1-4a

;病室



わたし「わたし――夢を、見たんだ」


入院生活、2日目の朝。


昨日と同じく朝食後に現れた伊吹さんに、わたしは語りかける。

衝撃的な「初夢」を、自分の心だけに閉じ込めてはいられなくて。


紗雲「夢……ですか?」

わたし「うん。とっても奇妙で、不思議な夢」

紗雲「夢は記憶を整理する働きがある、と聞いたことがありますが。

それで何か、思い出せたのでしょうか?」

わたし「いや、なーんにも。

それで余計に混乱してるんだけどさ」

紗雲「……どんな夢だったのか、聞かせてくれます?」


わたし「えーとね……小学生くらいの女の子が、わたしに何か言ってるんだけど、

よく聞き取れないっていう、そういう夢だった」

紗雲「それは……何ともコメントのしずらい内容ですね。

夢占い的に深層心理を明かすにしても、情報が足りなさすぎます」

わたし「……あっ、そうそう。わたし、水の中にいたんだよ」

紗雲「水の中、ですか…………。水は生命力と直結しますね。

溺れる夢ですと、困難や再生を暗示しているらしいですが」

わたし「別に溺れてはないよ。息もできたし、声も出せてた」

紗雲「となると――この場合は潜る夢と解釈して、

追求・探求心の顕れを意味しているのではないでしょうか?」

わたし「そう言われてみれば、そんな気もするかも……」


わたしが求めているもの――それは、いったい何なんだろう。


無意識だけが知っている、心の在処についての秘密。


……うぅ、もどかしくって穏やかじゃない。


わたし「あの子の言ってた内容が聞き取れたら、スッキリしそうなんだよなぁ」

紗雲「その女の子に、まったく心当たりはないのですか?」

わたし「うーん…………可愛かった、以外の感想が出てこない……」

紗雲「それって、貴女の欲望が生み出した幻の類でしょうか」

わたし「よ、欲望とは失敬な! もっと純粋な感情ですってば」

わたし「小さい子は、みんな無垢で可愛いじゃん!

伊吹さんだって、その気持ち分かるでしょ?」

紗雲「――私、子供は苦手なので」

わたし「それは、同族嫌悪って言うヤツですね。

大人になったら、きっと子供の良さに気が付くと思うよ」

紗雲「毛布大好き人間の誰かさんにだけは言われたくないですね」


そう言って微笑む伊吹さんの瞳は、碧より深い蒼色で。


紗雲「……楽しみにしていて下さいね。

今日は最後に、とびきりの検査が待っていますので」


心を全て溶かしてしまいそうな、妖しい深淵。

その狂気いろけに、わたしの本能からだふるえたんだ。




;とある診察室(うす暗く)



――二人だけの、診察室。


伊吹さんの指示めいれいに従って、わたしはベッドに身を横たわらせていた。

これから行われようとしている「初体験」に、密かに胸を昂ぶらせて。


紗雲「――では、始めましょうか」


きつく左腕が縛られて、自由が奪われていく。


わたし「わたし……こういうの、初めてだから…………」

紗雲「分かってます。優しく、してあげますね」

わたし「――お願いします」


一呼吸の後、わたし達は触れ合った。

正確には、わたしが一方的に支配されて。


――為す術なく、為されるが儘に。

彼女の人差指と中指が、わたしの素肌を蹂躙していく。


一番の場所ポイントを捜し当てるために。

同じ部位を何度も、何度も、何度も擦って。


それは、愛撫と呼ぶには機械的な作業ルーティンワークだった。


紗雲「感じる――貴女の脈動リズム生命いのち旋律しらべ

ここで…………いいですね?」


わたしは催眠のうちに、首を縦に下ろしていた。

とうに理性など、色欲の海の底だ。


紗雲「わたしの技術テクをもってすれば、一撃で仕留めてみせますよ」


その自信に満ちた表情、端的に言って――恐ろしい。


紗雲「それでは、まぶたを閉じて下さい。

ここから先は、眼に毒ですから」


言われた通り、わたしは目を瞑った。

小さな暗闇の下で、期待と不安を練り混ぜる。


わたし「…………ひゃ!」


冷たい何かが、外皮を舐めるような感覚。

反射的に、わたしは両目を開いてしまった。


自責しても、すでに手遅れで。


そこには、毅然と佇む悪魔の柱が。

目にするのもおぞまましき、

猟奇的グロテスク形状フォルムを曝していた。


想像の一回り、いや二回りも巨大な凶器を前にして。

先ほどの覚悟を踏みつけて、理性が息を吹き返す。


いったい、これのどこが「優しく」なんだ。

もはや拷問だ。鬼畜の所業だ!


わたしは首ふり運動による抵抗を開始した。


わたし「ムリムリムリムリ! ぜーったいムリ!!

こんな太いの、入るわけないよっ――!!!」


紗雲「我慢して下さい。痛いのは、最初の一瞬だけですから」

わたし「ウソウソウソウソ! そんなのウソ!!

記憶がないからって、わたしは騙されないぞ!!!」


紗雲「気張っていては、痛みが増すだけです。

私を信じて、貴女の全てを委ねてくれれば――すぐに終わらせます」


その口調はまるで、赤子をあやす子守唄。

蜂蜜のように甘くとろけて、脳髄まで侵略される。


紗雲「さあ、全身の力を抜いて。静かに息を吐いて――そうです」


その先端は、無慈悲にも狙いを定め直し。

さっき濡らされて、敏感になっている場所スポットに――。



♪ズブリ


わたし「痛っ――――!!」


わたしの中に、それは現れた。

肉を破って、奥へと突き刺さる。

硬くて、冷たい異物感。

その主張は、激しくなる一方で。


ああ……わたし、今、犯されてるんだ…………。


わたしは抵抗する気力も、何もかも失って。

我が身に起きている残酷な光景を、ただ茫然と眺めていた。


紗雲「ほら、奥まで入りましたよ。もう痛くはないはずです」


たしかに――彼女の言う通りだ。

思ったよりは、痛みが少ない。


わたし「でも血が……いっぱい、出てる…………」


紗雲「当然でしょう。

そうでなければ、やり直しになるんですから」

わたし「うぅ…………もう限界だよぉ……。こんなこと、早くやめてぇ……」

紗雲「世界の終焉みたいな顔しないでくれます? ――たかが、採血で」

わたし「痛いものは痛いから痛くて痛いんだよう! 極太注射器反対‼」

紗雲「文句なら、後で染庭先生に言って下さい。

血液検査を項目に入れたのは、私ではありませんから」


ゴムチューブで縛られた左上腕部。

アルコール綿で消毒された注射部位。


――なんと恐ろしい地獄絵図なんだろう。


真空採血管が、赤黒い液体で満たされていく。

こんなの、見たくないのに。

でも……目を離せない何かが、わたしを魅了して。


紗雲「――では、このまま2本目も採りますね」

わたし「え。え。にほ……んめ?」

紗雲「まだ腕を動かしたら駄目ですよ」

わたし「え、あの……ちょっと待とう? 考え直そうよ、ね?」

わたし「まだ、今なら間に合うから。これ以上、罪を重ねては……」


わたし「――んぎゃぁぁあああああ!!」

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