第11話 魔改造というなかれ
何人もの人が動き回り、鍋の中身をかき回したりフライパンで何かを焼いた入りしている中で、私はそれを眺めていた。
「アンタも変わった子ねぇ。料理してるトコが見たいなんて」
「いやあ、プロの技前を見てみたいのはごく普通の好奇心でしょう?」
私の横では例のオネエ――このお屋敷の
普段の料理にはあまり手を出さず監督役に徹しているらしい。
「まあウチの子たちは私が鍛えたようなもんだからね、じっくり見てってくれていいわよ?」
「いやあ、材料が手を加えられてどんどん美味しくなっていくのは見てて食欲をそそられますねぇ」
「でしょう? 美味しく作るのは手間と時間が必要なのよねぇ。
食に関しては妥協なしか、さすが異世界勇者に縁のある辺境伯の娘さんですわ、アズール女史。
さて、私が何故に厨房見学のみならず調理風景まで覗かせてもらっているかというとだな。
「やっぱ、色々と動きが阻害されてますね」
「んー、わかるぅ? そーなのよ、魔導関連のコンロとか水まわりとかは弄れないじゃない? だからどうしてもねぇ」
元々古い建物なのだろう、そう言った基本的なシステムは厨房としてココが作られた当時に据え付けられたまま使用し続けられていた。
壊れてしまえば改修に手を出せるのだろうが、流石にわざと壊せるはずもない。
多少の不調も、使う側の手間を増やせばなんとかなる程度だった。
「こりゃ設備を更新するほど悪くはないですし、やってられない程に使い勝手が悪いわけでもなし、と言ったところですか」
「わかってくれるぅ? そーなのよ、よそだとこれっくらい当たり前どころかもっとヒドイところもザラなのよねぇ」
それにおそらく、魔導調理機器全般がモデルチェンジなどの新製品が出ていないのではなかろうか。
鈴木太郎氏が過去に行ったことなのかどうかはともかく、実際に調理に習熟していた人の動線までは考えに入れずに作られたのでと愚考する。
魔道具のコンロやオーブン、上下水道のシステムは、基本的に昔から元の世界にあるものと大差ない作りとなっている。
それ自体はきちんと考えて作られてはいたが、だがしかし。
「これはやりがいあるわー」
「あら、やれそうなの? ほんとに?」
しなを作って私の横から顔を覗き込むサヴール料理長に、私はニッコリと笑みを返してこう尋ねた。
「夕飯作り終えた後は朝まで空きですよね? ここは」
「そうねえ、明日の朝食の材料を仕込みはするけど、実際の作業は明け方からだし。そうね、特に使う予定はないわね」
「では、サヴールさん。ちょっと後でご相談が」
「……なにか楽しそうなこと考えてる顔ねぇ。そういうの嫌いじゃないわぁ」
そうして夕飯後に時間をとってもらうことにして、私は夕飯の席に向かったのだった。
☆
「ふう……」
「ほんとにやりきっちゃうなんてねぇ……しかもほぼあなた一人で」
今現在、もう早朝とも言える時間帯の厨房には、私とサヴールさんだけが居るのであるが。
あのあと、夕飯の際に私はアズール女史に話を持ちかけ、厨房の改修を行う許可をもらった。
食後には手の空いたサヴール料理長のもとに赴き、厨房の改修ポイントを話し合い、そして私的には綿密な青写真を作り上げてそれに基づき制作を開始したのである。
その結果、今目の前に広がるのは、下手な現代日本のレストランよりも高度なシステムを誇る、最新の魔導調理機器を備えたニュー厨房なのである!
「うーん、やっぱり配置を変えてもらうと動きやすさとかが格段に変わりそうねぇ」
「はい、それはもう料理長直々にダメ出ししてもらった成果ですし!」
調理の場に限らず、作業動線と言うのはかなり重要である。
行って戻ってという動きが一つ減るだけで長い作業時間における負担がぐっと軽減するのだ。
「でもコンロとかは代り映えしないのねぇ」
「ああ、その辺りは元々の形からあまり変えないようにしましたから。使い勝手というのもあるでしょうから」
新たに導入した調理機器はこれと言ってない。
基本の形は全て押さえられていたからだ。
だがしかし、そこに私の付け入るスキというか、手を加える点がいくつもあった。
「ですが、こちらをご覧ください」
「ん、これ?コンロの――ツマミがいっぱいついてるわね、なあに? これ」
「はい、これはタイマーです。そして、温度調節機能も取り付けてみました」
そうなのだ。
元々のコンロは、火力調整を行うレバーは付いていたが、あくまでも火力を調整するのは調理人が行うような仕様であった。
それを、勿論火力の調整機能自体は残したままで、鍋やフライパンの温度を一定に保ち、タイマーまで取り付けたのだ。
今のご家庭でも、IHに切り替わっている台所であればおなじみだろうあれだ。
勿論オーブンにも同様の機能を取り付けてある。
もとからあったオーブンも、火力調整しかできなかったからね。
電子レンジも再現してみようかと思ったが、マイクロ波を出すまでもなく普通に魔法で再現できた。
物体を均質に加熱する、という魔法を付与したのである。
暴走したらコワイので、ちゃんとセーフティーもかけてある。上限温度とか効果範囲とか色々とね。
そして、水回り。
水の魔法というのがあるのだけれど、あの水は空気中の水分を集めるのかと思っていたが、そうではないらしい。
まあ空気中の水分量なんてそれこそ霞みたいなもんだしな。
どうやら召喚魔法のたぐいらしいのだが、術者の腕で水の質がちがうとかいうわけのわからん仕様何だが何だよこれ。
厨房のすぐ裏に水のタンクが有って、その中で魔晶結石に刻まれた魔法陣が水を召喚しているのだとかなんとか。
その魔晶結石というのは、いわゆる魔法の杖の珠の部分だ。
魔晶結石は魔法の発動体で、それに魔力を込めて使い手が詠唱なり何なりを行うことで魔力に方向性が与えられ魔法が発動するのだが。
こうして魔晶結石に直接魔法陣やら術式を刻んだ場合は、魔力さえ込めればオートで発動する魔道具になるわけである。
すなわち、私が無意識に行っているのは、魔道具の石部分にそう言った発動の術式なり魔法陣なりの刻印を打ち込んでいるということにほかならないわけだが。
実際つぶさに調べたが、デービッド氏向けのバングル以外、自作の品にそんな刻印はこれっぽっちもなかったぜ。
まあそのあたりはまた後で要検証である。
で、水タンクをもう一つ作り私謹製の水を生み出す魔晶結石を装着しておいた。
私が同じの作ってみたら、「こっちの水の方が美味しいわねぇ」と料理長のお墨付きが付いたのだ。
「あ、でも両方使えるほうがいいかもだわね。相性ってあると思うから」
なるほどそれはたしかにと私も納得しての二種併用となったのだ。
どうやら私の作ったのは適度な軟水らしく、元々の品は硬水のようであった。
試行錯誤を行う事になるわけだが、料理人の魂に火がついたのか、サヴール氏は嬉しそうであった。
あと、ココにはない調理機器として追加で石窯を作ろうと思ったのだが、それは却下された。
ピザ食いたいんだよ。なんでだよ、と思ったが。
「パンはパン職人の工房の方で作ってるのよ」
そういう事であった。それなら仕方がない、パン職人の仕事場も後で見せてもらおう。
そんな感じでざっくりと作り変えた厨房である。
一人でよく出来たなって?
そこはそれ、新しいのを作り置きしてカバンさんに収めておいて、古いのと入れ替えるだけだし。
コンロやその他の本体部分なんかのドンガラ作りとか、水回りとかは流石に壁に穴開けたりとかの為に専門職に頼んだりしたけれど。
やったのはアズール女史だけどな!
喜々として手伝ってくれたぜ。
そこら辺の土がウニョウニョ変形して輝きながら金属の光沢に変わっていくのとか、何? 土の精霊魔法ってどういう仕組なん?
そっち方面の細かい話はまた後で聞かねばなるまいと思いつつ。
さあ、この厨房を使いこなしたサヴール料理長のご飯がこれから楽しみだ。
★
薄暗い、モヤのかかった視界の中で、何かがうごめいていた。
本当に眠ってしまったんだなと覚醒してきた意識が俺の身体を動かし、目の前の何かを凝視する。
すると、そこに居たのは目の錯覚でも何でも無く……骨格標本が剣の素振りを行っていたのである。
『やあ、目が覚めた? おはよう』
「……お、おう、おはよう」
ファンタジー的に考えて、どう見ても的だと思って後ずさろうとしたが、背後には祠である、逃げられない。
だが、その俺の慌てぶりを目にしてなお、挨拶をしてからも何の焦りもなく剣の素振りを続けていた。
『やあ、驚かせたかな』
「驚くなという方が無理です……」
やけにフレンドリーに接してくるこの骨。
状況的に考えて、この墓の中から現れたとしか思えなかった。
「もしかして、この墓の?」
「ああ、そうそう。僕は鈴木太郎。元日本人さ。君もそうなんだろう?」
カタカタと顎の骨を動かしながら、どこから出しているのかわからない声が聞こえてくる。
アンデッドなのは間違いないが、友好的なのは正直助かる。
しかし、まさかのご対面だ。もしや、さっきのあの男が行っていた儀式はこれを目的に?
そう思った俺だったが、目の前の骨は軽く首を振り、口にすら出していないその疑問にこう答えた。
『僕、死んですぐにアンデッド化しちゃったからね。ココには普段いないんだ。だからその男がやってたことは無駄だったね』
「……は?」
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