第1部 第10話「(夢回)あの理不尽な世界で」【改稿済】

 勇一が目を覚ますと、空は橙色に染まり始めた蒼色……、そろそろ夕方といった時間のようだった。

 先程、寝る前の記憶が僅かに残っているということは、恐らくここは夢の中なのだろうと理解し、起き上がる。

「ここは……


……学校の、校舎裏?」

 起き上がった勇一が辺りを見回すと、そこは勇一達が通っていた高校の校舎裏の風景に、よく似通った場所であることが分かった。

 状況整理がついたのも束の間、目の前にぼんやりと複数の人影が、勇一の目の前に姿を現し始めた。

「……クラスの女子?」

 その人影は靴の色から見る限り、勇一のクラスの女子であることが分かった。

 つまり、ここは紛うことなく、勇一が通っていた高校の校舎裏。

 だがおかしい。

 勇一の記憶が正しければ、生前に見た記憶に、こんな記憶は一つもなかった。



 ……なのに、何故?

 目の前に佇む女生徒達のその顔は、苛ついた表情で一点を囲むように見つめていた。

 そしてそんな彼女たちの視線の先に在ったのは……


 ……見間違えることはない、須賀 希里花の姿だった。

 勇一が彼女を認識した瞬間、その人影たちの時間がとうとう動きだした。

「なんなのよあんた。いっつも優等生ぶって良い点取って、男子にもモテて。カンニングしてるのは分かってるんだからね!」

 校舎裏に響き渡るクラスの女子の怒号。

 それは紛れもなく希里花に向けられたものだった。

「そ……、そんなことはやってな……うぐっ!?」

 弁明の言葉さえも受け入れられず、その口を閉ざすべくとクラスの女子の一人が希里花の腹へと猛烈な一蹴りを入れる。

「が……はッ!?」

 希里花の口から吐き出される血液に、微笑みを浮かべるクラスの女子たち。

 勇一はそんな彼女を見ながら涙目を浮かべ、必死に訴える。

「や、やめて……やめてやってくれ……。」

 だがその絞り出すような訴えは、いじめっ子である彼女たちの耳に届くことはない。

「キモいんだよ! このクソ×××が!」

 言うと彼女は、目の前にいる希里花の腹部に勢い良く蹴りを入れる。

「が……はッ!」

 嗚咽をし、憔悴した表情で希里花は虚空を眺める。

 いくら叫ぼうが、いくら手を伸べようが、彼女らに聞こえることも、見えることもない。

 抵抗できぬまま、助けられぬまま刻一刻とその苦悩の記憶は流れていく――

「キーンコーンカーンコーン」

 ふとどこかから、学校のチャイムの音が鳴った。

 瞬間、世界が淡い光に包まれ、塗り替わるかの如く場所が変わった。

 ここで勇一は今この状況は、何らかを起因として入ることになった希里花の凄惨な生前の記憶なのだと確信する。

「今度は……教室か」

 次の場所は教室……丁度部活が終わり、帰宅の時間といったところだろうか。

 そしてまたフェードインするように目の前に姿を現したのは、泣きつかれて寝てしまっている希里花だった。

 勇一はよく見るとそんな彼女の腕の下に、何か手紙のようなものが置いてあることに気づいた。

 彼はその腕の下の手紙のような物に興味を持ってそれを掴もうとしたものの、生憎触れられることなどできず。

 勇一の手は煙のように透けてしまい、触れることさえままならなかった。

 そんな時だ。

 教室の扉がガラリと音を立てて開いた。

 勇一が何事かとその場所へ振り向くと、案の定。

 先程のクラスの女子たち……

 ……否、いじめっ娘たちの再来である。

 そしてそんないじめっ娘の一人は希里花を見るなり嘲笑を浮かべて言い放つ。

「あっ。見て見て。こいつ泣きべそかいて寝ちゃってるよ。マジウケるんですけど。ん? これなんだろ。」

 言うと、いじめっ娘は希里花の腕の下の手紙のようなものを手にとって開くと、馬鹿にするようなテンションで読み上げる。

「えーと。なになに? お母さん、お父さんご免なさい。私はもう、こんなところで生きたくありません。」

 彼女は文章を読み上げた後に嫌悪するような表情を浮かべて、仲間の女子に語りかける。

「…… って。うわ。こいつ自殺しようとして遺書書いてるよ。」

 彼女は希里花を蔑むような眼で睨みつけると、鼻で嘲けた後に吐き捨てるように言う。

「キモッ! マジキモいんですけど。つかこんなのゴミ箱に捨てちゃえ!」

 彼女はその紙をぐちゃぐちゃに折り曲げると、ゴミ箱へと捨てた。

「アハハハ! いい気味よ!」

 笑いながら仲間とともに教室を去っていくいじめっ娘に勇一は苛立ちを覚え、殴りかかる。

「……っ! このやろーっ!」

 しかし、拳が当たる数ミリ前に、彼女らは霧と成って消え、辺りは瞬く間に闇に飲み込まれる。

 闇に飲み込まれたかと思えば、そんな暗闇の向こうから、一筋の光が射し込み、勇一は何かに誘われるようにその光へどんどんと近づいていく。


 ……一瞬のうちに周囲が光に飲み込まれたかと思えば、またすぐに眩しさは消え、そこにはどしゃ降りの雨の中、曲がりに曲がった傘を持ち、泣きながら走っている希里花の姿があった。

 そしてそのまましばらく経ち、マンションに着いた希里花は髪から足の先までずぶ濡れのまま、階段を駆け上がり、雨で地面がべちゃべちゃになるのも気にせずに屋上へと赴いた。


 勇一は魂だけがそこにいるような状態のままなので、話しかけることも、触れることも出来ず、ただそれを見ているしか、方法が無かった。

 午後5時23分34秒、彼女はマンションの屋上から翔び立った。

 遠くで、過去の自分の泣き叫ぶ声を聞いた。


 そんな場面を見届けて、勇一はやっと夢から目覚め――


 ……一つ、大粒の涙を流した。


 何もできなかった自分に嫌気が差した。

 何も見えていなかった自分を責めた。

 だが過去は過去、今は今。

 現実を受け入れて前に進まなければと、勇一は起き上がるのだった。

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