1-1c
;倉庫外
指揮官「…………なぜ、射殺しなかった」
指揮官「生きたまま捕らえるなど、余計な仕事を増やすだけだぞ。
あの者の極刑は、未成年であろうと免れないのだからな」
少年を乗せた護送車を見送りながら、滝代は声を風に
滝代「言っただろう、誰も死なせるつもりはない――と。
相手が犯罪者だろうが、俺は殺さない主義なんでね」
指揮官「よくもまあ、そんな悠長なことが言えたものだ。
決まりきった結末を後回しにしたところで、誰も良い思いをしないというのに」
滝代「裁くのは役所の仕事だろう? 少なくとも警察の仕事では無いはずだ。
俺は……ただ、悪人を捕まえて牢屋送りにしているに過ぎない」
滝代「……ったく、警察庁の
滝代「殺せば勝ちだとでも思ってるのか? はは――――笑えない冗談だ。
その理屈のもとでは、犠牲になった貴官の部下は完敗ということになるぞ」
滝代「そんな寝言が
指揮官「…………相変わらず教誡熱心だな、滝代警部」
滝代「どうにも他人の勘違いを聞き逃せない性分でね。
こればっかりは申し訳ないと思っているが……」
滝代「だが、これだけは何度でも言わせてもらう。
死は何の解決にも成り得ない。それが、どんな形であろうとも――だ」
滝代は鋭い眼を、さらに細めて空を睨んだ。
滝代「本気で平和を守るってんなら、まずは敵と向き合うところから始めるといい」
指揮官「敵…………曖昧な表現だな。具体的は何を指す?」
滝代「この国の平和を脅かす存在――それも特に、潜在的な悪意だ。
事件が起きてから出動する
滝代「何故このような事件が起きてしまったのか、何が犯行の引き金となったのか。
そこを考えて動かなければ、何も
滝代「あの少年の身柄を一時的に
俺は犯罪者だろうと死なせない。必ず生かして繋いでみせるさ――この創られた平和と共に」
滝代「そうやって事件を未然に防ぐのが、我々公安の役目だからな」
指揮官「………………」
滝代「――――にしても、今回は相性が悪すぎた。
銃火器系が逆効果となると、特殊部隊でも打つ手が無くて当然だ」
滝代「ああいう
少なくとも貴官の優秀な部下達よりは、良い働きをしてみせると約束しよう」
指揮官「……黙って聞いていれば、言いたい放題…………。
些か口が過ぎるぞ! ラボの手先の分際で――」
滝代「何か勘違いをしているようだな。
俺は
滝代「
危険視されて殺されるのも、利用されて飼い馴らされるのも御免被る」
滝代「――能力ってのは、活かすために与えられたものだ。
己の適性を自覚した以上、その義務を果たすのは当然だと思うがね」
滝代「左遷した人間に手柄を横取りされて御立腹なのは承知しているが、
正義のために闘う者同士、仲良くやっていけることを望むよ」
ヒラヒラと手首だけを振りながら、足音も無く去っていく滝代。
その後ろ姿に、ひとり指揮官は堅く敬礼を構えるのだった。
指揮官「あぁ――――この
;モノローグ
――この世界は、無へと収束している。
人は誰しも、無の侵蝕からは逃れられない。
そんな
七色に移ろう感情を、醜く
そして、
ついに役者は揃い、物語の舞台は整った。
――踊れ、美しき絶望の
――謳え、穢れた希望の
僕が想い描く、
;視点一人称へ
…………長い夢を、観ていた気がする。
真っ暗に
それでも希望を求めて、必死に藻掻き続ける――そんな夢。
――――そして、光は現れた。
それは運命と呼ぶには儚げで、必然と呼ぶには朧げな
母なる海に別れを告げた胎児は、静かに浮上を始める。
光差す
数多の音と、沢山の色を手放したまま。
手も足も緩やかに、
そして――わたしは再び、この世界に
;闇
♪ポッ ポッ ポッ ポッ(心電計の音)
赤と青の
それは、まるで幻影に沈んでいくような錯覚。
――しかし、それを打ち消す刺激があった。
左手に
優しくて、それでいて力強い感触。
その実在を確かめるように、わたしは指を泳がせた。
??「――――っ!」
声無き声が、鼓膜を震わす。
その人は、わたしの手を強く握り返して。
互いの脈が刻む変拍子を、愛おしく反芻する。
??「……私の声が、聞こえますか!?」
??「お願い、目を開けて――――!
聞こえるのなら……お願い…………!」
ゆっくりと、
;病室
色彩が、像を結んで
網膜に映し出されたのは、1人の女性だった。
透けるような銀髪。涙に溶ける碧眼。
艶やかな白肌は、きっと天使の悪戯で。
ああ――きっと、ここは
生まれ変わりの魂に、上書きされる
??「目が……醒めたのですね!」
??「よかった――本当に、よかった―――!」
まるで、夢の続きを観ているようで。
でも――彼女の指が、声が、そして吐息が。
わたし「ここ、は…………?」
??「病院です。貴女は、3日間も眠り続けていたんですよ。
意識を失う前のこと、覚えて……いませんか?」
枕の上で、ゆるゆると頭を振る。
絡まった髪の毛が、細やかな悲鳴を上げた。
??「……分かりました。では、質問を変えます」
??「貴女の覚えていること、なんでも私に聞かせて下さい」
??「どんな些細な事でも構いません!
なにか……何か、ありませんか?」
わたし「覚えて、いること……………」
意味は分かる。意図も分かる。
でも――だからこそ、返すべき解答は白紙のまま。
鏡の向こう側には、誰もいない景色が続いているから。
わたし「…………………」
??「そう…………ですか」
果てしない沈黙に、耐えかねたのだろうか。
??「では――自分の名前は、分かりますか?」
わたし「――なまえ? ああ、名前……わたしの、名前…………」
逆行する景色。回転する地面。
意識が、無間奈落へ墜ちかける。
わたし「………………わから、ない」
そこには、何も無かった。
名前も、顔も、思い出も。
自分に
どこにも――わたしが、いなかった。
しばし驚き、少し遅れて困惑し。
唇から溢れ出た言の葉は、飾り気のない疑問文だった。
わたし「……知りませんか? わたしのこと…………」
そう訊いた、その直後。
息を呑み、口を覆う彼女の仕草が。
わたしの胸の、奥深くに突き刺さって。
その痛みが、淡い
??「――――ごめん、なさい」
すでに天使に、
わたしと同じ
??「貴女のことは……私にも分かりません」
わたし「そう、ですか…………」
震える彼女の唇から、微かな声が流れ出して。
??「……本当に、ごめんなさい。
私の力が、及ばないばかりに――――」
??「こんなことに…………なるなんて………………」
この時……わたしは本当に、何も知らなかったんだ。
失われた
迫りくる
そして――――今、この瞬間。
彼女が
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