第4話 冒険者になってみたテスト

 結局話はすんなりと纏まり、私は冒険者ギルドに登録することに決めた。

 何をするにしても、どこの誰かもわからない奴よりもどこかに所属していたほうがいいのはどこの世界も同じだろうと考えたからだ。

 

「それじゃ行きましょうか」

「え、何処にです? ってああ、冒険者ギルドにですね?」

「あら? ここが何処だかまだ聞いていなかった?」


 そう言って、アズール女史はデービッド氏をちらりと睨んだ。

 おそらく、説明等を任されていたんだろうがそれをすっかりさっぱりやっていなかったのを察してのあの視線なのだろう。

 何処の世界でも美人さんが睨むと怖い。ご褒美な業界もありますが、私的にはハタで見てるだけで十分です。

 苦言をつらつらと吐き出しつつ、アズール女史は縮こまるデービッド氏と私を連れて部屋を出た。

 するとそこは、広い空間が吹き抜けとなっている二階に位置していた。

 建物の中をぐるりと半周する通路のその下は、多くの人が集まれるロビーと化しており、そこが冒険者が集まり様々な仕事を請け負っては出立し、戻ってくる場所なのだった。


「まずは下に降りましょう。そこで新規登録者の受付を行うから」

「了解」


 まるで西部劇かなにかの宿場のような建物である。

 階下に降りると広場の半分は椅子とテーブルが並べられており、そこにはいかにもな厳つい男女が席を埋めていた。

 階段を降りていると、そこらじゅうから視線が集まるのを感じる。

 何のこれしき、カラオケイベントで舞台に立って歌った事に比べれば何のこともない!

 あのときは正直お腹痛くなりました。

 それはともかく。

 筋肉もりもりのおっさんやら兄ちゃんやら、アマゾネスかと思えるほどの腹筋割れてるだろう姐さんたち、怪しいローブで顔が見えない連中とかまで、こちらに視線を送っているのがわかる。

 が、悪意ではない、ように感じた。

 なんでや、と訝しげに思いながら、とん、と階段を降りきると、その視線を向けていた連中が全て立ち上がり、口々にこう叫びを上げたのである。


「ありがとよ! アンタのお陰で街に被害が出ずに済んだ!」

「あんたすごい魔法使うのに若いねぇ! ウチのも見習ってほしいわ」

「何だやっぱり女か……」


 新入り歓迎の手荒い何かがあるのかしらんとちょっとビビっていたが、ごくごく当たり前の感謝を告げられまくったのであった。て言うか最後っ!? 何を期待してたんだ……。

 どうやら私が降りてくるのを心待ちにしていたらしく、色々と声をかけ終えた彼らは、三々五々に立ちさっていった。 

 そんなこんなで時間を取られたが、アズール女史もこれくらいは予測がついていたのか特に何も言わずに見守っていた。

 

「ごめんなさいね、あとでバラバラに言われるより、まとめての方が効率いいでしょうから」


 そう言ってニッコリ笑うエルフ美女に文句を言えるはずもなく。

 私はそのまま新規加入者受付と書かれている窓口に連れられていった。

 ……日本語でも英語でもないのに読めるとは、これいかに。

 まあそもそも今喋ってるのは日本語のつもりだけれどもどうにも口の動きが違うように見えるあたりでなんか不思議な事が起こってるんだろうなぁ、と理解はしていたが。脳内の言語野とかがどう動いてるんだろうかとか考えてしまう。

 そんな事を思っていると、窓口の向こう側にアズール女史が顔を出した。


「はい、いらっしゃいませ。新規ご登録ですね、なんちゃって。何年ぶりかしらぁ、ここに座るなんて」


 畜生、かわいいじゃねえかむかつく。

 美人が可愛く見える事するとかズルいぞ。


「無理すんな歳考えろ」


 ちょ!?

 デービッド氏が横からそんなことをいい出した。なんて命知らずな。

 当然怒り出すだろうと思ったアズール女史であったが、眉をピクリと動かすだけで聞き流した。

 完全に仕事モードなのだろうか。後が怖い系なのだろうか。

 まあいいや、私には関係ない……無いよね?

 努めて冷静にしているのか、感情の起伏が少ないのか、アズール女史は何事もなかったかのように仕事を進めた。

 

「はい、ここに手を乗せてみて」

「はいはい」


 出た! 魔法力測定とかする系のアレ! だよね!?

 取り出された水晶玉はかなりの大きさで、ざっと20センチほどの直径であった。

 完全に透明の水晶玉とか、天然物だったらそれ系の店だと10センチ以下のサイズでも数十万はするぞ。

 このサイズだと幾らぐらいになるんだろう。

 そんなことを思いつつ、水晶玉に触れてみる。

 ん? 冷たくない――水晶じゃない?

 水晶は熱伝導率が高いため、触れるとひんやりするのだが、これは生暖かい。

 なんぞこれ、と思っていると、水晶の中心部分から小さな光が生まれ、それが徐々に増えていき、遂にはプラズマボールに触れた時のように幾つもの光の帯が私の手の平に集まってきていた。

 やがてそれは収束し、更に輝きを増して爆発的に光り輝いた。


「凄い……」


 思わず目を瞑ってしまった私だったが、アズール女史のつぶやきで目をゆっくりと開いた。

 するとそこにあったはずの水晶玉は消えてなくなり、テーブルの上には小指の先程の大きさの虹色の玉が転がっているだけであった。


「あ、あれ? さっきのでかい球は?」

「お前さん、本当にこの辺の事情を知らねえんだなぁ……。今のはお前さんの魔力やらなにやらを調べるための魔道具の一つさ。ああやって無垢の状態の奴に手をそえるとだな……」


 デービッド氏が私の横からそう口を挟んできた。

 もぞもぞと胸元から何かを取り出そうとしているが、分厚い革のジャケットをがっちり着込んでいるため中々出てこない。

 ようやく取り出したそれは、長径3~4センチ程の小さな板切れであった。


「あのでけえ玉が、こうなる」


 そう言って見せてくれた金属製の板切れには、何やら文字と思しき模様が刻まれ、その隅っこには黒曜石のような石がはめ込まれていたのである。

 なお丈夫そうな編み紐で首からぶら下げていたそれは、まるで米軍や自衛隊の隊員が持っているようなドッグタグにそっくりであった。

 んがしかし。

 あの玉がこうなると言われても、そんな板切れ無いじゃないのよさ。


「こいつぁな、こう指で摘むとな」


 私が口にしなかったためその疑問に答えはもらえずデービッド氏はそう言って、そのタグにはめられた石の部分を指で摘み何やら念じた。と、先程の水晶球の中で暴れていたのと同じような光の帯が空中に伸びだし、文字を描き始めたのだ。


「これが冒険者ギルドの認識票タグだ。本人にしか使えねえし、見せたい内容だけ表示することも出来る」


 おお、空中に投影とかなんてハイテク……魔法だからマジテク? まあとにかくなんかすげえ。

 驚きながらそれを見ていると、窓口のアズール女史が何やらもぞもぞと指先を動かしていた。

 デービッド氏と同様の金属製のタグに、先程テーブルに転がっていた虹色の石を押し付けているところだった。

 穴なんて空いていない金属の板に石押し付けるだけで固定?

 スッゲ便利な能力だけど……アレ、もしかして精霊魔法とかいう系統じゃね? ようわからんが。


「はい、出来上がり。あなたの認識票よ。無くさないようにね」

「無くすと……どうなるんですか?」


 再発行にお幾ら金貨かかります、とか言われちゃうんだろうか、などと考えていたら、そんなことはなかった。


「無くしたら? そりゃ当然もう一回作るだけだけれど……」

「けれど?」


ぐびり、と思わず喉を鳴らしてしまったが。


「これ、ここでしか作れないのよね。だから、遠くの出先で無くしたりしたら、身分証がないと入れない街とかだと出入りもできなくなるし、ちょっと面倒かなって思うわね」


 なるほど、そりゃ面倒だ。

 手渡された認識票を手に持ち、先程のデービッド氏同様に指先で挟んで念じてみる。

 すると、脳裏に名前や性別と言った基本情報だけが浮かび上がってきた。

 そしてそれ以外にも、「異世界からの来訪者」だとか「魔道具技師Level.MAX」などというトンデモな称号なども一緒に刻み込まれていたのである。

 こ、これは見せられん。


「あの、これって受付の人には全部見られちゃうんですか?」

「ああ、細かい内容は私にも見えないわよ? ただ、その石の大きさが、あなたの総合能力値を示しているようなものだから、あまり見せびらかすのもどうかと思うわね」


 そう言って、ちなみにと自分の認識票も見せてくれた。

 それは、オパールのような色合いの、親指の先ぐらいありそうな大粒の真珠が埋め込まれたものだった。

 めっちゃ強いやんこの人!

 再びぐびりと喉を鳴らした私は、思わずデービッド氏の認識票に目をやった。

 そこには、私のものよりも多少小さな、真っ黒い尖った結晶が埋まっていた。


「俺は魔法がろくに使えねえからな。総合能力的にいやあ、この程度のサイズになるのさ」


 そう言ってニッと笑ったおっさんは、それでも何故か誇らしげであった。


「とりあえず、ヨーコ? それは仕舞っておきなさい。あと、細かい規約とかを説明してあげるから、そこの席に座っておいて頂戴な」


 アズール女史にそう言われて、私は素直に窓口から離れて空いているテーブルに腰を下ろした。

 すると、どこからともなくいかにも給仕役ウエイトレスです、と言った身なりの少女が現れ、「なにかお飲みになられますか?」と尋ねてきた。

 喉も乾いていたし小腹も空いてきていたのでなにか頼もうかと思ったが、ついとアズール女史の方に視線をやると、デービッド氏と顔を突き合わせて何やら深刻そうな顔をしていた。

 しかしそれもつかの間、私の視線に気がついた彼女は、ウエイトレスの子であろう名を呼ぶと、自分にツケておくように言い、再びデービッド氏に向き直ったのだ。

 ……私のことで何か面倒な話でもしているのだろうか、とも考えたが、今はそれより――。


「腹が……減った」


 思わず、どこかの独身グルメ貿易商のような言葉を発してしまったのである。

 メニュー、とりあえずメニューを見せろ。話はそれからだ。

 そう告げた私に、ウエイトレスのお嬢ちゃんは慌ててキッチンの方に走ってゆき、小さな冊子を片手に戻ってきたのだった。

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