第3話 情報収集しつつされつつ

 生エルフである。

 目の前に生エルフが座っているでござる。

 頭ちっさ。隣のおっさんNo.1のデービッド氏と比べたら半分くらいにしか見えない。

 首ほっそ。デービッド氏の手なら片手で握れそう。

 腰まわりとか何センチだコレ、革だか布だかよくわからん素材のコルセットみたいな太いベルトを巻いてるが、ありえんほど細い。

 折れそうとかいうレベルじゃねえ、内臓ホントに入ってるのか?

 胸もそこそこある。

 エルフはぺたんこではないのか。

 うん、エルフの人の見た目はもう人種が違うってレベルじゃねえ、放置だ。

 あと、比較対象用にむっちりばでぃなダークエルフさんも出来ればカモン!

 落ち着け私、それはまた後でも良い話だ。

 今はそれより何より!


 ぼうけんしゃぎるどはほんとうにあったんだ!


 おっさんNo.1ことデービッド氏が冒険者元締め、エルフのアズール女史が冒険者ギルドのマスターさん、と。

 元締め、ってのは要するに冒険者たちの代表であるわけだ。

 パーティーのリーダーとかそういうんじゃなくて、冒険者たち全部をひっくるめた中から出された代表者なんだろう。

 よくあるお話に出てくる冒険者ギルドってのは、色々と仕事を取り纏めて皆に開示してくれたり他業種との折衝をしたり他の地域との連絡やら橋渡しやらして面倒を減らすお仕事をしていて、ギルドメンバーは自己責任で仕事を受ける、みたいなのが多かったけど、ココはちょこっと違う模様。

 派遣会社冒険者ギルドのトップとその登録社員の代表と思ったら良いのだろうか。

 何だこの労使関係。

 まあそれは良いとして、何故にいきなりトップの面々がいらっさったのかが問題だ。


「いきなり顔を出して面食らってるのかも知れねえが、まあアレだ。そっちの名前ぐらい教えてもらいてえんだが」

「あ、はい。内田洋紅うちだようこです」

「ウチダヨーコー?」


 しまったぁあああああああああ!

 名前、素で答えてしまった。

 なーまーえー、せめてハンドルネームとか言うべきだったー!

 いや適当に名前つけちゃってあとで後悔するとかよくあるけどなんで本名言うかな私。

 そも日本名は場違いすぎる。

 と言うか、こういう異世界で本名とかバラすと、たまにそれが「真名」として扱われて呪われたりとかしちゃって困ったことになってしまったりしなかったっけ?

 ……まあいいか。

 呪いとかの状態異常無効もこのアイテム群のどれかに付加されてる設定で作ったはずだし! マジ物の魔道具になってるならそれも有効なはず! 多分!

 なのでもうそれ本名で押し通すことにした。

 でもちょっとだけ改変しよう。

 ふるちんとかああああじゃない分マシだぜふー。


「こちら風に言うならヨーコ・ウティダですね。家名がウティダで名前がヨーコです」

「あら、東方風なのね。アチラのご出身?」


 あるのか東方、ジパング的な感じだろうか。

 幻想的な里だったりしたら怖いけど行ってみたいな。

 多分違うだろうけど。


「この辺りじゃあ、お貴族様でもない限り家名なんぞ名乗らんからなぁ」

「うふふ、授爵しているあなたが言うと少々不思議ですけれど」

「襲爵が決まってるお前さんに言われてもなぁ……」


 授爵!? 襲爵!? って事は貴族!? このおっさんにエルフさん、どっちも貴族!?


「ああ、授爵っつっても一代限りの騎士爵だ、あんまり気にしないでくれ。正直、無理やり押し付けられたんだ」

「私もたまたま父がこの国の成立の手伝いをした関係で爵位を貰っただけで、私自身は何もしてませんからねぇ」


 驚いているのが顔に出ていたのだろう、デービッド氏は私に対して実にフレンドリーにそういった立場など気にするなと告げてきた。

 アズール女史も、貴族の娘ではあるけれど現在は継いでないのだからと同様に対応してほしいと言ってくれた。

 聞けば、デービッド氏は元々農家の三男で、継ぐ農地もないからと言うことで街に出てきて冒険者になったらしい。

 見た目通りの戦闘職で、得物は盾を片手に剣やハルバードだそうだ。

 正統派の戦士職だよ、こういうおっちゃんが一番手強いんだよな……スキがなくて。

 翻ってエルフのアズール女史。

 この国の成立に助力したお父上が、なんと辺境伯となっているらすい。

 辺境伯ってアレたしか、侯爵と同格で、国境のある地域に置かれて独自の軍隊保有とか指揮権とか持っていい爵位じゃなかったっけ。国の防衛を司るって重責を担ってるから。

 そう考えて改めてアズール女史を見ると、なんか凄い雰囲気というかオーラ持ってる感ある。

 それでいて美人で儚げとかズルくね?

 こっちはもう見た目に騙される野郎が大量に発生してるんだろうことは間違いない。

 女でもコレは凄いと思うんだから当然だろう。

 て言うか、見た感じ常に微笑んでるけど、目が笑ってねぇですよ、この人。

 エルフは長命、が元の世界のフィクションでは常識だったけど、どれっくらい生きてるんだろうこの人って感じの凄い存在感がある。

 田舎のじいちゃんばあちゃんがこんな感じで、ふたりともちんまりとした背丈で見た目好々爺で実際凄く孫の私たちには優しかったんだけど、これがまたすごい人達だった。

 子供の頃、じいちゃんばあちゃんの所に泊まりに行ったりしたら、ごちそう出してくれるんだけど。

 ニコニコしながら鶏〆たり、イノシシ狩ってきてあるから食うか、とかとかとか。

 買ってきてあるじゃなくて狩ってきてある、なところがじいちゃん素敵。

 しかし、都会育ちに今まで生きてた鶏〆るシーンとか軽くトラウマになるかもだったが、美味しかったので気にしない方向で育ちました。捌きたての鶏は美味い。そう魂で理解したからである。食い意地張ってるとも言う。

 ああこのジジババの血を引いてるなと納得しつつ、今でも元気に田畑や野山を駆け回っているはずの田舎のじいちゃんばあちゃんを思い返していると、目の前のアズール女史の目つきが気のせいか鋭くなったので回想は一旦終了。

 目の前の難物(仮定)に相対することにした。

 ふっふっふ、何を言ってこられるのかにゃー? こちとら見た目は今はこうだが元は海千山千の業者相手に予算と胃壁を削りながら乗り越えてきた実績があるんだ、負けないぞ!


「ええと、よろしいかしら?」

「あっはい、どうぞ」


 ゆるりふんわりとした口調で、目の前の美人さんがこちらに問いかけてきた内容はと言うと。


「これまでの経歴は、どういった物があるのかしら?」


 経歴!

 すいません、(この世界じゃ)ありません。

 真っ当な職についてたのは別世界でです。

 とは流石に言えない。

 とは言え嘘はつきたくない、さてどうするか。

 一考した私はゆっくりとした口調で言葉を選んでます、という印象を醸し出しながらこう告げた。


「家を出てからココに至るまで、特定の職にはついていません。経歴として記録に残っているものもどこにもないでしょう」

「まあ、そうなのですか?」


 私の言葉にちょっぴり目を見開いて、驚いたような仕草を見せるエルフ女性、ってそれだけで絵になるとかなにそれずるい。

 そして、言ったことは事実のみだ。

 今朝お家を出てからここに来る羽目になった現在までの間で、記録に残るようなお仕事はこちらの世界でもあちらの世界でもしてないからな。

 これからどうすっかなー、とは考えてたけど。


「それでしたら、冒険者ギルドに登録なさいませんか?現在絶賛人材募集中ですの!」


 普通にスカウトされたんですけど。

 まあ基本と言えば基本だけどこの展開。

 水晶玉に手をかざすとかやるのかな、ちょっとワクワク。


「えっと、その、冒険者ギルドに入るってのはどういった利点が?」


 実はここに着たのはどうも転移魔法の事故でして、この地域の情報がからっきしなのだと告げた所、細い目を見開いて「よく生きてらっしゃったわね」と真顔で言われた。

 どうやら普通は死ぬらしい、転移事故。

 しかも私の場合、異世界転移だからもっと死ぬんじゃね? 普通。

 同類が居るのを期待してたけど、なんか怪しくなってきたなぁ。

 ちなみに聞いてみた。


「この国って出来て何年なんですか?」

「王国歴は一応もうじき200年だな。その建国200年祭と合わせて爵位を娘に譲りたいらしい」

「私は面倒なので嫌なんですけどねぇ。まあお仕事は今でも代官に丸投げですから監査にたまに行けばいいらしいですが」


エルフなお父上、何年生きてらっしゃるんですか……。



 嫁が消えた。

 LARPの最中に、突然いなくなった。

 俺と分かれて本陣の方に戻っているはずだったのが、誰も見ていないという。

 あの会場からは、出入りできるのは一本の道だけで、そこには来場者の車がずらりと駐車されていたので目につかないはずがないのにも関わらずだ。

 電話してもメールを送っても梨の礫だ。夕方になる頃には警察にも電話した。

 山が近いから熊とかに襲われたのか、などと考えたりもしたが、流石に熊が襲いかかってくるほどの事態だと1人だけが気づかずに消えるのは無理だろう。

 LARP仲間にも手分けしてもらって周辺を探しまくったが、なんの痕跡もなかった。

 俺がおもちゃの剣を振り回して悦に入っていた頃、嫁がいなくなったのだと考えると涙が出てくる。

 もう暗くなってきて、他の参加者たちは家路についたが俺は剣を片手に未だに空き地をさまよっていた。

 何か痕跡でもいいから見つけられないかと考えてのことだ。

 何故剣を?と言うのはあれだ。嫁が加工したこの剣は刀身が透明なアクリル製で、スイッチを押すと柄の部分に仕込まれたLEDでかなり明るく光るのだ。


「このあたりで別れたんだよな……」

 

 何度も調べた嫁と別れた場所に、再び戻ってきた。

 周囲はセイタカアワダチソウやらススキやらが競うように背を伸ばしていて視界は悪い。

 ここにこう立って、俺はあっちに、嫁はここで俺に手を振って、もとの陣地に戻ろうとこう――。

 くるりと振り向くと、足が地面に吸い込まれかけた。

 転けそうになる所を危うくもう一方の足で跳ねてなんとか手をついて踏みとどまった。

 のだが。


「なんだぁ? ……穴?」


 足を踏み外した、と思しき場所に剣をかざすと、丸い穴がポッカリと口を開いていたのがわかった。

 人海戦術的に横一列に並んで調べた時にはこんな穴はなかったはずだが、もしかしたら見落としていたのかもしれない。

 そうだとしたら、ここに嫁が落ちて、底で今も――。

 そう思っただけで俺は、矢も盾もたまらずにその穴に足先から滑り込んだのだった。

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