1-4b
;視点、三人称で。場所、病院入り口
時刻は4時を過ぎ、斜陽が影を長引かせていく頃。
場所は染庭中央病院、第3病棟入り口付近。
人の支配下に置かれた緑色が、不自然を彩る
自由を求めて抗おうと枝を捩らせ、葉を茂らせる姿は滑稽で。
そんな顛末を見透かして、空を仰ぐ警備員が一人。
――道行く人を、流し読む。
それが
何もなければ、それで良し。
仕事がないのが、理想の仕事。
味気なく過ぎ去る、24時間の繰り返し。
――しかし、彼はそれを甘受していた。
現代社会の歯車であることに、心より満足し。
無為自然の代名詞であることを、心から謳歌し。
――平和の象徴であることに、誇りを持っていた。
野望もなく、冀望もなく。
ただ若き日の憧憬を、信念を胸に抱いて。
――だからこそ、彼は知らなかった。
あらゆる事件の予兆は異常としてではなく、
日常の水面に、平然かつ必然として流れていることを。
無知の無知――それが彼の弱点のすべて。
そして、今。
――何だろう、近付いてくる者がいる。
長年の勤務で培った勘が、ピリリと刺激を伴って。
その男の手に滲んだ赤い「それ」を、瞬時に捉えて呼び止めた。
警備員「おい、キミ! 怪我してるじゃないか!」
病人――流血レベルの負傷者を見逃しては、職業以前に人間失格だ。
親身に声をかけた警備員の対応は、誰が見ても正しく思われた。
その男は力ない足取りで、警備員に歩み寄っていく。
俯いた顔は、心なしか歪んで見える。
警備員「その傷……何かで切ったのかい?
とにかく、まずは止血だ。ちゃんと消毒しないと、バイ菌が悪さするからね」
???「…………」
無言。沈黙。静寂。
ただ息遣いだけが、命を呟く
警備員「な……なあ、どうしたんだ、キミ?」
指から滴り落ちる、鮮やかな朱の雫。
空気抵抗に玩ばれながら、その粒が地面へと、
接触する、その直前。
♪ブォッ
――発火した。
跡形もなく、泡沫のように。
燃え尽き、消滅したのだ。
警備員「も…………燃えた、だと?」
声に出してから、遅れて意味を理解する。
今、確かに、目の前で。
――血が、燃えた!?
白昼夢であらましものを。
過去となった現実からは、逃れられないのが人間の性。
その戸惑いに、隙が産声を上げて。
これは良心が招いた、ある意味当然の帰結。
彼の場合、優しすぎた。甘すぎたのだ。
――人情、それ即ち油断の原水。
流れ流され、行き着く果ては無情の柩。
???「……命令だ、眠らせろ」
背後から近付いて来る、もう一人の仲間に気付かなかったのが運の尽き。
♪ガッ
皮肉にも、正義に鉄拳が降り下ろされ。
暗転する視界の中で、警備員は理解した。
――どれほど勿体振った情景描写を用意されたとしても、
やはり立ち絵のない
;廊下
わたし「っふぅ~! やっと解放されたよ~」
紗雲「本日の検査項目は、これで全て終了です。お疲れ様でした」
紗雲「血液検査の結果は1週間後に出ますから、それまで安静にして待ちましょう」
わたし「いやーもう思い出したくない。
まさか2本も血を採られるなんて……ヒドいや! 拷問だ!!」
紗雲「その調子なら、貧血の心配は無さそうですね」
わたし「もしかして、わたし、血の気が多かったりして!」
紗雲「それは……何か違う気が」
わたし「でも伊吹さん、注射器まで扱えるなんて――ほんと何でもできるんだね。驚いちゃった」
紗雲「一応、看護師の資格は取ってあったので。
でも……まさか、こんなところで役に立つとは思いませんでした」
わたし「針を突き刺した時、とても穏やかな顔してて……かなり怖かったけど」
紗雲「それは失礼しました。すこし我を忘れていたみたいです。
貴女が、あまりに良い声で
最後の一言で、疑惑が確信へと変わる。
この
心の中で、生存本能が
――と、ほぼ同時に。
♪火災警報
わたし「――なに、この音? 警報!?」
わたし「うー、寿命が縮むところだったじゃない! 早く止まれっ!!」
紗雲「しっ! 騒がないで下さい、放送が聞こえないですから……!」
放送「第3病棟1階で、火災が発生しました。
院内の皆様は、誘導に従って安全に避難してください。
繰り返します。これは訓練ではありません」
♪着メロ
わたし「ひゃあっ! 今度は何なのー!?」
紗雲「緊急通信……係長からです!」
深刻そうな紗雲の表情に、流石のわたしも空気を読んで口を
紗雲「こちら伊吹。現在位置、第6病棟4階廊下」
紗雲「この騒ぎ……まさかM-01が暴走を!?」
紗雲「…………侵入者? まさか、パイロキネシスが他にも…………!」
紗雲「いえ……はい、えぇ…………02ですか?」
泳いだ碧の視線が、わたしの瞳を掠めていった。
紗雲「彼女なら隣にいますが……分かりました。
シェルターまで隔離させ次第、そちらへ向かいます」
紗雲「……その時は……」
♪ピッ
わたし「滝代さん、何だって?
ぱいろきねしす……って、なーんか聞き覚えあるんだけど」
紗雲「今、説明している暇はありません。
ですが――貴女の命、最優先で護ります」
紗雲「安全な場所まで、責任を持って送り届けますので。
絶対に、
泣く子も黙る、凛とした面構え。
身体の線の細さとは裏腹に、図太い精神をしていらっしゃる。
うにゅう、吊り橋補正で惚れてしまいそう。
わたし「あのー、伊吹さん。わたしの気のせいだったら御無礼をお詫びするんだけど……」
わたし「なんというか、緊急事態慣れしてません?」
紗雲「……やっぱり、そう見えますか?」
わたし「テンション振り切れてキョドってるわたしに比べて、対応が大人だなーって」
紗雲「職業柄、マニュアル対応だけでは生きていけませんので」
そう語る彼女の横顔に、憂いの翳が横切った。
――仕事については、あまり語りたくない。
ミステリアスに潤んだ瞳が、そう物語っている。
これまでの立ち回りから察するに、
わたしの監視兼護衛役を任されている訳だけど。
病院の関係者ではないとしたら、警察か、はたまたエージェントか。
まあ――彼女が何者であったとしても、現在わたしが最も信頼できる人であることに変わりない。
わたし「伊吹さんって、彼氏いないでしょ」
紗雲「余計な詮索は止めて戴けませんか」
わたし「あ、はい、すみませぬ……」
記憶とか関係なく、今、確かに心が繋がっている。
――その事実が、嬉しかった。
紗雲「あの階段を降ります。足元に注意して!」
♪階段を駆け降りる音
わたし「はぁ、ひぃ、ふぅ」
まる3日も寝ていた上に、採血されたてホヤホヤの病人には、かなりハードな運動だ。
思ったように、膝が身体のバランスを支えられない。
わたし「これって、どこに向かってるんです?」
紗雲「地下3階にある、避難用シェルターです。
第5病棟の地下1階から、緊急時のみ入ることができます」
わたし「でも……火事なのに地下へ逃げ込むって、自ら逃げ道なくしてる気が……」
紗雲「そんなヤワな造りはしていません。爆撃されても持ち堪えられるはずです」
わたし「……それはそれで、聞き捨てならないね」
紗雲「本来、
わたし「初めて知ったよ、そんなの……」
緊張感の欠片もないやり取りをしている内に、わたし達は1階まで降りていた。
紗雲「このまま隣の第5病棟へ行きますよ!」
わたし「ちょ、ちょっと、もう足が限界…………」
紗雲「その割には、息切れしていませんよね」
わたし「言われてみれば……わたし、肺でも鍛えてたのかな?」
紗雲「あと4分もかかりません。もうひと頑張りですから」
紗雲「そこまで行けば、貴女の大好きな毛布が待ってますよ」
わたし「もうふ……モフモフの毛布…………!」
わたし「――よっしゃあ、スパートかけていきますか!
意地だ! 気合いだっ! 根性だぁーーーっ!」
自分でも、思考が麻痺しているのを感じるけど。
もうこの際、考えるのは後回しだ。
このノリのまま、目的地まで突っ走るしかないっしょ!
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