第5話 異世界メシはどんなもんじゃろ?

「いっただっきまーす!」

 

 窓の外はもう夕闇が訪れていて、すっかり暗くなっていた。

 夕方なのだとすれば、午前中から始まったLARPのあの時からずっと何も口にしない計算になる、そりゃあ腹も減るというものだ。

 そして手渡された冒険者ギルドのお料理メニューは、結構豊富であった。

 肉に魚に野菜に果実、焼き物・揚げ物・煮物に炒め物と言った品々が結構な数で並んでいた。よくわからない文字で、であったが。

 読める、読めるぞ! などと脳内で某大佐が叫び出していたが、私は努めて冷静にメニューを端から端まで読み進め、注文内容を吟味した。

 周りでも幾つかの卓で食事をしている人たちが見受けられたが、だいたいメインは肉!サイドメニューも肉!と言う感じの注文をしていた。

 栄養的にいいのか? 身体が資本だろぉ? とか思ったが、まあそれこそ自己責任である。個人的には、豚と豚が被ってしまったりしたらちょっと悲しい。

 しかし、メニューが読めるからといってそれが何であるのか理解できるとは限らない。

 まあココに並んでるからには食ってお腹を壊すとかはないだろうが、口に合わない品があるかもしれないことは考えられる。あるいは普通に味付けがヒドイとか。

 なので無難に、セットメニューと言うのを頼んだのである。

 メインの肉料理と野菜スープにパン、それと適当なノンアルコールの飲み物がついてくるのである。

 正直、味に期待はしていなかったが、それよりも異世界の料理にかなりのワクドキ感があった。

 そして目の前に並べられた料理はと言うと。


「おまたせしましたー、本日の料理長おすすめセットでーす」


 先程の給仕役が運んできてくれたのは、これがほんとに一人前かと思うほどの大皿に全てが盛られたワンプレート料理であった。

 勿論スープなんかは別だけれど。

 そしてその中心に盛られた品に、私は目を奪われた。

 肉。

 まさにそうとしか表現できない佇まいを見せるそれは、肉の塊。

 カリカリに炙られた表面にかけられたソースはテラテラとしていて食欲をそそり、火の通りを良くするために入れられたであろう切れ目からは細かな肉の繊維が伺える。

 そして、その左右からは圧倒的な存在感を見せる骨が突き出していたのだ。


「おおぅ……伝説のマンガ肉やん」


 もうその見た目だけで、味云々はどうでも良くなった感があった。

 おもむろに手に取り、かぶりつき、咀嚼し、嚥下した。


「旨っ! 適度な歯ごたえにネットリしたソースの濃い味が絡まってこれぞ肉! って感じがすごい!」


 口元が油と肉汁でベトベトになったが気にせずに、再び齧り付く。

 美味し。

 こりゃあ止まりまへんでぇ。

 ガブリと齧ると歯に程よい弾力、その弾力を押しつぶすと吹き出るような肉汁は、ちょいと固めのパンに超絶に合う。

 そして飲み込んだ後はスープ、または飲み物。

 スープは澄んだ色合いのあっさりとした味付けで、煮溶かした根菜や葉野菜が時折舌を擽り、そして飲み物がまた肉の脂を洗い流してくれる微炭酸の柑橘系で心地よく、結局がつがつ食い散らかして完食してしまった。


「お口にあったかしら?」

「あ、はい。凄く美味しかったでっす」


 食べ終えるのを見計らっていたのか、ちょうど最後に残った飲み物を口に含んでいた時に、アズール女史がデービッド氏と共に私の座る卓へとやって来た。

 その手には手帳サイズの冊子と、数枚の書類。

 誓約書でも書かされるのかしらんと居住まいを正し、向かいに腰掛ける二人に向き直った。


「とりあえず、私とデービッドがあなたの保証人となります」

「はい?」


 いきなり、爆弾発言である。

 保証人というとあれか、私が借金とかして逃げたらそっちに請求行っちゃう系のアレか?などと一瞬考えたが、即座にそれを否定する説明が始まった。


「本来、冒険者ギルドへの加入は登録者の推薦等によって行われています。でなければ、ただの乱暴者でも入れてしまうでしょう?」


 納得である。

 冒険者ギルドは誰でも入れる=当然中には極悪非道なやつも居る、的な物語のテンプレートが割りと普通に脳内にあった私としては、目からウロコである。

 元々は一個人がバラバラに活動していたらしいのだが、いつの頃からかこのような形で組合組織となって今に至るらしい。


「冒険者ギルドの開設者である、大英雄『タリョー・スズゥキィ』の名のもとに、私達の組織は始まったのです」


 鈴木太郎さーーーーん!?

 めっちゃ日本人名や……ここにやって来た日本人、他にも居るだろうな、いて欲しいなと思ってたら速攻でその痕跡どころか偉大な足跡発見ですわー!

 思わず頭をテーブルに打ち付けてしまった私は悪くない。


「だ、大丈夫かよおい」

「あ、すいません。ちょっと在所でよくある名前を聞いたもので」


 デービッド氏がでこを擦る私を心配してくれているが……それどころではない心境なのである。

 もしかすると、他にも色々と日本人やそれ以外もやって来ているかもしれないのだから。

 それはともかく、私の保証人? になってくれるという目の前のお二方。

 いきなり何故に? と尋ねた所。


「だって、あなた。転移事故でここに飛ばされたのでしょう?それなら……」

「ああ、身元がわからない状態だと、宿暮らしになるぞ? まあ旅を続けるって言うんなら話は別だが」


 それはそうである。

 元の世界に帰る方法を探すにしても、先ずは地盤を固めねば。

 何の立場も無い小娘一人、アチコチ放浪したら情報が集まるとか、絶対にないね!

 旅の途中で拉致られて売り飛ばされるのが目に見えるわ。

 小娘一人旅とか、現代日本でも危険が危ないっちゅーねん。


「ありがたくその申し出を受けさせていただきます。ですが――」

「が、なんだ?」

「その、見も知らぬ小娘に、その、仮にも貴族の方々がそこまでしてくれる理由というのが気にかかります」


 そう告げた私に、二人は顔を見合わせてくすりと笑った。


「ねぇ? だから言ったじゃない。そんな心配はいらないって」

「ああ、お前のいった通りだったな。いやすまん。こっちの話だ」


 目をパチクリする私に、デービッド氏が笑い顔のままで謝罪してくる。

 なんやねん、と思ったのだがコレもまた即座に理由を話してくれたのである。


「この人ったらね、『あんな小娘がアレほど高位の魔法を使えるんだ、今は状況の把握のために猫をかぶっているが、もしかすると根っこは恐ろしい娘かもしれん』ってね。きっと後で本性を現して、むちゃくちゃなことをしだすぞ、なんて言うのよ」

「いや、だから首に鈴をつけるつもりでお前さんの保証人に俺らが名乗りを上げたらどうかってな。面倒が嫌なら断るだろうし、利用しようってんなら当然だという態度をするだろうなってね」


 そういう二人であるが、当然それだけではないだろう。

 きっと、アズール女史辺りが、真贋判定の魔法の一つや二つ使っていたのではなかろうか、などと邪推してしまう辺り、私もふぁんたじい脳だなあと思ってしまう。

 まあそれがどうあれ、あんな魔獣とやらが街の外に溢れかえる世界で一人旅とか正直勘弁である。

 出来れば帰る手立てが向こうからやってきてほしいでござる。


「とまあ、そんなわけで。お前さんが不祥事を起こしたら俺らにお鉢が回ってくるんでその辺はよろしく頼むぜ」

「その代わりといっては何だけれど、ここの一室なり私達の家に住むなりしていいわよ?」

「はい、恐縮です……ん?」


 今聞き捨てならない言葉を耳にした気がするんですけど。

 私『達』の家、ですと?


「お? ああ、まだ言ってなかったな。こいつは俺の妻だ」

「なんやて工藤」

「もう十年ほどになるかしら、一緒になって……工藤?」

「いえなんでもありません。……はぁー、ご夫婦でしたか」


 そう言われてみてみれば、どこか納得の雰囲気である。

 と言うか、このアズール女史だけでもさっきの魔獣共殲滅できたんじゃ?

 そんな私の思いが顔に出ていたのか、アズール女史は苦笑しながら話をしてくれた。


「私が出ると、地形が変わっちゃうから……」

「ああ、ほんっと使いづらいんだよこいつの魔法は。山吹き飛ばすんだぜ?」


 チートキタコレ。

 異世界に行ったら地元の人のがチートでした。

 なにこれコワイ。

 頬が引きつる私を見つめる笑顔のアズール女史は、やはり目の奥が笑っていない様に見えるんですが気のせいではない模様。

 そんなこんなで、結局お二人の家の一室を間借りすることとなりました。

 見張り、って事なのかなやっぱ。



 木。

 いや、樹といったほうがしっくり来るか。

 そんな、大人が一抱えしてもまだ余る太さの樹が所狭しと生えている、そんな所に俺は居た。

 なんでやねん。

 嫁が落ちたかもしれない穴に滑り込んだ、と思った次の瞬間には、気がつけば大森林の中とかどこのライトノベルだ。

 しかし、俺はこれに狂喜した。

 間違いない、嫁はここに、このよくわからん空間の何処かに居ると。

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