第十八話 神秘的な少女

 喧嘩していた陸丸達に対して、怒鳴ってしまった朧は、聖印京の外へと出て、森へと入る。

 その理由は、陸丸達の件で居づらかったという事もあるが、人々の会話が聞こえ、今の聖印京にいるのが心苦しかったからだ。

 あんなに賑やかで楽しそうだった聖印京が、一変してしまった。

 朧は、街中を歩いている最中に人々の会話を聞いてしまう。

 人々は妖など受け入れるんじゃなかったと、やはり相いれる存在ではないと口々に話しており、いやでもその言葉が聞こえてきた。

 そのため、耐えられなくなり、外に出てしまったのであった。


――ついこの間まで、賑やかで楽しそうだったのに……。


 朧は、故郷に帰還した日の事を思いだす。

 人々が妖の仲睦まじかった頃の事を。

 あの風景が懐かしく、遠い過去の存在になってしまったように感じる。

 あの日に戻ることは、不可能のように思えてしまった。


――陸丸達にも八つ当たりしちゃったしな……。


 朧は、反省していた。

 陸丸達に八つ当たりをしてしまった事を。

 陸丸達を監禁しなければならない。

 それを彼らに話さなければならないと思うと、どうしていいかわからなかったからだ。

 今頃、彼らは、どうしているだろうか。

 落ち込んでいないだろうか。

 監禁の事をどうやって話すべきなのか。

 朧の悩みの種は尽きず、ため息をついた。


――これから、どうしたらいいんだろう……。


 解決の糸口は、見つからず、うつむいてしまう。

 そんな時だ。

 ガサガサと物音が聞こえたのは。

 妖が出現したのではないかと、朧は、警戒し、紅椿に手を添えて、構える。

 だが、出てきたのは、女性であった。

 それも、慌てながら。


「ど、どうしたんですか!?」


「た、助けておくれ!妖に襲われたんだよ!」


「え!?」


 女性は、息を切らしながら、朧に助けを求めるように駆け寄る。

 なんと、妖に襲われたというのだ。

 朧に緊張が走った。


「妖は、どこにいるんですか!?」


「あっちの方だと思う!女の子が、私を逃がしてくれたんだよ!」


「女の子?」


「私を助ける為におとりになって……」


 女性は、東の方を指さして、叫ぶ。

 女性が言うには、外に出て、聖印京へ戻ろうとした時に、突然、妖が襲い掛かってきたという。

 だが、少女が、女性の元へと駆け付け、自らおとりとなって、女性を逃がしてくれたそうだ。

 女性は、その少女を助ける為に、朧に助けを求めたのであろう。

 今にも泣きそうだ。

 恐ろしい思いで朧の元へ駆け寄ったのだろう。

 朧は、女性を安心させるために、女性の肩に手を置いた。


「わかりました。俺が、行きますから、聖印寮にこの事を話してください」


「あ、ありがとう。気をつけるんだよ!」


「はい!」


 朧は、うなずき、女性が指さした方角へと走りだしていく。

 女性は、聖印京へと急いで向かった。


――急がないと!


 朧は、焦燥に駆られていた。

 少女一人で、妖の相手をするのは、危険だ。

 宝刀や宝器を持っていない以上、妖を討伐するのは、不可能なのだから。

 それに、うまく逃げ切れるとも限らない。

 朧は、少女を探して、駆けだしていった。



 そのころ、一人の少女が、森の中を走っっていた。

 その少女は、銀髪で、瑠璃色の瞳を持つ神秘的な雰囲気が漂う。

 少女は、無表情で、走っていく。

 恐れることなく、ただひたすら。

 少女の背後にいるのは、妖だ。 

 それも、濡れ女だ。

 濡れ女は、少女を追いかけまわすかのように、迫ってきている。

 走っても走っても、濡れ女は、追いかける。

 まるで、少女の命を狙っているかのように。


「まだ、ついてくる……」


 後ろを振り返りながら、冷静に走る少女であったが、ついに、濡れ女が、少女の背後へと迫っていく。

 だが、間一髪で、朧が、駆け付け、紅椿を鞘から一気に引き抜き、薙ぎ払うように濡れ女を切り裂く。

 濡れ女は、危険を察知したのか、後退し、奇声を上げながら、朧をにらみ、威嚇した。

 朧は、濡れ女をにらみ返し、構えた。


「っ!」


「大丈夫!?」


「う、うん……」


 朧が、駆け付けた事に少女は、驚いているようだ。

 朧は、守るように少女の前に立った。


「下がって!ここは、俺がやるから!」


「……うん」


 少女は、言われたとおりに下がる。

 朧は、地面をけり、濡れ女へと斬りかかっていく。

 だが、濡れ女は、尻尾を振り回し、朧の体へと打ち込む。

 朧は、跳躍してかわすが、続いて、濡れ女が、口を開け、朧を喰らおうとした。

 朧は、それすらも、右へよけて、かわすが、尻尾が朧の背中をたたきつけるように打つ。

 朧の背中から、左腕にかけて、しびれるような痛みが、走り、朧は、苦悶の表情をうかべた。


「ちっ!」


 朧は、たたきつけられた衝撃で、吹き飛ばされそうになるが、体制を整えて構える。

 濡れ女は、再び、口を開けるが、朧は、紅椿の技・眠り姫の園を発動しながら、濡れ女を切り裂く。

 紅椿に斬られた濡れ女は、眠りに落ち、ぐったりと倒れた。


「はあっ!」


 朧は、容赦なく、濡れ女を突き刺す。

 刃から、椿の花が咲き誇り、濡れ女を覆い尽くしていく。

 紅椿の新しい技・眠り姫の棺ねむりひめのひつぎだ。

 この技にかかった妖は、椿の花に覆い尽くされ、逃れることすらできず、永遠の眠りにつく。

 まさに、死と同然と言ったところであろう。


――危ないところだった……。


 濡れ女を討伐したことを確認した朧は、安堵しながら、紅椿を引き抜き、鞘に納める。

 一人で、妖と戦うという事は、どれほど、危険であるかを改めて思い知らされた。

 そして、陸丸達がいてくれたからこそ、朧は、生きてこれた事を、実感していたのであった。

 だが、その時だ。

 少女が、突然、朧の裾をつかんだのは。

 驚いた朧は、少女の方へと振り返った。


「え?どうしたんだ?怖かった?」


 朧の質問に対し、少女は、何も言わず、静かに首を横に振った。


「違う。怪我してる」


「あ……」


 少女に指摘され、朧は、気付く。

 左腕が斬られ、血を流している事に。

 先ほど、濡れ女の尻尾に打ち付けられた左腕が斬られていたのだ。

 朧は、それに気づいていなかった。


「これくらい平気だ」


「……止血する」


「え?あ、うん……」


 平気だと笑って言う朧であったが、それを無視するかのように、少女は、止血すると言いだす。

 彼女は、聞いていなかったのだろうかと思いつつ、戸惑いながら、朧は、返事をする。

 少女は、静かに、懐から、布を取り出し、朧の左腕に巻き付ける。

 黙って、淡々とこなす少女に対して、朧は、あっけにとられていた。


「はい」


「ありがとう」


 手当てが、完了したようだ。

 痛みが、和らいでいくのがわかる。

 朧は、少女にお礼を言うが、少女は無反応だ。

 静まり返ってしまい、朧は、どうにか、この状況を変えようと、少女に語りかけた。


「怪我はない?」


「ない」


「そう……」


 朧は、少女に尋ねるが、少女はたった一言で返してしまう。

 会話が全く続かない。

 沈黙が流れかけた為、朧は、再び、話を切りだした。


「どこから、来たんだ?」


「……」


「……一人で、来たのかな?」


「……」


 何度も質問を重ねる朧であったが、少女は、反応しない。

 ただ、黙ったままだ。

 答えられない質問をしてしまったのであろうか。

 朧は、ためらうが、少女は、無表情のままであった。


「えっと、君は……」


 話題を切り替えようと、別の質問をしようとする朧。

 だが、そんな時だ。


「朧!」


 千里の声が聞こえ、ふと、振り返ると布をかぶった千里が、朧の元へと駆け付けた。


「千里!」


 朧も、千里の元へと駆け寄っていった。


「俺を置いていくな。監視してろ」


「ご、ごめん……」


「で、こんなところで、何してるんだ?」


「今、女の子が、妖に襲われて……」


「女の子?いないが……」


「え?」


 妖から少女を助けた事を説明しようとする朧であったが、千里が、少女はいないと返答されてしまう。

 驚き、慌てて振り返る朧であったが、確かに誰もいない。

 先ほどまで少女がいたはずなのに……。

 たった数秒でどこかへ去ってしまったようだ。


「本当だ。どこに行ったんだ……?」


「帰ったんじゃないのか?」


「かもしれないな……」


 確かに、少女は、帰ったのかもしれない。

 だとしても、何も言わずに、行ってしまうものなのだろうか。

 それに、何を質問しても、反応がなかったことも気になる。

 少女は、どこか神秘的な雰囲気を纏っているように感じたが、何か隠しているのだろうか。

 少女の事が、気になっていた朧であったが、本人は、姿を消したため、聞くことすら不可能だ。

 少女が、無事に帰った事を祈るしかない朧であった。


「帰るぞ、朧」


「で、でも……」


「会議の事は、陸丸達に話した」


「え?」


 帰ろうと言う千里に対して、朧は戸惑ってしまう。

 陸丸達に合わす顔がないからだ。

 八つ当たりしてしまった為、どんな顔をして会えばいいのか、朧にはわからない。

 それに、まだ、会議の事も話さなければならない。

 そう思うと、朧は、陸丸達の元へ帰ることを躊躇していたが、なんと、千里が、陸丸達に話してくれたという。

 どう話せばいいかと悩んでいた自分の代わりに……。


「皆、反省してる」


「……反省しなきゃいけないのは、俺の方だ。八つ当たりしたんだからな……」


 千里から、話を聞いた陸丸達は、反省したようだ。

 朧の心情も知らないで、勝手な事をしてしまったと。

 だが、反省しなければならないのは、朧も同じであろう。

 陸丸達に、八つ当たりをしてしまったのだから。

 朧は、そんな自分を情けなく感じていた。


「なら、謝ればいい。それだけの事だろ?」


「……そうだな。帰ろう」


「ああ」


 千里は、ぶっきらぼうに話す。

 だが、朧にとっては、ありがたい答えのように思える。 

 反省しているなら、謝るべきなのだから。

 朧は、陸丸達の元へ帰ることを決意し、千里と共に聖印京へ戻っていった。

 その様子を遠くからあの少女が、見つめていた。


「危ないところだった……」


 少女は、無表情であるが、内心安堵しているようだ。

 それは、朧に助けられたからなのか、それとも、別の理由なのかは不明だった。


「でも、やらなきゃいけないから……」


 少女は、懐からある物を取り出す。

 それは、石だ。

 しかも、その石は、妖を閉じ込める石であった。

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