1-7a

;レイ視点



熱気の中を、当てもなく進んでいく。

相変わらず視界が悪くて、非常灯らしき明かりも見つからない。


ところどころで火が回っているらしく、スプリンクラーが霧雨を降らして。

その冷たさが、わたしの身体に鋭く突き刺さった。


足を止めてはいけないと、自分に言い聞かせながら。

別の出口を求めて、彷徨い続けていると。


――それは偶然か、はたまた必然か。


運命は、わたしを其処へと導いたのだった。



わたし「――――っ!」


……誰かが、うつ伏せに倒れている。


こんな所に、逃げ遅れた人がいるなんて!

警備員が、避難誘導をしてるはずじゃ……。


――そういえば。

ここに来る途中で、気絶させられてたんだった。


これは大変、一大事だ。

わたしは慌てて、その人のもとへと駆け寄った。



――春の夜の 闇はあやなし 梅の花

色こそ見えね 香やは隠るる――



この人……たしか廊下で見かけた子だ。


長い睫毛に、細い手足。

抱き締めたら、折れてしまいそうな身体。


左足に巻かれた包帯が痛々しい。

この足では、走ることも儘ならないだろう。


わたし「大丈夫ですか!? わたしの声、聞こえますか?」


――反応、なし。

も、もしかして……もう、手遅れ!?


恐る恐る、彼女の胸に耳を密着させる。


わたし「…………良かった、動いてる」


心肺は正常に機能している。

意識を失っているだけみたいだ。


一瞬の安堵の後、わたしは現状を再認識させられた。


自分にしか救えない命が、目の前に倒れている。

わたしが助けなければ、この娘は火の海に置き去りなんだ。


でも――と臆病な理性が歯止めをかける。


こんな迷子のわたしが。

自分の命にすら責任を持てない、人間未満の亡霊が。


他人の命運を背負うなんてのは、いささか傲慢じゃないか?


僭越。出しゃばり。思い上がりも甚だしい。

身の丈に合わない。身の程を弁えろ、云々。


次々と膨れ上がる負の言葉。

その暮明くらがりは、悲しいくらい魅力的で。


でも――――違う。


こんなの、単なる言い訳だ。

己の無力さを認めたくないだけの、最低な逃げ口上だ。


たしかに、わたしは空っぽだったかもしれない。


何も持たずに、何も憚らずに目覚めた心は。

この人形からだを埋めるのに、あまりに小さすぎたのは事実。


でも今は――今だからこそ、在るって言えるんだ。

伊吹さんから貰った、とびきりの覚悟ゆうきが。



…………遣おう、この命を。


わたしだって、誰かのために戦いたい。

この護られた命で、他の誰かを助けたい。


――きっと今が、その時なんだ!


だったら、やるべき事は決まってる。


志気の迷いも、悪魔の誘いも振り払い。

わたしの手は、すでに彼女へと伸びていた。

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