングが内蔵されてる。

 なにこれ、コイルスプリング式って。

 このレバーを引いて、先っぽから矢を押し込めば準備完了?

 うわなにこれ凄い、昔のエアガンみたい。

 BB弾じゃなくて、昔々のつづみ弾時代の奴みたい!

 なるほど鈴木氏考案。

 彼の時代だと普通なのか? いつの時代の人なんだ鈴木氏。

 そんでメアリー、魔法の方は? 詠唱魔法もある程度使えて、神聖魔法は一通り?

 精霊魔法は?

 風の精霊とだけ契約できてる?

 メアリーちゃん、それはね、器用貧乏っていうんじゃなくて、オールラウンダーっていうんだよ?

 十種競技のチャンプみたいなもん……十種競技がわからない? まあそりゃそうか。


「ちょっとこのクロスボウっていうか銃? 素敵やん」

「銃、ですか」

「銃は流石にないのかしらん?」

「いえ、ありますが」

「あるんかい」

「これです」


 見せてもらった。持ってるんかい。

 予め詠唱魔法を込めておいて、好きな時に開放して打ち出す、のが銃だと。

 なるほど、鈴木氏考案。

 いわゆる魔導銃じゃねえか? これ。

 もとは杖に魔法を込める形だったけど、大英雄様がこの形状を考案したと。

 なるほど、ほのおのつえとかを改造したのか。

 開口部を向けた方に魔法が飛ぶので、杖時代には必須だった狙いをつけるための魔力操作が不要になった為に簡便化が進んだのだそうな。


「もう何でもありか、鈴木氏」

「万能とは彼の代名詞でありましたから。唯一神聖魔法は使えなかったそうですが、アレは素質というよりも神の恩寵ですから」

「ふむ?」

「自身の力ではもうどうすることも出来ない、という時に、極稀れに神から奇跡を授かるのです」


 なるほど、神聖魔法は天啓タイプか。

 素質云々ではなく。


「生まれたときから使える、神に愛された存在もいますけど。神子とか巫女とか」

「知ってた」


 そりゃいるよねふぁんたじーだもんね。

 で、一般的には危険にさらされると目覚めることが多いのだそうな。

 ただ、意図的にそういう状況になった場合は、まず目覚めたりしないそうだが。

 統計でもとったのかと思ったが、どっかの国が大昔に試した? なるほど非道。

 ちょっと危険なことしてこようかと思ってたがやらなくてよかったぜふぅ。

 あ、ちょっと後でクロスボウいじらせてもらっていい?

 え、やだ? そんなこと言わずに。


 ★


 冒険者ギルド発見。

 いや道案内してもらったとおりに歩いてきただけだけどな。


「ここか」

『うん、盾に剣と槍と杖の紋章、間違いないね』


 見上げれば、扉の上に盾の形をした看板が飾られていた。

 鈴木太郎曰く、『冒険者は守りが基本、だから盾をメインのモチーフにしたんだ』と。

 専守防衛的な感じか?


『いや、防御を固めて一方的に殴るのが僕のスタイルだったんだ』

「なんかもうちょっと他に言い方があるだろ。なんでそう残念な表現するんだよ……」


 まあいい。

 とりあえず、ココからが俺の異世界生活の第一歩だ。

 はよ嫁を探すための足場を作らねば。

 そう心に決めて、扉を開いた。

 むくつけき男たちでごった返す室内――と思っていたが。


「人が居ないな」

『だねえ。魔獣襲撃の後始末絡みかな?』


 口を突いて出た言葉に反応する鈴木太郎に声を返さず、俺はそのまま冒険者ギルドに足を踏み入れた。

 暇そうに受付に座っている人達と、奥にあるカウンターは食事ができるのか料理人っぽいのが更に奥にいて手を動かしているのが見える。

 そのカウンターでは、給仕役ウエイトレスっぽい娘があくびしながらもたれ掛かっていた。


『とりあえず登録だね。えーと、あの右端の窓口に行って声かけてみなよ』

「ああ」


 言われたとおりにその窓口に進むと、何やら書き物をしていた若い娘さんがこちらに気がついて手を止めこちらに声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「あー、冒険者登録ってのをしたいんだが」


 何この現代風味な対応。


『あ、僕が作ったマニュアルまだ生きてるんだ』

「お前のせいか」

「は?」

「いや、こっちの話だ」


 変な独り言をする人にしか見えないから、鈴木太郎の言葉に反応するのは一人っきりのときだけと決めたのについ反応してしまう。

 落ち着け俺。


「え、えーと。冒険者ギルドに新規ご登録するということでよろしいですね?」

「ああ、お願いする」

「どなたかからの推薦状や紹介状はお持ちですか?」

「いや……」


 と言うかこの世界で知ってる人間なんて一人もいねえ。

 鈴木氏は死んでるからノーカンだしな。


「それでしたら、幾つかの試験と、試用期間を以ての正規登録となりますがよろしいですか?」

「……よくわからんが、それで構わない」


 なんだよ衛兵さんが言ってたのはこれかよ。

 紹介状とか、鈴木太郎に書いてもらうとか――は無理だな。

 死んだの百年以上前だし、どう見ても俺百年以上生きてるには見えないし。

 仕方ない、地道にいこう。


「それでは試験の方ですが、口述での質疑応答と、戦闘技術、野外活動における実習を経て仮採用となります。試用期間中に請け負って頂きました実務等を評価後、正規登録の可否をお伝えさせていただくかたちとなります」

「お、おう、わかった。よろしくお願いする」

「ソレではこちらにご記入を」


 ……差し出された書類には、なんかよくわからん字と思わしき何かの模様がのたくっていた。

 読めん。


『んー、さっき言われたことが書いてあるだけだよ。それを認めて、あとはその後のお仕事、各依頼の際に生じた怪我とかで死んでも自己責任でギルドに責任はありませんっていう』

「……誓約書か」

『だね、内容はまあありきたりなもんだね。依頼で受けた被害は自己責任、組織内で揉め事は起こすな、金銭の貸し借りは常識の範囲内で、とかさ』

「この世界の字は書けんが……」

『僕が君の手動かして書いてあげようか?』

「……ああ、あれな。頼むわ」


 書類を見つめながら、カバンの鈴木太郎とひそひそ話。

 傍目からは書類を読み込んでいるようにしか見えないだろう。

 そして、サインをする。と言うか、してもらう。

 走る練習中に気づいたんだが、鈴木氏の言う身体操作の仕方がさっぱり意味不明だったのでグダッてた時に、「こうだよこう! グッときてバッ! って動くの!」と力説した時に、俺の体が勝手に動いたのである。

 まさかの憑依状態であった。

 まあソレを利用したおかげで、ごく短時間で走ることに関しちゃ満足できる練度にまでなったわけだが。


『ミハエル、っと』

「これでいいか?」

「……はい、結構です。それではこちらをお持ちください」


 差し出されたのは、小さな金属板。

 認識票ってやつに似ていた。


『君の名前が入ってるね。さっきの書類に書いたのがそのまま浮かび上がってる』

「へえ、今の書類と同期してるみたいな感じか」

「はい、左様でございます。正式に登録された際には、こちらの登録魔玉を用いた様式に切り替わりますのでご留意願います」

「了解。で、試験ってのは?」

「本日は職員が外出しておりまして。また明日午前中にお越しください」

「わかった、ありがとう」


 そりゃそうか。魔獣の狩り残しがいるならそっちメインで出払ってるよな、試験官的な人だって戦闘経験あるんだろうし。


『じゃあとりあえず、どこかで宿でもとらないとね』

「まずは宿だな。あとメシだ」

「宿でしたら、ココの二階が宿泊施設となっておりますのでお取り出来ますよ? お食事も、この奥で」

「……そりゃありがたい」

『探すの面倒だし、いいんじゃないかな?』


 初めての街でぼったくられたり盗まれたりとか嫌でござる。

 そう考えた俺は、受付嬢の申し出をありがたく受けたのであった。

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