第1部 第9話「希里花さんが魔王だった件」【改稿済、後修正可能性あり】
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「みっ、見ないで!」
希里花は言いながら、勇一の視線からどうにかその角と尻尾を隠そうと焦り、慌てふためく。
「どうしたんだ。それ。」
突然の出来事で、頭が回らない。
なぜ希里花の体に、角と尻尾が生えているのかと、突然の出来事に勇一は混乱しつつも、経緯が気になって仕方がなかった。
「こ、こ、こ、コスプレよ!」
何故そんな嘘でごまかせると思ったのか。
明らかに先程の慌てっぷりから見るに、そんな理由とは到底思えない。
勇一が何かを察しているような顔をしていることに気付くと、希里花は諦めた顔をして口を開く。
「はあ……分かった。事の経緯を話すわ。」
そう言うと、目の前で呆然と立ち続ける勇一に指を指し、後付けではあるが、入念に言った。
「ただし! これは嘘じゃないから、真面目に笑わないで聞いてね!」
割と本気目な彼女の声に、少し勇一は怯みながらも返事をした。
「は、はい……」
彼女はそんな勇一を見て手をポン、と合わせると扉の方向を指指し、
「と、その前に……扉閉めて。聞かれると困るし。」
「はい。」
勇一は言われたことに素直に応じ、その扉をゆっくりと閉めた。
*******
「……じゃあ、言うわね。」
「はい。」
希里花の真面目な顔に、勇一は思わず固唾を飲み込んだ。
「私は魔王なの。」
「プッ!!」
いやいや……いやいやいや!
さすがに魔王はないだろ。魔王は。
吸血鬼やなにかそういう系統の魔族なら分かるが、想定外の答えが彼女の口から出た事に思わず爆笑する。
「さっき笑わないって言ったのに今笑ったでしょう!言わないわよ?」
「すっ、すみません!」
約束を破ってしまったのは事実だ。
勇一は素直に彼女に頭を下げた。
「……私は、今日の朝、まだあなたが転生……転移してくる前の時間帯に魔王を倒した。」
ここでまた、衝撃の発言が彼女から飛び出る。
「そ、それじゃあどうして……。」
魔王を倒したなら、何故勇一は魔王討伐の依頼を女神から引き受けることになったのか。
魔王を倒したと言うなら、なぜ今彼女が魔王になっているのか。
衝撃の発言で即座に浮かんだそんな2つの疑問は一度に打ち砕かれる。
「元々、この世界に来た時に伝承は聞いていたんだけどね……その時に倒した魔王は、“魔王”という物を引き継がなければならなくなる呪いを、死ぬ間際に掛けるらしくて。正直私もこれが本当だってことは今初めて知った。」
ああ、そういうことかと、勇一は納得する。
異世界系のストーリーやオカルト系のストーリーで稀に見る呪いというのは、本当に実在しているのだなと実感しつつも。
「呪い……その呪いを解くことは、希里花さんにはできないんですか?」
勇一は彼女に問う。
「こうなる前に色々調べたけど、どうやらこの呪いって、倒される以外に解く方法がないらしいの」
「そうですか……。」
絶望的な返答に、返す言葉もない。
「そ、それでね。いつか加賀谷くんが、私を倒してくれないかなって……」
希里花がそう言うも、勇一はその言葉を遮るように返答する。
「でも、なんで魔王ってだけで、倒されないといけないんですか。」
それは勇一による、率直な疑問にあるものだった。
そして、希里花はまたゆっくりと口を開き、話し始める。
「そっか……まだ、加賀谷くんはこの世界に来たばかりだから知らないのか。」
明らかに漂う重たげなその雰囲気に屈さず、彼は親身にその言葉が紡がれるのを待つ。
しばし訪れる静寂に、固唾を呑む勇一。
一体この静寂が終わったら、どんな言葉が彼女の口から紡ぎ出されるのだろうかと、少しだけ不安になる。
少しだけ彼女の目が潤んだのが見えた。
すぐに手で隠したものの、その動作はまさに泣いているときのそれと一緒である。
「ゆっくりで……ゆっくりでいいですから、ちゃんと話してください」
勇一の声がけに、希里花がやっと重い口を開く。
「私が……魔王がいるとね、そのうちに、どんどんと色んなものが“枯れて”行くの。植物も、動物も、街で生活してる優しい人たちも。」
枯れる……というのはやはり、植物としたら文字通り、動物や人としたら、死ぬか消えると考えるのが妥当として。
「そのうち、というのは」
単純に少しだけその部分が気になった、というだけだが。
「呪いが完璧に発現するのは、呪いにかかって大体一年が経ってかららしくて、まあ伝承上のことだからどうとも言えないけど」
質問に答え続ける希里花。
勇一は納得せざるを得ない。
いくら伝承上とは言え、一つはすでに確定したことだ。
彼女の尻尾と耳は、明確な魔王としての最初の証だろう。
「それで……ね、いつか加賀谷くんが、私の事を倒してくれないかな……って」
再び泣きそうになりながらも、しっかりと言葉を紡ぐ彼女に一言。
「断ります。」
「え……。」
倒してほしいという自身の願いをあっさりと断られ、少しだけ眉を細める彼女に、勇一が再び言葉を紡ぐ。
「僕は二度と希里花さんが死んだという事実に、目を向けたくありません。」
助けたいのだが、助ける術が無い。
そんな事が、僕の心をむず痒くさせる。
7日前、最期に彼女を見たときと同じように。
あの日勇一はやっと退院して、帰っている最中だった。
溢れかえるマンション傍の叫び声に勇一は耳を傾け、何が起きたのかと様子を見に行った。
幼い頃から希里花とよく遊ぶくらい仲が良かった勇一は、そのマンションが希里花の住む場所であるマンションだということに気付くと、少し嫌な予感がした。
案の定彼はその時、入院の際の治療機器の関係でスマホを持っておらず、彼女へ連絡を取ることもままならなかった。
ただただ、焦りに焦った彼はその人混みを掻き分けて前へ進む。
落ちていた靴は、確実に希里花のものだった。
そしてその周辺には、見るも無惨なほどにバラバラの血肉と化した彼女の姿があった。
恐らく、マンションの屋上から飛び降りたのだろう。
それは酷い有様だった。
勇一は彼女に、酷く悩みがあることを知っていた。
聞いていたからだ。
だがどうあがいても、その原因は留まることを知らなかった。
どうにも出来なかった。
己の無力さにいたたまれなくなった彼は、ただただ嘆くように、泣き叫ぶしかなかった。
――あのときの様にまた、希里花さんの心を助けられず、見殺しにしてしまうのだろうか。
そんなこと、絶対起こしたくない。
だから二度と起こさないように、今度こそちゃんと助けなければ。
*******
「ところで加賀谷くん。」
「何ですか?」
己の呼びかけに彼が答えたことを確認すると、希里花は再び口を開いた。
「そろそろ宿の人が見回りに来る時間じゃない?」
「あっ、そうですね。失礼しましt……。」
だが希里花はその言葉を遮るように、こう言った。
「そうだ。加賀谷くん。」
「何ですか?」
「加賀谷くん、何でここに来たの? 何か用でもあった?」
希里花は彼にそう聞いた。
「本当はなんでそんなに強くなったのか聞きたかったんですけど、今聞いたことで大方その理由が分かりました。」
そう返答がきた。
希里花は勇一の返答を聞き納得すると続けて、
「そう……じゃあ、おやすみ。」
少しだけ余韻が気になるところではあったが、見回りが来るまで余裕もないことを考え、勇一は答えた。
「……おやすみなさい。希里花さん。」
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