1-1b

;倉庫内



滝代「……随分と派手に殺ってくれるじゃねぇか」



滝代巧ノ介は、目の前に広がる惨状にかぶりを振った。

ここまで酷い現場は、刑事時代にも経験したことがない。


闇に呑まれ、喰われ、散っていった命の紅華。


現場なんて生易しい物ではない。これは戦場の域だ。

少なくとも、地下鉄での自爆テロには匹敵するだろう。


のうのうと主犯が生き延びていることを除けば――の話だが。



目を細め、歯を食い縛る滝代。

彼の心は今、感情の渦で七変化していた。


業の深い凶悪犯への怒り。

罪の無い犠牲者への嘆き。

頭の固い組織員への憤り。


そして――自身への憂い。


その全てを、一旦閉じ込める。

あらゆる感情は、エラーを吐きかねない。


弱音は程々に済ませ、任務に焦点を絞り直す。

同じ過ちだけは、繰り返してはいけない。


反省は一度でいいのだ。

後悔を二度としなければ。


己のよわさを克服し、昨日の自分を超えて行ける。



――――それが、彼の強さだった。



滝代「まだ動ける奴はいるか?」


滝代は図太い声を張り上げた。

無機質な倉庫内に、残響こだまする低音独唱バスソロ


滝代「銃を撃てる状態の者だけ立て。今すぐにだ!」


四肢が健在かつ、視聴覚が正常で。

そして何より、闘う意志のある者が。


――6名、立ち上がった。


滝代「…………上等だ」


彼らを見回すと、滝代は拳を掌に叩きつけた。


滝代「俺からの命令は、たった1つ。

まず6人で等間隔に標的ホシを包囲しろ。距離は5mを保持キープだ」

滝代「合図をしたら1秒おきに交代で、あの真っ黒いのに一発ずつ撃ち込め。

つまり2秒ごとに、必ず1発着弾させろ。――分かったか?」


隊員「了解ッ!」

隊員「了解しました!」


滝代「…………良い返事だ。

100点満点の覚悟、確かに受け取った」

滝代「チャンスは一度きり。失敗は許されない。

すぐに撃てるように構えておけよ」


弾倉を補充し終えた勇者6名と、順々に視線を交わす。

彼らが信じる正義は、紛れもなく同じ未来へ向いていた。


滝代「ヤツの相手は俺がする。お前らは援護射撃に徹してくれ。

おっと……誤っても仲間を撃つなよ? 誰も幸せになれねぇからな」



滝代「――心配するな。これ以上、犠牲は出させはしない」


自分に言い聞かせるように、滝代は台詞を唱えてから。



笑顔の絶えない少年の前へと、堂々と躍り出たのだった。


滝代「よお、少年。楽しんでるか?」


クロウ「――――我が名はクロウ。

闇夜あんやを統べる、漆黒の覇者なり」


滝代「アンヤだかアンヨだか知らないが、

話の通じないガキは世話が焼けるぜ……ったく」


舌打ちしながら、後頭部を掻く滝代。

その手には、銃も刃も握られておらず。


――ただ結晶げんりょうが、在るのみだった。


滝代「お仕置きは俺の趣味じゃないんだが…………。

能力ちから能力ちからで捻じ伏せる――恨むなよ?」



♫RECTUS



薄く、細く、鋭く。

滝代の手の中で「それ」は姿を変えていく。



より針状に、その尖端を極めながら。

「それ」は少年の心臓へと、一直線に伸びていった。


そして、闇黒の1つと出遭うと同時に。

透明な錐体は、そこで成長を止めた。


――勢いを削がれ、力を殺されて。

奏者の意思に反して安定状態をとっている。


まるで氷柱つららが、凍り付いたように。

あらゆる変化を封じられてしまったのだ。



滝代「…………なるほど?」



運動も熱も、お構い無しに喰らいつき。

あらゆる動力エネルギーを、根こそぎ吸っては糧とする。


活力吸収エナジードレイン――それが、あの闇黒の正体だ。


この能力相手では、銃弾1発かすりすらしないのも頷ける。


……しかし、その防御形態だからこそ。

付け入る隙というものが在るというものだ。



滝代「――射撃、開始ッ!」



♪ズダン ズダン ズダン ズダン


一定の律動リズムを轟かせる、選ばれし勇者たち。

銃弾の6.6chサラウンドが少年を囲んで封じ込む。


息の根を引き千切るほどの迫力にも無感動を装って。

…………その少年は、呆れたように呟いた。



クロウ「――――喰らえ、闇黒空洞ダーク・ヴォイド


♪闇黒回転



緩やかなリサージュ曲線を描いて公転する闇黒球。


次々と迫り来る弾丸を、吸い込むでも弾き飛ばすでもなく。

厳しく咎め諫めるかのように、直線運動を黙らせていく。



射撃者へと、侵攻を再開するクロウの前方に。

行く手を遮らんとして顕れる光芒一閃の四角錐ピラミッド


その他端は、滝代の手の内に息衝いきづいていた。



滝代「よそ見をするなんて、随分と余裕そうだな――少年?」

クロウ「ほう…………我に挑むと謂うか、憐れなるれ者よ」


せめぎ合う二対の幽体アストラルは波動を生み。

現実空間そのものを、魔境へと変容させているかの様で。



クロウ「………………良いだろう。受けて立とうではないか。

異能力ちから覚醒めざめし者こそ、喰らい潰す歯応えが有ると云うもの」

クロウ「これから紡がれる我が最強伝説に、貴様の名も刻まれるであろう。

名誉ある敗北者の1人として――――な」


♪無展開



……黒ノ翼ハ歪ニ嗤ウ。


第五元素に覆われた右腕の。

さらに外側を旋廻する闇黒軌道。

半径は、およそ1mを維持している。


その災害領域に沿いながら、反時計回りに歩く滝代。

隙を窺がうでもなく、援護射撃に合わせて靴を鳴らす。


拍節器メトロノームにも似た足音が、場の集合無意識に同調し始めた頃。



――――突如、闇黒球が停止した。



♪迫る無



直後、空を切り裂く片翼。


あろうことか、その少年バケモノは。

目前で弾丸を撃ち返したのだ。



亜音速で遡行する銃弾の影。

その射線上には滝代の渋面が。


…………しかし、彼は躱さない。


迫る弾頭へと、真っ直ぐ左手を突き出して。


♪バシィン



――――――受け止めた。


肘を引きつつ、勢いごと取り込む妙技。

遅れて、手の平から何かが転がり落ちる。


それは……例の原料によって加工された銃弾であった。

その無色透明な耀きは、まるで大粒の宝石のよう。



クロウ「貴様…………闘う気があるのか?」


大胆にして繊細な、唯一無二の職人芸を見せつけられ。

痺れを切らした少年は、未だ幼い声音を響かせる。


滝代「――――闘う? 何か勘違いをしているようだな。

俺は闘いに来たんじゃない。むしろその逆だよ、クロウ」

クロウ「逆…………だと?」

滝代「ああ、そうだ。俺が此処にいる理由はただ1つ。

一刻も早く、この無意味で非合理な闘いを終わらせて、

犯罪者おまえを捕まえる――――それだけだ!」




~//CG グラスファイバー


♪シュルシュルシュル



クロウ「………………っ!?」



ついに幕を開ける奇術劇マジックショー


少年の肢体は、一切の前触れも無く。

風船の如く宙へ舞い上がったのだ。



突然の空中浮遊に、射撃を忘れて目を凝らす隊員たち。


飛ばされたのか、浮かされたのか。


――――否、吊り上げられているのだ。


首元と両腋の下を捕らえて、腰と両足に巻き付いた透明な繊維が。

鉄骨の周りを螺旋でかたどるようにして、建物全体に巣を張っていたのだ。


細身をじらせ舞い踊る大蛇は、さながら鋼鉄の檻の主。

そんな無機物バケモノを操る男には、やはり工房アトリエの二つ名が相応しい。



かくして正義と最凶の勝敗は、この一瞬で決したのだった。



クロウ「ぐ…………ぐがッ……」

滝代「どうだ、視得ない楔で磔にされる気分は?」


言葉こえを縛られた少年は、殺意たっぷりの紅眼で滝代を見下して。

その死線を砂煙のように躱すと、滝代は相変わらずの仏頂面で語り出した。


滝代「――――お前の敗因は4つある」

滝代「1つ目は闇黒の軌道を、地面に擦れない角度で固定したこと。

……お陰様で、足元と頭上がガラ空きだったよ。礼を言おう」


有志の勇者6名による機械的な援護射撃。


それは闇黒による守備範囲を側面に集中させるための囮。

少年に悟られずに、罠を仕掛けるまでの時間稼ぎであった。


掌の原料を起点として、繊維を倉庫中に張り巡らすのに約40秒。

その間に対象の座標を誘導しながら、鉛直方向に死角を創り出したのだ。


もしも軌道の中心を、股間ではなく臍の位置に設定されていたら。

前後上下左右360度全方向の砦を崩すのは、容易では無かっただろう。



滝代「――2つ目は、お前の右腕が強力すぎるということだ」


使い手の理解すらも超越した正体不明の「無」を纏った右腕は。

その単一指向性から、自身に向けるのは自殺行為に均しい。


滝代「その破壊力では、俺の繊維いとだけ斬るのは不可能だろう?

下手をすれば、自分の身体諸共吹っ飛びかねないからな」

滝代「使い手の制御すらも上回る能力――それを過信し溺れた結果が、

この有り様って訳だ。とんだ爆弾小僧だよ……ったく」


北風のような溜め息を演じた後、滝代は3本目の指を立てた。


滝代「そして3つ目、俺の能力ちからとの相性だ。

これは運が悪かったとしか言いようがないが、まあ俺としては幸運だったよ」

滝代「どれだけ強力な一撃を放てたとしても、それを包み込んで分散させる相手には効き目がない。

ジャンケンで喩えるなら、お前がグーで俺がパーといったところか」

滝代「最後に4つ目……こいつは根本的な問題なんだが。

相手に勝つために闘った、それがクロウ――お前の最大の敗因だ」

滝代「どんな理由であれ人の命を殺めた時点で、お前の負けは確定していた訳だが。

最強伝説だか知らんが、闘争のための闘争とは……能力の使い方を完全に誤ったな」

クロウ「……………………」

滝代「――――以上の4つを、よく覚えておくといい。

失敗から学習したものは、絶対に自分を裏切らないからな」

滝代「俺が今お前に伝えた言葉を心臓むねに刻んで、

二度と同じ過ちを繰り返さないことを祈るよ」


滝代「まあ――お前に、次があったらの話だがな」


語調の起伏が乏しい説教は、ここで一段落を迎えて。

抵抗を止めた少年は、細い咽喉のどから掠れた声を漏らす。


クロウ「貴様、の…………名を聞か、せ……た…………」

滝代「ん……俺か? 俺の名前は――――」


滝代が、そう言いかけたのと同時に。

――ガクリ、とこうべを垂れる漆黒の覇者。


滝代「おいおい…………おねんねの時間、少し早すぎないか?

お前の統べる闇夜とやらは、まだまだこれからだってのに……」

滝代「遊び疲れたガキの後片付けをさせられる大人の身にもなって欲しいぜ。

こいつは仕事が長引きそうだな…………ったく」


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