第10話 厨房ですよ
「いえ、お金はいいんでそのかわり色々と便宜図ってもらえません?」
言い値で買う、とか言われてもこちらの貨幣価値を知らんので。
なので、お世話になるの+アイテム作りの諸々を手伝ってもらおうと思ったのである。
今の私は魔道具作りに関してはおそらく何でもありだ。
現状帰り方を探すにしても何にしても、お仕事はせねばなるまい。
そして冒険者として危険を犯すのは正直勘弁。
魔法は使えたけど、ゲームの中とかでもだいたい真っ先に死ぬのが魔法使い。
LARPだとあんま考えたことなかったけど、現実問題魔法使いなんて普通に考えて前線になんて出たら、真っ先に死ぬ。
便利な魔法は使えるし火力もあるけれど。
だいたい普通に考えたら呪文唱える間に襲われて死ぬ。
守られてないと装甲なんて紙だから一撃で死ぬ。
戦士とかに比べたら圧倒的に体力ないから移動でも足手まといになりかねないし。
バンバン魔法打ったら即ガス欠で役立たずになるし。
下手に大魔法撃ったら味方巻き込むし、正直使いどころが難しすぎるだろ、冒険者のお仕事だと。
なので安定した稼ぎを見込むなら魔道具作りに専念したほうが、きっと安全で楽で儲かる! はず!
大体私、材料というか、パーツの組み合わせを行うだけでもそれなりの能力を付与できるというある意味チートである。
そっちに全振りしないでどうする。
問題は、こっちの素材でそれが出来るかどうかだけれども、できそうな気分だから多分大丈夫だろう。
なのでこう提案したわけだけれども。
「それは勿論構わんが。そもそもウチで面倒見ると言った時点で、ギルドマスター付きになったようなもんだからな」
目をパチクリさせてそういうデービッド氏であるが、視線はテーブルの上のアイテムに釘付けである。
アズール女史なんて、テーブルの上を視線がさまよっている。
身につけた時の自分を想像しているのだろうか。
ぜひフル装備した状態をスマホで撮っておきたいものである。
あくまでもアイテムの装着時の状態を知っておきたいのであって、やましい気持ちなんてこれっぽっちもござらん。
無いのよ? いやほんと。
「それじゃあ、私は寝ます。徹夜だったので」
「お、おう。わかった」
盛大に伸びをしたあと、私は食堂を後にした。
お二方がこの後どうなさるかは知らぬ。
☆
起きた。
めっちゃ日が傾いてる。
夕方、と言うかもう夜だこりゃ。
「んー、寝たのが9時くらいとして、今何時だ」
私はカバンからスマホを取り出し時刻を見る。
なお日本時間とは大幅にずれていたので、世界時計モードにして適当な国・地域に変更しておいた。
徹夜明けの陽が昇った時に合わせたんだが、だいたい5時~6時位と考えて変更した所、ワイタンギとかいう地名になったがどこだこれ。
「18時か……って、あれ?」
夜明けから日没まででおおよそ12時間ちょいほどか。
大幅なズレはなさ気なので元の世界を一日の時間はあんま変わらんようである。
まあ正確な時計なんていらんしね、この世界だと。
電車が一分、下手すりゃ秒単位で遅れただけで文句が出る日本じゃないのである。
なお電池残量気にしてないのか?と思われるだろうが、私は手回し式充電器を常に持ち歩いていた。
仕事柄電源のない場所に赴くことも多かったからだが怪我の功名とも言える。
と言うか、またメールが来とる……?
内容は迷惑メールとよく利用していたネット店舗からの配信メールだったが、明らかに。
「こっちの世界に来た後の時間だよなこれ」
記されているメール着信日時は、つい先程のものもある。
はてさてどうなってるんだと思いつつ試しにメールを飛ばしてみるが、やっぱり発信できない。
もしや、と思ってスマホを持ったまま鞄に手を突っ込んでメールの送受信を行ってみたら。
手元がブルリと震えた。
「……新規メール受信してる。て言うか、保留になってたのも発信してる……」
カバーン!?
この鞄の中だと電波届いてるん!?
どういう仕組だカバンさん! すごいよカバンさん!
と言うか、鞄の中は亜空間的な何かで向こうの世界と近いのか?
「……えーと」
ブラウザを開いて検索文字を打ち込み、再び鞄に手を突っ込んで検索ボタンを押す。
暫く待ってから取り出すと――。
「……うん、検索できてる。なんでやねん」
検索したのは「現在位置」。
なお、出てきたのは向こうの世界の自宅周辺のマップがトップだった。
鞄の中でならデータのやり取りが出来るよ! なんでやねん!
って、とりあえず相方に連絡取れるのでは! そう思った私は慌てながらもメールをポチポチとうち、鞄に手を突っ込んで送信した。
「さて、これで多少は安心する……かな? って言うかこっち来てすぐの時みた奴以降は相方からのメールも電話も着信ないとか薄情じゃのう」
まあ向こうじゃ行方不明扱いか失踪状態なので、初期の段階で返事がなかったらそりゃ放置するか。
「これで、またしばらくしたら向こうでも気がついてくれて、連絡取れる様になるかなぁ」
そんなことを言いつつ、手を動かしている私。
スマホ充電中である。
日が高いうちだったら手回し充電器についてる太陽電池でも充電できただろうけど、寝てる時に表に出しておきたくないし……だってメイドさん、朝とか呼ばなくても入ってくるんですもの。
今朝だって、徹夜明けのハイテンションでベッドに寝転んだはいいけれど結局寝れずだった時に、メイドのメアリーは静かに扉を開けて入ってきたからな。
「お目覚めでしたか」と当たり前のように言われたんだけど、貴族んちは普通こうなの?この世界だけか?
まあ、見られて困るようなものは出してなかったのでかまわないけれど。
机に出しっぱだった子宝祈願アイテム群を見た彼女の顔色は、まあ置いといて。
そんなことを考えつつ起き上がり、身繕いをする。
いつ何時死にかけるかわからんので、アイテム類は常に身につけてるが。
ローブを羽織った所で、ノックが聞こえた。
「はーい、どーぞー」
「失礼致します。ヨーコ様、お食事はいかがなさいますか?」
「ん? ご飯?」
昨日のことを考えると、この家の夕飯はもっと遅い時間だったように思えるが。
そう答えると、メアリーはすぐさまこう応えた。
「いえ、昼食もお茶の時間にもお呼びしたのですがお目覚めにならなかったので。夕飯まではまだ暫く時間がございますので、何かお摂りになられるかなと」
言われてみれば、腹の中が空っぽである。
この身体は非常に燃費が悪いようで、昨日の晩にあれほど食ったにも関わらず、朝もちゃんと食欲があったし。
若いっていいね!
「あ、じゃあ何か軽めのものを……」
「はい、承知いたしました」
手軽に摘めるものを貰おうかなとそう告げたところ、承服して下がろうとするメアリーだったが。
すぐ思い直して彼女を呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってメアリー。厨房覗いてみたいんだけどいい?」
「は? それはどういう……いえ、かまわないと思います。ですが一応伺ってまいりますのでお待ち下さい」
興味が湧いたので台所を覗かせてもらおうと思ったのだが、即という訳にはいかないらしい。
使用人の縄張り的な感じかしら。
暫く待っていると、メアリーが戻ってきて許可が出たのでどうぞとのことだった。
「厨房、めっちゃ普通やんけ」
古めかしいマキのカマドとか窯があるのかな、なんて思ってたのだが、清潔そうで向こうの世界の厨房とたいして変わらんかった。
厨房に入ってすぐ目についたのは、コンロであった。
テーブル上になった台に、丸い鉄板がいくつも並んでいた。
昔あった電気コンロのような形状である。
その下部にはオーブンっぽい扉がついてたので明けてみようと手を伸ばすと――。
「こーらっ。見てもいいとは言ったけどー触って良いとは言ってないわよー?」
野太い声の叱責が、背後から響いたのである。
思わず振り向いた私であったが、そこに立っていたのは共に厨房に入ったメアリーではなく、スラリとした背の高い――オネエであった。
料理人らしく清潔そうな身なりだが、どう見ても男性である。
しかしなぜか姿勢がくねっとる。しなつくっとる。
バッチリメイクである。ヘタすると私よりメイクが上手いぞコヤツ。
調理を任せられているだけに真っ白い調理師がよく着るあっさりとしたカットの服である。
だがオネエだ。首に巻いたスカーフも花柄模様である。
「あ、ごめんなさい。ちょっとこちらの厨房を見たこと無くて気になって」
ぺこりー、と頭を下げて謝った。
某漫画の第4部の料理人のように、包丁投げつけられて激しい怒りの表情で退出と手洗いの励行を言いつけられないだけまだましである。
「あら意外、素直な子ねぇ。てっきりわがまま放題な娘で逆ギレするかと思ってたわ」
どうやらワガママ娘が無理言って覗いてみたいと言い出したと思われていたようである。
単に料理好きなので、この世界の調理場がどんなのか見たかっただけなんだけれど。
「お仕事場に無理言って入らせて貰ったのはこちらですし、素人に勝手に触られるのが嫌なのは理解できますから」
「そーなのよね、下手にいじられると魔導調理器がすーぐへそ曲げちゃうのよ、やんなるわ」
やはり。
魔道具か! 調理道具!
それなら私の専門分野です。趣味だけど。
「あ、魔道具だったら私いじれますよ? これでも「魔道具技師」の称号持ちですから」
「あらやだ、ほんとに?」
Level.MAXとか言うトンデモだけどな!
このオネエ料理人、恐ろしく気さくでなんやかんや話ししているうちにすっかり意気投合してしまい、この厨房の魔導調理器に手を入れる事になったのだった。
現代日本の調理器具を再現してやる、ふふふ。
★
鈴木太郎という人物が葬られている墓らしき祠の前で、俺はいちおう両手を合わせた。
宗派がどうとかはこの際いいだろう。
サイズ的に、この中に遺体だか遺骨だかが収められているのは間違いないように思える。
だが、さっきの男は何をしていたんだろう。
謎の世界だけに、謎な行動に対して色々と妄想が捗ってしまう。
よくあるのは、死者を蘇らせる系の死霊術師が儀式を行っていたパターンだが、この人物を蘇らせようとでもしていたのだろうか。
アクリル剣を腰の鞘に収め、周囲を見回してみるが、自分以外他に動くものはない。
さてどうしてくれようかと考えた所で眠気が襲ってきたので祠に背を預けて座り込み、そのまま目を閉じた。
下生えの草が結構手入れされているように見え、動物の痕跡などもなさそうだったからだ。
「こんなもんがあるってことは、明るくなれば人の出入りがあるかも知らんしな……」
俺はそんな希望的観測を口にしながら眠りについたのだった。
背を預けた祠が、怪しく光を発し始めた事に気が付かないままに。
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