第14話 うどん大好きタールベルクさん
うどんの器を空にした私とメアリーは、うどん屋店主の言葉に乗り、指定された路地裏へと足を進めた。
当然うどんの器と
しかし、うどん……いやオゥドォンは美味かった。
しっかりした歯ごたえで有りながらも、ぷっつりと噛み切ったときのあの感触は元の世界でもなかなか出会えないだろう。
出汁も魚介系できちんと取ってあり、
「まさか早速お仲間か」
などと淡い期待を寄せつつ、私は路地を進んだ。
暫く行くと、路地裏の角を背に、うどん屋の主が待ち構えていた。
「おうどん美味しかったです。器の返却に伺いました」
「おうどん、か。オゥドォンではなく、そうキチンと発音できる者はそうおらん」
目の前の、気のいいうどん屋の店主だった者が、その姿を変えていく。
身に付けていた白い上下の料理人らしい服に、腰下のみの前掛けはそのままに。
短めに整えられていた茶系の髪が、肩まで延びた金髪となり、無骨そうな彫りの深い顔つきは線が細く、誰もが目を引くであろう相貌となっていった。
そしてーー。
「このピアスを魔道具と認識できる、そんなお前は何者か! 名を名乗れ!」
静かに激昂した様子のその男性は、金髪のスラリとした体型のイケメンエルフに変貌したのだった。
「あ、ドーモ。うどん屋=さん。ヨーコ・ウティダです。ハジメマシテ」
「む。ドーモ。ヨーコ・ウティダ=さん。イーセン・タールベルクです」
「ドーモ。大旦那=サマ。メアリーです」
なんとなく、ものすごく元の世界臭がプンプンしたので「アイサツ」してみたら食いついてきた。
と思ったらメアリーまでが追いかけてきた!
のだが。
「なっ! なぜ私を大旦那などと!」
「私、アズール様にお仕えしております。そのお父上であられるお方は大旦那様とお呼びする他ございませんので」
「……む、娘の関係者であったか。メアリーとやら、娘にはこの事を報告するではないぞ? あと、いつもウチのうどんを贔屓にしてくれてありがとう」
「いつも美味しいオゥドォンをありがとうございます。ですがそれとこれとは別なので、ヨーコ様の行動に関する事はすべて報告書にして上げるよう指示されておりますのでお断りさせていただきます」
どうもアズール女史の父上らしい。
言われてみれば、似てるなーなんてしばらく思ってたがハッと気がつく。
この人辺境伯じゃん、なんでこんなトコで屋台開いてんだよ。
メアリーに、うどん屋してたの娘には内緒にしてねとか泣きついてるが。
別にいいやん、うどん屋してても。メアリーも常連だったみたいなんだし。
ていうか、やっぱり私の行動報告してたのね、めありーちゅわん。
まあそれはともかくだ。
「で、ここに呼び出して何の用だったんです?」
「おお、そうだ。本題に移ろう。ヨーコ君、だったな。よくこのピアスの事に気がついたね」
「あ、はい。一応魔道具に関しちゃソコソコの称号貰うレベルですんで」
レベルマックスだけどな……。
と、私が称号のことを告げると、アズール女史の父上……イーセン氏?タールベルク卿と言った方がいいのか?
ようわからんが、とにかく目の前のこの御仁が急に晴れやかな顔つきになって、私の肩に手をやり顔を寄せてきて、興奮気味にこう言った。
「称号持ち! しかも魔道具の! ああ、これが天のめぐり合わせというやつか! 是非! お願いしたい件があってだな!」
「大旦那様、それはともかくなぜこんなところでうどん屋を?」
「ん? 趣味だけど。で、だな。ああ、ここでは色々面倒だ。ちょっと移動しようか」
やたらと興奮気味にそう言いつつも、メアリーからの質問にもさらりと答えるあたり、案外興奮しているのはただのポーズなのかも、と思っていると。
懐から取り出した……2メートル近い錫杖のような物の先を地面にコン、と打ち付けるや、私の視界は暗転した。
次の瞬間、目の前に広がっていたのは。
「おや旦那様、おかえりなさいまし」
「ああ、ガルネーレ。客人だ、ヨーコという」
「おや、これはこれは。旦那様、奥様がお怒りになられませぬか?」
「勘違いするな、この者はアズールが世話をしている者だそうでな。ちと助力を願おうと連れてきたのだ」
アズール女史のお屋敷に更に倍する勢いの広いロビーというのか、広間に、私は彼とともに移動していたのだ。
メアリーは? と見回したが、いない。
おそらく都合がわるいので置いていったんだろうなぁ、と思う間もなく。
ガルネーレと呼ばれていた執事のような人に連れられて、私は身繕いを新たにさせられる羽目になったのだ。
「待たせたね」
「はあ、待ったと言うほどじゃありませんが、これ一体どういうことなんでしょうか」
どーみてもかなりお高いドレスを着させられている私である。
いや、鏡見たら似合ってるけれど、個人的には元の町娘的な格好のほうが気楽なんですけれど。
「すまない、アズールには連絡しておいたので問題はないはずだが……本題に入ろうか」
彼に雰囲気が一変したので、色々言いたいことはあるが話を聞かせてもらうこととする。
拉致られたこととかは、後できっちり訴えるとしよう。
「実は、以前から作り手を探していたんだがね?」
「はあ」
魔道具の作り手自体はそう珍しくもない、らしい。
そりゃそうか、街中やらで光ってる街灯なんかも魔道具だしな。
ただし、そのレベルというか高度な能力を付与されたものを作れるかとなると、かなり数が少ないらしい。
「で、うどん屋やってたのと何の関係が?」
「うどん屋は純粋に趣味だよ。古い友人に教わった料理なんだがね……」
「ああ、鈴木太郎さん」
タールベルク卿は、何の気なしにだした大英雄の名前に、ものすごく反応した。
優雅に茶器を傾けているのに、だばだばと溢れさせるほどに。
「っ!? 知っているのかね彼を!」
「あ、いえ、話に聞いただけです。あの、アズール女史……娘さんに、ですが」
そう告げると、彼はがっかりしたように椅子から浮かしかけた腰を再びおろした。
そして、実に淡々とそつなくぶちこぼした茶を拭き取られながら、本題を口にし始めたのである。
「実はね、この王国には初代国王が残した伝家の宝刀というものがあるのだが」
「はあはあ、よくある王権の象徴的な」
「よくあるのかね君の故国では……まあそれはいいとして、その宝剣を弄れる者を探しているのさ。極秘裏に、だがね」
「お断りします」
「いや、無論十分な報酬は約束しよう、って即お断りっ!?」
……すっごいヤバ目の内容なんですけれど。
宝剣弄った後、秘密を守るために殺されそう。
★
『そっかあ、僕がココに来た時代から20年ほど経ってるんだねぇ、君の時代は』
「まーな。あと、20年経っても完結してない奴は他にもあるから安心しろ」
『それは安心していいものなのかね?』
「あ、そうそうこち亀終わったぞ」
『マジでッ!?』
そんなことを話しているうちに、夜が明けてきた。
目の前の骨、鈴木太郎氏もそろそろ棺の中で寝るそうだ。
『陽に当たると動けなくなっちゃうからね、アンデッドだから。出来れば色々とまだ見て回りたいんだけどね、死ぬ前に行けなかったところとか』
無い目を空に向けて、思いを馳せているようである。
なんとなく、泣いているようにも見える。
「うーん、なんなら俺と一緒に行くか? 俺、この世界に先に来てるっぽい嫁探さなきゃいかんのよ」
『そうなんだ? 若いのに結婚してるとかこの二枚目野郎、死ねばいいのに』
「……二枚目っておま、イヤミか」
『え? ああ、そうか。僕もそうだったからなぁ。えーと、鏡は……無いか。あ、盾。カバンから盾出してみなよ、水鏡の盾ってのがあるからさ』
首を傾げながら、俺は言われたとおりにカバンに手を突っ込んでそれっぽい事を考えながら弄った。
すると、手に触れたものがあったので取り出すと。
それは、磨き抜かれた鏡のような盾であった。
そして、それは俺の顔を映し出し――。
「うわ、なにこれ」
『すっごい醤油顔の男前だよねってもう醤油顔とかソース顔って言わない?』
「いや、ちょい前に復活してたな……ていうか時代を感じるなぁ」
イケメンとかリア充とか言わないんだもんな、この鈴木さん。
……スマホとか見せたら狂喜するんじゃね?
まあ、それは後でいいとして。
「鈴木さんよ」
「なんだい? えーっと」
「俺のことはミハエルとでも呼んでくれ。ちょいと提案があるんだけどな――」
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