第20話 貰えるもんは貰っておこう
さて、色々あったがとりあえず自室に戻ってこれた。
アズール女史は仕事を放り出してきたからと言って、ギルドに戻ってった。
私は流石に気疲れしたので暫く休むと言って見送るだけに留めた。
部屋に入って、手荷物放り投げたらベッドにダイブ。
あー、元の世界だとベッドが痛むから出来なかったが、このベッドなら私一人の体重ぐらい楽に受け止めてくれるので安心して飛び込める。
しかし、イランと言っているのにお着替えさせたドレス持ってけとかどんな拷問だ。
普段着はもうじき来るやつでお願いします、ドレスなんて普段着てたら死んでしまいます。
主に私の精神が。
精神力の回復のためにもぞもぞとオフトゥン様をしばし堪能してたところで、部屋の隅で立ってるメアリーに気がついた。
はしたないところを見られたぜ、と思いながらベッドから起き上がって彼女に近寄りつつ尋ねる。
「あ、メアリー。ありがとね、アズールさんに報告してくれてたんでしょ?」
タールベルク卿がアズール女史に連絡をしたと言っていたが、きっとどんな状態で私が連れて行かれたかとかは伝えてなかったろう。
あの短時間で彼女がやって来たのは、メアリーからの報告が一助になっているはずだ。
そう考えての事だったのだが。
「……私がついておりながら、ヨーコ様の身を危険にさらしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
すっごい暗い顔でそう言ってこられたのである。
いやだって、アノ状況に陥ったのなんて、私が興味本位で裏路地入ってったからだし、その相手だって多分めっちゃ高レベルなエルフであるタールベルク卿なんだし、一応は主筋の偉い人であんな事されるなんて夢にも思わないんだからしょうがないじゃない?
そんな事を言って慰めようとしたんだけれども。
「いえ、懇意にしていたとはいえ、たかがオゥドォン屋の店主と舐めてかかっていた部分が私にもあります。その正体がご当主様であったとは言え、連れ去られたという事実は……消えないのです」
もしアレがタールベルク卿ではなく、悪意ある者であった場合、下手すると私は今ココでこうして居られなかったわけで。
メアリーの言いたいこともわからなくもなかった。
「でもまあ、あなたが今ココでこうしていられるってことは、アズール女史からのお咎めは無かったんでしょう?」
「お方様は、この件を報告した折にお許しくださいましたが……」
個人的には自分が許せないと。
気持ちはわからなくもないが、元々は私がタールベルク卿=うどん屋の親父に言われるままに裏路地に入ってたのが原因だからな。
腕利きボディーガードが一番困るのは、保護対象の人間が自分から危険に飛び込んでくことだからな。
まあ今後は私もメアリーの言うことにはできるだけ従うから、コンゴトモヨロシク。
そう言ったら、メアリーはクールな表情のままに静かに頭を下げて「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」と応えてくれた。
床の絨毯に点々とシミが出来たのは言及しないでおこう。
「しかし、何なんだろコレ」
「どうなさったのですか? それは」
タールベルク卿の所でガルネーレ氏から貰った封筒だが。
きれいな箔押しの紋章が描かれている、高そうな封筒である。
当然というのか、裏を返すとロウで封印されこれまた紋章印というのか封蝋印というんだっけかが押されていた。
ジーっと見ると、これ魔道具っぽいんだけど何だこら。
「これ? タールベルク卿のところでお礼にって貰った。何のお礼かは内緒だけど」
「……ヨーコ様、これはどなたかにお見せになられましたか?」
「んにゃ、ガルネーレ氏から貰った時に居たのはアズールさんだけだったから、他には誰も見せてないよ?」
「……お方様をお呼びして、同席いただいて中を確認しておいたほうがよろしいかと」
「……なんか怖いなそーゆーの。てゆうか、それならもうこっちから行こう」
わざわざ呼びに行くとかまだるっこしいわ。
そんなわけで冒険者ギルドにメアリー共々やって来たわけである。
うほっ、相変わらずいい男と女、というかマッチョなアニキやアネゴが大量にいらっしゃる。
そろそろ夕方に近いいい時間だから、仕事終えた連中がたむろってる感じである。
そんなごった返す冒険者ギルドのロビーを通り、受付で話をすると、すぐにギルドマスターのお部屋に案内してもらえた。
受付に至るまでの視線が、私ではなくメアリーに集中しているが、以前何かやらかしたのか?
「で、いきなり来たわけね。……そう言えば私も忘れてたわ、これの事」
封を切らないまま、手渡した封筒を彼女は弄びながら困り顔である。
美人は困った顔も美人なのだなぁ、と思いつつ。
「何が入ってるんでしょう、それ。いや手紙なんでしょうけど、その内容が問題なんですよね?」
私、気になります!
とまあそんな感じなのだが。
「目録よ。いつものことだわ」
「目録……」
武芸者の免状的なアレ、じゃないよね、やっぱり。
贈り物が沢山の時とかの、一覧表的な方だよね?
「うーん、どちらかと言えば、何をあげたらいいかわからない時用の奴なんだけど……」
そう言いながら、アズール女史は机の引き出しから細いナイフを取り出すと、封筒の端からナイフの先端を差し込み、封を切り開いた。
「……」
「何が書いてんだろ」
「見てご覧なさい」
眉間にしわ寄せて書面に目を通してるアズール女史。
そういう表情でも以下略。
手渡された書面に目を通す。
ソコに書かれていたのは。
「なんですかこれは」
「そのまんまよ?」
「ああ、私の時にお方様がお書きになられた内容に酷似しておりますね」
「……正直ごめんなさい、あの頃はまだお父様の影響から脱しきれてなくて」
ソコに書かれていたのは、様々な物品や金銭、爵位やその他考えられる物が羅列された、まさに目録であり。
その一番目につくところには、『無制限』と表示されていた。
「……なんですかこれ」
「これはね、この無制限って書いてるのが普通は数字が書かれていてね? その数字、まあポイントって呼ばれてるけれど、その総数以内であれば、どれでも褒美として与えられるって形式なのよ」
「はー、なるほどなるほど。もしやコレも鈴木太郎氏が考案されたのでは?」
「ええ、そうよ。合理的というか、便利ではあるのだけど……」
「思いが篭もらない褒美など嬉しくもなんともありません」
……カタログギフトかクレジットのポイント貯めて貰えるプレゼントじゃん!
ありがたみもクソもないわ!
しかも無制限とか。
一番上の項目に「タールベルク家に出仕」とかあるけどお断りだ!
「……金銭の項目だけにチェック入れて送り返しといてください」
「そうね、それが一番面倒がなくていいわ……ほんとごめんなさい」
「いえ、まあ実害はなかったんですからお金で解決! ハイ終わり! でいいじゃないですか。わかりやすいし」
「あなたが良いならそれで良いけれど……」
私は仕事した、相手は金払った、この話はコレで終了!
そう言うと、二人は目をパチクリさせて暫く呆然としていたけれど。
落ち着いたらどちらからともなくクスクスと笑いだし、この件は一件落着と相成った。
「いっその事、辺境伯家の屋台骨が揺らぐほどの金額書きませんか、ヨーコ様」
「白紙の小切手出してきたのはあっちだもんね、幾ら書いてやろうかしら」
「跡継ぐの私なんだけど……お手柔らかにね」
アズール女史と金額面で色々折衝しつつ、送り返したのであった。
金貨万単位とか、日本円なら幾らなんだろ。
★
でけえ。
「でけえ」
『でっか』
心の中がそのまま声に出てた。
デカイ。
集落っていうか、砦? 城塞都市?
走り続けて、上半身固定した状態で腕組みしたまま全力疾走できるようになったのだが。
人里が見えるようになったのはいいけれど、起伏のある街道上から見えたのは。
『まさかの都市国家レベルに育ってたね』
「まさかのじゃねえよ。て言うかアレ入れるのか?」
城塞都市、というか鈴木太郎の言う都市国家だこれ。
集落と聞かされていた目的地は、周囲が壁に囲まれている一大都市となっていた。
たかが百年、されど百年。
一世紀もありゃそりゃ発展するトコは発展するよな。
江戸だって元は干潟みたいなトコばっかだったのに、開発の手が入ってからはあっという間に、というわけではないけれど日本最大の都市になったんだからな。
それは良いとして、街道から街に入るデカイ門があるんだが、閉まってる。
「開けてもらえるんだろうか」
『おかしいね、昼間は普通開いてるもんなんだけど』
「なんかあったとか?」
『うーん、近場で戦闘でもあったのかな?』
普通、昼間は開門したままだという話だがそれよりもと鈴木太郎は首を傾げた。
『ココに来るまで、追い越したりすれ違ったりした馬車とか旅人とか、いなかったよね?』
「そういわれてみりゃいなかったな」
一応街道なんだから、人っ子一人いないってのはおかしいという話はわかる。
んだが、街が門を閉めて人を出さなかったのなら、すれ違う人が居なかったというのは当然の話なわけだ。
出てこれないんだから、そりゃあ人は居ないわ。
でも、同じ方向に進む人も居なかったのは?
「まあ悩んでても仕方ない。と言うより入れないかどうか聞いてみないとな」
『まあ、そうなんだけど。なんだろうなぁ、面倒が起こってたら、ややこしい話にならないかなぁ』
「とりあえず、門の所に衛兵の一人や二人はいるだろ」
そう言って、俺は都市国家の門へと駆け出した。
ようやくのことで身につけた――と言ってもほんの数時間だが――何傑集だかの走りで!
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