1-6b

;三人称視点(紗雲VSカタギリ)


♪ズグォン


カタギリ「――アンタ、マジで速い以外に能がねぇのな!」

紗雲「……貴方こそ、発火の一つ覚えで芸が無いのでは?」


魔女と龍虎による目眩めくるめ輪舞ロンド

距離を詰めては炎に阻まれ、共に一手も譲らない。


そんな戦況も、とうとう佳境に差し掛かり。

攻防の循環ループに、終止符が打たれようとしていた。


熱線を掻い潜り、カタギリの手前に躍り出る紗雲。

それを待ち構えていたように、彼は左手の平に青炎をくゆらせて。


♪ブァシュゥ


放たれる火焔の渦。

0.1mlの血液が、その瞬間――確かに龍に化けたのだ。


しかし紗雲は、その一撃を、さらに前方へ飛び込んで回避した。

鞍馬の要領で足を払い、手錠を構えて真上を取る。


回転角を定めるのに要するは6フレーム。

その時間差タイミングを狙って、血痕と言う名の地雷が炸裂した。


髪の焦げる匂い。

肌を灼く外炎プラズマの高熱。


そんな損傷ダメージには目も呉れず、紗雲は軸を傾けて。

右後ろ廻し蹴りで、敵の胸元を斬り払う。


♪バキィン


彼の右手には、25㎝長の刃物が構えられていた。

折り畳み式のサバイバルナイフ――恐らくは、自傷用の。


♪ガキン ジャキィン


小刀と鋼刃が、蒼橙の火華を咲かせては散らし。

釁隙在らばと伐り込む二人の世界は、永遠をも惑わし殺す麻薬の様。


この空間で演じられている剣舞は、まさしく言葉通りの「鎬の削り合い」であった。



甲高い金属音が止むと同時に、空気を震わす双方の荒い息遣い。



カタギリ「おいおい、もう限界リタイアか?

あれだけ余裕を咬ましておいて、このザマかよ――情けねぇ」

カタギリ「ただ勢いだけの女に、はなから勝ち目なんて無いんだよ!

ウチに指一本触れられないとか、とんだ茶番だったぜ」


カタギリの辛辣な熱弁に、紗雲は相変わらずの冷笑を浮かべていた。


カタギリ「ぁあ? 何か一言コメントしてみろよ」

カタギリ「銃使ってないからハンデだとか、本気出してないとか、そういうの要らないからなマジで」

紗雲「……では、言わせてもらいますが。

貴方こそ、私を人質に取るのではなかったのですか?」

紗雲「私は目的を果たしましたよ。

――計画通り、時間を稼げましたので」

カタギリ「時間稼ぎ……だと?」

カタギリ「けっ! 英国淑女が聞いて呆れるぜ。

虚勢も大概にしとけってんだ!」


??「虚勢も大概に――か。

そうだな、その通りだ」


その一声を号令として、冷戦は終結し。

いま此処に、新たな防衛線ジハードが勃発しようとしていた。


カタギリ「来やがったか……糸職人!」


――それは、白い繊維だった。

命を吹き込まれたかのように、巻曲うねりを増して絡みつく。


カタギリ「くそっ! このヤロぉ――」


それは瞬く間に、カタギリの四肢に張り巡らされて。

彼の自由は、呆気なく奪い去られた。


??「被疑者マルひ、一丁確保っと」



その繊維は、明らかに異様だった。


一端は操者のたなごころに。

もう一端は数多に分岐して、放火魔に絡み付いている。


その姿は、まるで透明な八岐大蛇ヤマタノオロチ

否――それをも上回る原初の蛇神ナーガ、千の頭を持つ永遠アナンタが相応しい。


その1本1本は糸というには太く、紐というには細くあざなわれている。


伊吹紗雲は、その理由わけを知っていた。


カタギリにとって傷口とは、火焔を放つ銃部を意味する。


――それを見極めての、この拘束技。


断面積を太く結うことで、肉に食い込んで出血するのを避けたのだ。

余計な怪我をさせずに、すべてを丸く終わらせようと。


――闘わずにして、敵を無力化する。


それが実戦を乗り越えて、彼の辿り着いた答え。

彼が貫く信念であり、彼が導く真実だ。


――優しく、厳しく、そして正しく。


こんな芸当ができるのは、日本国にただ一人。


対能力者μter戦闘の専門家エキスパートにして、

工房アトリエの異名を持つ職人Blazer


警視庁公安部第七課 特殊犯罪特別対策係RECTUS 係長、滝代巧ノ介警部。


彼をおいて、他に誰もいはしない。



滝代「おう、伊吹……待ったか?」

紗雲「3分遅刻ですよ、係長」


紗雲の声が、安堵で長2度転調する。

しかし滝代は、いつもの調子トーンを狂わせなかった。


滝代「俺は、可愛い部下の晴れ舞台を観に来たはずなんだが……。

この様子じゃ、泥試合だったようだな」

紗雲「……すみません。手錠の1つもかけられませんでした」

滝代「いや、それでも足止めとしては上出来だ。

銃を使わずに、よく耐え抜いた方だと思う」

滝代「この状況ピンチでも俺の言い付け《ワガママ》を守ったんだ、62点を与えよう」

紗雲「…………はい」

滝代「だが1つ、アドバイスしておこうか」


毎度お馴染み、滝代式説教タイム。


滝代「キミの現状分析能力シミュレーションは、確かに正しい。

物理法則に忠実で、まさに安全運転のための優秀な航路図ナビゲーションだ」


滝代「だが――それは制御ではなく、制約となる」

紗雲「……制約、ですか」

滝代「そう、制約だ。

行き過ぎた物理主義は、自らを閉じ込める檻と化す」


そこでだ――と云うように指を弾く滝代係長。

しかし、乾いた擦音が空しく流れた。


滝代「現実リアルを超えろ。世界ルールを創れ。

確率論に囚われず、可能性を突き詰めていけ」


滝代「……勘違いするなよ。

なにも俺は、無理を押し通せと言ってる訳じゃあない」

滝代「お前の実力は、お前の思っている以上に開けているってことだ。

だからそれを後押しするために、精神面も鍛えないとバランスが悪い」

滝代「己の強さを塗り替えてこそ、真の強さってぇもんだ。

――覚えておくと、良いことあるかもな」


紗雲「……とても勉強になります」



♪ブゥオワシュッ


煉焔の鎌鼬が。

二人の間を切り裂いた。


カタギリ「テメェら、揃いも揃って無視してんじゃねぇ!!」


激昂して声を裏返すカタギリ。

彼の両手両足を拘束していた糸は、すでに原型を留めてはいなかった。


滝代「――ほぉ、これは驚いた」

滝代「なかなかヤルじゃないか、侵入者の片割れくん。

俺の繊維いとから抜け出せたのは、空間移動能力者テレポーター以来だよ」

滝代「まあ……その男はテレポート先で、車に轢かれて逝ってしまったが」

カタギリ「そいつは不幸な事故だな、合掌モンだぜ」


そう言って不吉に歪んた唇は、紅く染まっている。


――この男が、自ら噛み切ったのだ。


指先の切り傷だけでは、対処できないと悟った末に。


彼は思考し、決断し、実行したのだ。

唾に混ぜた血で以て、両足の束縛を焼き切るという荒業を。


膠着こびりついた朱を嘗めとりながら、彼は顔をしかめて愚痴る。


カタギリ「あーあ、痛ぇな畜生。これじゃあ口内炎になっちまう」

滝代「お、お次は口から火を噴いてみるか?

どこかの劇団サーカスで雇ってもらえるかもしれんぞ」

カタギリ「――呆戯ほざけ、公安の犬」


静かににじり寄る龍虎と仕事人。

より弁舌は滑らかに、より表情は柔らかに。


紗雲の時のような、芝居がかった見栄はなく。

闘いに魅入られた者の、紛うことなき不敵な笑み。


立ち竦む紗雲に、滝代係長は背中で語りかける。


滝代「伊吹、キミの任務は何だ?」

紗雲「それは――M-02の監視及び護衛です」

滝代「そうだ。彼女から片時も目を離さない、それが条件だったはずだが?」

紗雲「…………仰る通りです、係長」

滝代「ならば見学は後回しにして、早く彼女のもとに向かったらどうだ」

滝代「そこに居られると、巻き込まれても文句は言えんぞ」

紗雲「……すみません、失礼します!」


一礼の後、速やかに退場する新人捜査官。

最終的に舞台に残ったのは、戦闘特化型Militant能力者μter2名となった。



口火を切ったのは、やはり異邦人カタギリの方で。



カタギリ「この糸…………何なんだ?」

カタギリ「ウチの炎でなら、燃やせると思ったのに。

火がつくどころか、融けやがったぞ?」

滝代「……キミは、なんだと思う?」

カタギリ「ピアノ線――とか?」

滝代「うーむ、惜しいね。76点だ」


その会話の間に、灼け爛れた繊維は元の場所へと還っていく。

シュルシュルと蠢く白蛇いとは、すっかり手の内に収まってしまった。


カタギリ「まったく、気味の悪い能力だぜ……」


しかし目敏めざといカタギリは、見逃さなかった。

融けて千切れた繊維の断片が、回収されずに棄てられているのを。


――1度でも手から離れてしまえば、操作が効かないってことか?


まだ、確信はない。

……が、可能性としては大だ。


彼の脳の中で、ある作戦が組み立てられていく。


滝代「ちょっと血の気が引いてきたんじゃないか?」

カタギリ「――さぁ、どうだかなッ!!」


♪ブォワッ ボゥッ


一発、次いで二発。

両手から滴る朱の雫が、不死鳥フェニックス雌雄つがいとなって飛翔した。


血潮に宿った火ノひのたまは、溢れんばかりの熱量を携えて。

直立不動の係長に、直撃した――と思われた。


滝代「……若いって、熱いねぇ」



滝代警部の前に出現したのは、あや取りで言うところの7段橋セブンブリッジ

不死鳥フェニックスを捕らえる網のように、炎を掻き分けて分散させたのだ。


――だが、それだけでは説明がつかない事がある。


彼が爆風の影響を、微塵も受けていないという事実。


火焔を逸らしただけでは、煙は縦方向に流れない。

隙間のある網ではなく、完璧な壁を造り出さない限りは。


その矛盾に、発火源が気が付かない筈もなく。


カタギリ「こいつは…………ヤベぇな、マジで」


やはり、これは種も仕掛けもない、純然たる奇術マジック

滝代巧ノ介という人間の、たゆまぬ能力どりょくが見せる奇跡ひつぜん


その正体を暴くまでは、カタギリの不利は変わらないのだ。


カタギリ「……さすが、警備のオッサンよりは骨がありそうだぜ」

滝代「そうかい? そいつは光栄だねぇ」


眉間に皺を寄せながらも、その口許からは歯が覗いている。


カタギリ「正直なところ、アンタの相手をするつもりはねぇんだが……」

カタギリ「このままウチらをお見送りしろって頼んでも、聞いてもらえないんだろ?」

滝代「よーく分かってるじゃないか。

どれだけ金を積まれても、犯罪者の送迎なんて御免被るね」

滝代「不当に能力を行使する輩を取り締まる。

――それが俺達、七課の仕事だからな」


2人は距離まあいを保ちながら、円を描くように足を進ませた。

徒然つれづれな会話は、彼らの思考の向こう側で交わされる。


カタギリ「なら言わせてもらうが、アンタの能力だって不当だろ!」

カタギリ「正義の名のもと能力ちからを振りかざして、それこそ不公平じゃないのかよ!?」

滝代「あのなあ……裁くとか赦すとかいうのは、お役所が決めることだ。

社会を敵にしたいお年頃なのは分かったが、俺に当たるのはしてくれ」

カタギリ「けっ! いかにも偉そうなオッサン面しやがって……!

仕事してますアピールのつもりかよ、この腐れ御稲荷さんが!」

カタギリ「裁かねぇとか言ってるクセに、いちいち説教臭ぇんだよ!!」

滝代「……とは言え、俺だって人間だ。

公共の場を巻き込んだ迷惑な野郎には、注意がてら説教もしたくなるさ」

滝代「それにだ、お前の起こしたボヤ騒ぎのお片づけは誰がすると思っている?」

滝代「俺の正義に火をつけた時点で、もう手遅れだと――覚えておくんだな」



♪ズボゥァッ


叛逆の火柱が噴き上がる。


足元を掬われて、態勢を崩す滝代。

知らぬ間に、地雷源ちだまりへと誘導されていたのだ。


カタギリ「地獄の業火で、黒焦げになりやがれ――!!」


大股三歩で駆け寄るカタギリ。

火球を抱いた右腕が、顔面目がけて突き出された。


――しかし、その一撃は。

あと数㎝の差で、届くことはなく。


空中に、縫い留められた。


非常灯の光を受けて、幽かに輝く無色透明な繊維いと


それは、係長の左手から渦を巻くように。

太く、強く、龍の前足を締め付ける。


――この者の血に素手で触れたら、火傷では済まない。

そのことを、滝代は重々承知していた。


カタギリ「まだまだぁぁぁッ!!」


青い炎を灯した左拳が、繊維の巣――滝代の左手を狙って繰り出される。

2人を物理的に繋ぐ一本縄は強力で、それを解いて避ける猶予はない。


――刹那、滝代は右手を伸ばした。


眼前に迫る敵の左腕ほのおを、手袋いと越しに内側から掴むと同時に。

糸を握ったままの左腕で、相手の上腕部を固定する。


そして身を屈め、左肩を軸に重心を捻り込んだ。


♪バシィン


回る背景に、カタギリは抵抗の意を表し。

しかし――気が付いた時には、時は既に遅く。


渦巻く三日月型の軌道を描きながら。

刑事時代に極めた技は、身体が勝手に型を成して。


お手本のような背負い投げが、見事に決まった。



カタギリ「――――ッぐ」


右腕に絡み付いた糸が、受け身の姿勢を封じ込み。

更なる負担を関節に与えられ、彼は苦悶の声を洩らす。


放火魔を見下ろしながら、滝代警部は犬歯を見せた。


滝代「これで社会の常識きびしさも、少しは身に染みたろう。

お前さんの悪足掻きも、そろそろ限界じゃないのか?」

カタギリ「………………」

滝代「返す言葉も無いって顔だな、えぇ?」


カタギリ「――――ぺっ!」



♪ブォファッ


吐き出したのは、溜めていた血塊ばくだん


カタギリの左腕を放し、斜め後ろへと跳ぶ滝代。

爆発の衝撃が腹部を掠め、彼は眉を歪ませる。


その虎は、まだ諦めてなどいなかった。

いっそう牙を剥いて、狩人に襲い掛かっていく。


右腕の繊維を熱線で解除するため、左手を構えようとして。

またしても、その異変を自覚させられたのだった。


カタギリ「クソ――こっちもかよっ!」


背負い投げの際に、新たに巻き付けられていたのだ。


右腕は敵の左手と。左腕は敵の右手と。

まるで傀儡のように、彼の自由は束縛されていた。


カタギリ「このヤロ……縛りプレイ好きすぎだろ!?」

滝代「いやはや、変な誤解をされては困る。

これは好き嫌いではない、せめてもの優しさだ」

カタギリ「あぁそうかよ、この変態親父エロジジイ!」


血を糧とした焔が、糸を融かすと同時に。

新しい手綱が、次々と錬成されてゆく。


人形遣いと操り人形マリオネット

均衡する2人の能力ちからが、見かけ上の戦闘を止めていた。


中学校の体育教師のように、穏やかに口を開く係長。


滝代「……2つ、アドバイスだ」

滝代「お前が喧嘩で強かろうが、格闘術には敵わない。

これは結果論などではなく、自明の事実だ。潔く受け入れろ」

カタギリ「あーはいはい、そーゆーのは余計なお世話だっつーの!」

滝代「そして、その軟弱な身体。まるで話にならないな。

闘う意志が在るのは尤もだが、それに見合うまで鍛え直して来い」

カタギリ「――――んァッ!?」


逆鱗を殴られたが如き勢いで、大噴火をおこす痩せ龍虎。

その顔面は真っ赤に火照り、白目に血管が浮き立って見える。


カタギリ「そんなこと、ウチが一番よく分かってんだよォッ!!

骨の髄まで焼き豚にしてやるぞオラァぁぁッ!!!」


――今の助言、そこまで怒ることか?


勿論この時の滝代に、その理由など分かる筈もなく。

その疑問の所為で、判断が一瞬遅れたのは歴然だった。


しかし、その挙動を目の当たりにして、

どれだけの人間が的確な防御姿勢に移行できるだろうか。


脊椎を底面と平行に傾け、片足ずつ宙を翔けて。

両手を繋がれたまま、1回転ピルエットの妙技を魅せる。


それは曲芸アクロバット――もはや、神業スピリットの域だった。


捻られ絡まる繊維。

中点で交叉する、一対の標縄しめなわ


倦まず弛まずX字をかたどって。

その手錠は平等に、悪と正義を縛り付ける。


手も足も出ないとは、まさに此の状況だ。


これで、腕を封じられたのは「お互い様」となった。


再構成の隙をも与えず。

択ばれたのは、捨て身の戦術タクティクス


肩を広げ、間を圧して。

カタギリは、真っ正面へ跳び込んだ。


カタギリ「――うぅぉぁああああッ!!」


狂暴な咆哮を轟かせて。

細身の肉体が出せる、最適な一撃を。


♪グァツン


火花を幻視したのは、カタギリの方だった。

自身の額で、滝代の顎を下から突き上げたのだ。


頭突き――その破壊力は、拳にも勝る勢いで。

ここにきて初の反攻カウンターを喰らわせることに成功した。


しかし、彼の目的ねらいは別にある。



肌が、肌に直撃した瞬間。


――何かが、滝代の神経を掻き乱した。


それは静電気のような、或いは痒みに似た錯覚。

まるで、手の届かない部位を撫でられた時の不快感。


意識を洗われ、絞られ、乾かされ。

空気に潰される眩惑と共に、幽体アストラルのオーラが色を映して。


そして魂は、元の静けさを取り戻した。


未知との遭遇に、息を切らせる滝代警部。

その隙に操り糸から逃れた虎は、三日月クレセントの笑みをこぼす。


カタギリ「読めたぜ――アンタの能力」


滝代「お前……今、何をした?」

カタギリ「ちょっとしたカンニングさ。

ま、気にすんなよ。減るもんじゃねぇだろ?」

滝代「不正行為カンニングだと……?」


驚きの色が冷や汗と共に、係長の額に浮かんでいた。


滝代「分かったと言うなら、聞かせてもらおうか。

お前の答案――採点してやる」

カタギリ「いいぜ。ウチが掴んだ答え、教えてやろうじゃねぇか」


そう言う火龍は、息も切れぎれの状態で。

疲労の波が押し寄せているのは、誰が見ても明白であった。


カタギリ「触れている間、ガラスを自由自在に操る能力」

なるほどな……それが、硝子工房アトリエの所以ってワケか」

カタギリ「天然の水晶から有機合成された結晶体まで、構造を分解して変形可能……?」

カタギリ「化学のことは分かんねぇけど、とにかく強そうってことは伝わったぜ」

滝代「…………」

カタギリ「思った通り、何もない所からは生成できないんだな。

つまり持ち合わせの素材が尽きれば、アンタは丸腰のオッサンってことになる」

カタギリ「さあ――感想を聞かせてくれよ、なぁ!!」


その残響が減衰した頃、係長は口を開いた。


滝代「どんな手を使ったかは知らないが、100点満点の花マル解答だ」

滝代「まさか、硝子繊維グラスファイバーまで見破るとは思わなかったが。

これは、お前のことを甘く見ていた俺のミスだ。戒めよう」


滝代「……バレてしまったものは仕方ない。

お前の大嫌いな、現実とやらを見せてやろうか」


両の掌を、胸の前で向かい合わせる係長。

シュルシュルと、繊維が手の中に集まっていく。


まるで白蛇の群れの様に、神々しい自己相似フラクタルを象って。

次第に再構築される結晶は、厚みを増して光を散らす。


そして、そこに発現したのは。


滝代「形態モード――警棒ナイトスティック


無色透明な、硝子細工の棍棒だった。



滝代「大人しくお縄にかかっていれば、痛い思いをせずに済んだのだが」

滝代「とても…………残念だよ」



振り下ろされる棍棒クラブ

それを焼き尽くそうと、蒼焔が弾け飛ぶ。


――――しかし。


まるで、炎が効いていない。


その強度、体積、耐熱性。

繊維の時とは比べ物にならない破壊力。


どれだけの高熱を放とうと、瞬時に融かし切るのは不可能だ。


攻撃範囲は狭まったが、勝ち目も限りなく低まった。

敵の能力を暴いたところで、この絶望的な状況は覆らない。


カタギリは後ろ跳びバックステップで、滝代から5メートルの所まで撤退する。


カタギリ「なんだよナイトスティックって! そんなんアリかよ!?

最初っから本気を出しやがれ!」


滝代「いつでも俺は本気だぞ。

――これまでも、これからもな」


目を細めるにつれて、眉間の溝が深くなる。


滝代「……だが、本気と全力は別物だ。

本気は心の有り様、全力は体の使い方を意味する」


カタギリ「…………それが、どうしたってんだよ!?」


滝代「能ある鷹は爪を隠す――昔の人は上手いことを言う」

滝代「力は徒に見せびらかすために在るのではない。

無用な戦いを避けるために、能力ちからは行使されるべきなのだよ」


滝代「俺は本気で、犯罪者の捕縛に人生を捧げている。

それが与えられた使命であり、貫きたい信念だからだ」


滝代「――しかし俺は、常に全力を出したりはしない。

力尽きてしまっては、元も子もないからな」

カキダリ「本気で全力を出さない……!?

何言ってんだオッサン、ボケてんのか?」

滝代「これは刑事時代に学んだ現実ことだが、事件は警察を待ってはくれない。

その日ごとの気まぐれで、どこかで誰かの歯車が限界を迎えちまう」

滝代「金の問題や痴情の縺れ、社会への不満なんてものは日常茶飯事さ。

人間ってのは自ら環境をややこしくしておきながら、耐え切れずに本能を爆発させるからな」

滝代「最近はインターネットとかいう逃げ道――脆い奴等の溜り場が増えたお陰で、

幾分かは救われているようだ。まあ、また新しい問題も湧いてるらしいが、それは仕方ねぇ」

滝代「……おっと、話が逸れてしまったな。

昔話に流れるのは悪いクセだ、気を付けよう」


元刑事は、素振りした警棒をカタギリに突き付けた。


滝代「――兎に角、俺が全力を出さない理由は分かったろう?

それに、俺が本気だということも十二分に伝わったと思う」

滝代「しかし全力を出さないことを言い訳にする奴は、何をやっても駄目だ。

敗北前に逃げ道を用意するのは、精神的弱者の遣り口だからな」

滝代「必要なのは可能性を武器に変える、未来志向の度胸と覚悟だ。

自分の限界を拡張し得るだけの、ゆとりある心構えを忘れてはならない」


カタギリ「マジで、説教長すぎんだけど…………」


――もう帰りたい。

彼の顔には、その一言が滲んで見える。


滝代「もっと賢く力を使え。武力を知力で補い合え。

全力を出さずに本気で闘う――それが能力ってもんだ」

滝代「自分が満足感や達成感を得たいが為に、全力をひけらかし過剰演出をするのは、

人として二流三流の行いであると自覚すべきだ」

滝代「……分かったか、若造!」

カタギリ「――――ンなこと、知らねぇよおぉぉォォォォッ!!」


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