第6話 お宅訪問

 でかい。

 何がって、デービッド氏とアズール女史のおうちである。

 いやもうおうちって言うか、屋敷? いやいや。 邸宅? まだまだ。お城? イエス! って感じだ。

 あの後、まだ残務があるというデービッド氏と分かれ、アズール女史に連れられて馬車に揺られて辿り着いたのだ。

 ちょっとデカイ家、ぐらいに思ってたんだよ、日本人的な感覚で。

 この街は、小高い丘を中心に築かれていて、その頂点にはこの街のお偉いさんが住んでいるのだろう、お城と言うかカントリーハウス? みたいな建物があるんだけれど。

 連れてこられたのはその建物のすぐ脇にある、柵に囲まれた樹々が茂った公園のようなところだった。

 エルフだから居住環境的に森林を模してるのかなとか考えたが、違った。

 陽も落ちきって真っ暗な樹々の中、馬車が灯す魔法の光だけが前を照らしていた。

 そして、その樹々の間を抜けると一気に視界が開け、点々と篝火ならぬ魔法の光と思しき明かりが芝生の広がる手入れの行き届いた庭園のそこかしこで灯っていた。

 そしてそしてその先には、想像以上に立派な建物が存在していたのである。

 と言うか、街のお偉いさんが住んでいると勝手に思っていた奴だった。


「あ、あの、ここって……」

「ん? 私達のおうちよ? 元々は父から譲り受けた荘園領主館マナーハウスだったのだけど」

「しょ、荘園ですか……」


 うん、すまん。理解が追いつかない。

 しかし、改めてこのアズール女史が高位貴族の娘さんだというのを認識できた。

 どうもこの街及び周辺は、本来アズールさん所有の農場的な土地だったらしい。

 それが、いつからか近隣の山地とその裾野に広がる森林地帯に魔獣が住み着くようになり、やがて魔獣を狩ってその素材を売りさばく拠点として街が広がっていったというのである。


「だからねぇ、この街ではいつでも腕の確かな冒険者を募集中なのよ」

「なるほどー」


 そんな街の成り立ちを伺いつつ、馬車が歩みを止めた所で降り立ったのは邸宅の正面扉前。

 でかい。

 通常の3倍ほどはでかい。

 重々しい扉がゆっくりと音もなく開かれると、その先にはここの使用人なのだろう男女が列を成し出迎えてくれていた。


「ジーヴス、今日からこの娘、ヨーコを住まわせます。よしなに」

「はい、お方様。はて、デービッド様はいかがなさいました?」

「今日の魔獣襲撃の事後処理に追われているわ。もしかすると泊まりになるかもと言っていたわね。一応用意はしておいてちょうだい」

「はい、心得ましてございます」


 馬車から降り立つと、すぐ歩み寄ってきた黒衣の男性にアズール女史は手荷物を預け、私のことを口にした。

 その相手は執事だ。

 どう見ても執事である。

 役職的に実際執事かどうかはともかく執事的な人がリアルで居るよ!

 年の頃はアラフィフてとこだろうか、白髪交じりのブラウンヘアーを後ろに流し、片眼鏡モノクルをかけたオジサマ執事が慇懃な対応を見せてくれていた。

 こりゃあたまらん、妄想が捗るぜ。


「お嬢様、お荷物をお預かりしましょうか?」

「ひゃいッ!? いえ、あの……お願いします……」


 馬鹿なことを考え始めかけた私への突然の声掛けに、おもわず飛び上がらんばかりに声を上げてしまった。

 どう対応したら良いのやらわからなかったが、アズール女史がこちらを向き頷いていたのを見て、肩に下げていたでかいカバンを執事さん、ジーヴス氏に預けた。

 割と重いと思うのだが、彼は軽々と持ち私を屋敷内に招き入れてくれたのである。


 ☆


「広い」


 居室として与えられた部屋は、クソ広かった。

 元の世界の自宅の敷地より広いんじゃないかしら。

 当然のように天蓋付きのベッドがあったり、姿見サイズの鏡がついたドレッサーやらも備え付けられてあって至れり尽くせりである。

 だがトイレや洗面所は無い。

 これはよくある「トイレに行って迷う」イベントが、などと考えたがそれは無い。故に現状私はあまりヒャッハー! していない。

 だいたいこんなでかいベッドがあったらダイブとかしてみたいところなんだが、しない。

 何故ならば、部屋の片隅に人が居るのである。


「この後しばらくすると夕飯なんだけれど、お腹、入るかしら?」

「入ります」

「わかったわ、用意させます。あと、何か用があったらこの者に言いつけてくれればいいわ」


 冒険者ギルドで私が大盛りの食事をしていたのは見ていたため、そう問われたが。

 ギルドメシがめっぽう美味かったため、こんなお屋敷のメシはどれほど美味いのだと考えた私が無理にでも食い気に走るのは致し方あるまい。

 用意ができたら誰か呼びに行かせると言われ、私はこの部屋に残されたわけだが。

 その際に、『私付き』の侍女的な者としてメイドさんを一人付けられたのである。

 お役目とは言え見知らぬ人に待機されてると、ものすごく落ち着かないがこちらもまた致し方あるまいなのである。

 見張り的な意味合いと、勝手がわからんだろう私に付けてくれた雑用係として、普通にそういうお仕事なのだろうからして。

 どうせなら、呼ぶまで別室で待っててくれてもいいのに、と思ったりもするのだが。

 そう言えば昔の西洋貴族とか、使用人の目線は気にしない的な話を聞いたことがあったなぁ。

 だが私は気にする、気になるっちゅーねん。

 部屋の隅で佇むメイド? さんは、年の頃なら二十歳前くらいだろうか、私的にはぴちぴちの娘さんである。

 この世界ではどうなんだろう、もしかすると嫁き遅れ的な年齢なのかもしれない。

 そういやこの人の名前も聞かされていないわ。


「あのー、すいません」

「はい、ヨーコ様。如何なさいました?」


 ヨーコ様とか言われると背中に冷たいものが走るのでやめてほしいズラ。

 ソレはそれとして、お名前を聞いてみた。


「名前、ですか? メアリーと申しますが……」


 不思議そうな顔をされた。

 何だよ、こっちじゃ使用人の名前とか聞かないの? 普通はどうなんだ? メイドさんって呼べば良いんだろうか。

 ともあれメアリー嬢に、食事の時間までどれくらいあるのか聞いてみた。

 もし余裕があるなら身体清めたい。

 シャワールームやお風呂は流石についてないし、この部屋。

 お湯貰って清拭ぐらいはしておきたいのだ。

 あと、着替え。

 カバンは部屋の窓のそばに置かれて居る机の上に鎮座している。

 あの中には一応着替えを入れてあるのだが。

 この世界の感覚じゃあ、変な格好になってしまうだろう、ごく普通のしま○らとかユ○クロ製の上下と肌着一式しかない。

 なので、せめて下着を替えておきたいのである。

 そうメアリーに告げた所、食後に湯殿にご案内しますと言われ、軽く体を拭く事には同意された。

 あるんだ、風呂。

 ありがたい。

 食後の楽しみにしておこう。

 そうこうしているうちに夕飯ディナーの用意が出来たようで、私は食堂へと連れて行かれた。


「これは……予想に反してと言うか想定外デース」


 てっきり、でっかい長テーブルの端っこに座ってお向かいに座る人の顔がすごく遠いぜHAHAHA! 的な展開だと思ったのだが。

 そこそこ大きなテーブルに座り、何人かの給仕役がサービスしてくれる、まるで高級レストラン的なお食事であった。

 そして味はと言うと、ギルドメシが美味いジャンクフードだとすると、こっちはお上品なコース料理であった。

 もちろん美味い。


「ギルドの料理はお口にあったようだったけれど、こちらはどうだったかしら?」

「はい、それはもう美味しいの一言です!」


 たらふく食って満腹だったはずの私だったが、この頃にはそれなりに胃袋に隙間ができていたのかスルスルと入っていった。

 前菜から始まって少しずつをたくさん出される系のコース料理であったが、恐ろしく美味であった。

 出された料理はどれもこれも元の世界と遜色ないほどに美しく皿に盛られ、味の方はといえば肉料理なんかは脂っ気の殆ど無い様に見える赤身の肉なのにくっそ柔らかいのに味が濃く、その味にしっかりと合うように整えられたソースと絡み合い、言うことなし。口からビームが出せそうな旨さである。

 魚料理もムニエルっぽい何かが出てきてこれまた舌の上でほどけるような感触がたまらん上に、かかっていた薄黄色のクリーミーなソースと混ざり合うともう口の中が全部溶けそうな勢いで美味かったのだ。

 よくある現代料理無双はこの世界では厳しそうである。

 サラダにはマヨもかかってあったしな。

 食事に満足したと告げた私に、アズール女史はそれではと言って私を食堂から連れ出し、歩き出した。


「あの、どちらへ?」

「あら、身体を清めたいと言っていたんじゃなかったかしら?」


 お風呂ですか!

 てっきり私一人で入れると思っていたのだが、彼女も同伴してくれるらしい。

 ありがたいですけどありがた迷惑的な部分がございますわ。


「……男だったら鼻血ものだわー」

「なにか?」

「いえなんでも」


 傅くメイドさん達に服を脱がされていくアズール女史は、本当に慣れた態度で身を任せていた。

 あっという間に素っ裸である。

 なお私は流石にお断りしたでござる。

 それにしても、さすがエルフな肉体美である。

 元々の原点的なエルフだったり某妖怪マンガの御大風のだったらごめんなさいしてただろうが。


「広い、豪華、凄い」

「あら、ありがとう。ここは特に念を入れて作ったらしいわ、お父様」


 お父様、もしかすると鈴木太郎氏とお友達だったのではなかろうか。

 なんでも出来る系のハイスペッコなオレツエーな主人公体質だったのなら、今この世界のお食事やらこのお風呂が無駄にハイレベルなのも納得できるという話である。

 そして、心配していたとおり。


「じっ、自分で洗うから! いいからやめーてー!」

「大人しくなさってください、ちゃんと洗えませんから!」


 お風呂で身体を洗ってくれる係の人は、容赦ない方たちでした。

 暫く抵抗してたけれど、抗えなかった。

 だって凄い気持ちいいんだもん洗い方。


「ほへぇ……」

「ごめんなさいね、この家を初めて訪れた人が入る時は、徹底的に洗い尽くすように躾けられていて」


 クスクスと笑いながら、湯に浸かる私の横にゆっくりと身を沈めるアズール女史。

 いちいち仕草も完璧ですわ、生唾もんやでぇ。

 しかしいいお湯である。

 改めて風呂を見回す。

 なんというか、ネット上でもそうは見られない豪勢なローマ風呂とでも言ったらいいいのだろうか。

 天井はドーム状で高く、真ん中には明るい光が灯されている。

 磨かれた石を組み合わせて作られた湯船は、その豪華さに反して実に落ち着く雰囲気を醸し出している。


「もう私ここのうちの子になっても良いわー」


 思わずそう口走ってしまった私は悪くない、と思う。

 しかし、そのつぶやきを耳にしたアズール女史は。


「っ! うちのコになる!? なりたい!? ほんとに!?」


 めっちゃ食いついてきたのである。



 真っ暗闇の森の中を、俺は剣に仕込まれたLEDの明かりを頼りに進んでいた。

 とりあえず、朝まで身の安全を確保できるような場所を見つけたかった。

 嫁がこの森の中で泣いている姿を想像すると、いてもたってもられずに探し回りたい気持ちで一杯になるが、それこそ無謀というものだろう。

 足元が不安定で時折滑って転んでと泥やら枯れ葉やらまみれになるが、こんな樹が生えまくっている中では流石に休む気分になれなかった。

 それに何故か、疲れているはずなのに身体は楽に動く。

 きっとランナーズハイ的な奴だろう、これが切れると後が動けなくなる系の。

 そう思うと出来ればこの森を抜け出せないものかと考えるに至ったのだが。


「……なんじゃこら」


 暫く森の中をさまよった末に、遂に樹々の切れ間が見えたと思ったのもつかの間。

 数十メートル半径程度に樹が伐採された空間がそこにはあり、その中心部には人一人が入れるかどうかという小さな祠のような石造りの建物と、その周囲に怪しげな光を発しているランプのようなものを並べている奇妙な男の姿があったのだった。

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